白い悪魔
夜の街が濡れたアスファルトの匂いを放つ。ネオンは滲み、遠くでパトカーのサイレンが虚しく響く。
この街では人を殺す音さえ、日常に溶け込んでいく。
ビルの屋上。殺し屋組織ユグドラシル所属の17歳の少年、天野零は一人、ナイフを手に静かに佇んでいた。
狙う相手は同じ年齢の少女___操真椎菜。
だが零はこの任務が"異常"であることを本能で感じていた。
(あの女を殺せだと?無理に決まってる)
それでも零は__妹のため、金のため、生きるために零は殺すことを選んだ。
だが次の瞬間には、世界が裏返った。
「遅いよ。どうしたの、ユグドラシルの殺し屋さん?」
気づけば彼女は背後にいた。
白銀の髪が夜風に揺れ、戦闘服の黒いコートがふわりと舞う。
その顔は冷酷で死が直接睨んで来る様な顔をしていた。
「___っ!」
反射的に振り返り、ナイフを振るう。
だが届かない。まるで時間が止まったかのように。
「終わりにしよっか」
刹那、肋骨が軋む衝撃。何かが、零の身体を弾き飛ばした。
地面に近づく。視界が暗転し、気づけばゴミ置き場の中で咳き込みながら這いずっていた。
「くそっ…化け物かよ……!」
操真椎菜は全ての武器と武術を扱え、変幻自在に戦う姿から"魔法使い"と呼ばれていた。
這うように逃げながら、零は唸るように呟いた。
「何が魔法使いだよ…あんなの白い悪魔だろ…何で俺にこんな任務が…」
膝を引きずりながら路地に転がり込む。胸が痛む。呼吸ができない。
この数年で何人も殺してきた。けれどあれは違う。あんなの戦う次元じゃない。
(あれが殺し屋ランク特級…本物の怪物ってやつか…)
だが椎菜は追ってこなかった。
殺せたはずだ。それでも_彼女は殺さなかった。
__なぜだ?
それが零の心に小さな火を灯した。
◆
あれから数日。
ユグドラシルの中で零の評価は下がった。
「特級に手も足も出ない」、「敵の情報の一つも持ち帰れない」
だが零はそんなことより、あの夜の意味が残っていた。
(なんで殺さなかったんだ…)
ザ・ファントム。
異能力の蔓延るこの世界の裏社会で唯一、正義を名乗る組織。
その中で最強だと言われているのは操真椎菜。
彼女の存在が、零の心に疑問と痛みを残した。
_あの夜から零の世界は少しずつ変わり始めていた。
◆
世界人口の4割が異能者となった時代。
その力を使って何かを守る者をいれば、奪うものもいる。
警察の人手不足や手に負えないことで国家は手を引き、力が正義を名乗る様になった。
だからこそ、「殺し屋制度」が必要とされた。
異能犯罪を裁くための異能の処刑人。
そして、そんな彼らを取り巻く組織の中で最も異端で、最も光に近い場所が_
ザ・ファントムだった。、
__あの日から数日
天野零は、ボロボロの身体を引きずって帰宅した。
古びたアパートの薄暗い部屋。
零の帰宅に気づいた妹、天野由愛がすぐに駆け寄った。
「お兄ちゃん!どこ言ってたの!?すっごく心配しんたんだよ!」
由愛の目には傷だらけの顔を見て、言葉が詰まった。
「…お兄ちゃん大丈夫?」
零のかすれた声で答えた。
「……大丈夫だ」
しかし由愛は零の言葉を信じられず、強く手を握る。
「本当は何かあったんでしょ?隠さないでよ、お兄ちゃん…」
由愛は零が自分に話してくれないことに戸惑い、ただただ心配していた。
零は妹に真実を話せなかった。
殺し屋であること。由愛が人質にされていること。
それは由愛が知らない、絶対に隠さなければならない現実だった。
零は由愛の頭をそっと撫で、決意を込めて呟く。
「……お前の笑顔だけは、絶対に守るからな」
由愛は涙を拭い、弱々しく頷いた。
「お兄ちゃん…」
零は深く息をつき、これから待ち受ける運命を思うと、拳を固く握りしめた。
◆
そんなある日、ドアのベルが鳴る。
零は疲れ果てた身体を引きずってドアノブを覗くとそこに__
最強の殺し屋、操真椎菜が立っていた。
「開けて、私の話を聞いてほしい」
零は一瞬で心臓が跳ね、袖に仕舞っていたナイフを取り出すが、椎菜の声に敵意はなかった。
「天野零。君を_ザ・ファントムにスカウトする」
零は動揺し、驚きを隠せなかった。
「…冗談だろ?俺はユグドラシル2もう所属してる。お前らの敵だ。それに_」
遮るように椎菜は呟く
「でも君は私にもう負けてる。」
椎菜の声は静かだが力強い。
「大丈夫。私が君も、君の妹ちゃんも守るから」
零は一瞬迷った後、ゆっくりと扉を開けた。
その時から、天野零の新たな運命が動き始めたのだった。
初投稿です。お手柔らかにお願いします。カクヨムとなろうどっちでも投稿してます