1-02
「それは大層なお話だねえ~」
のんびりと、しかし意志を持って。そんな口調と軽い拍手を私のエピソードに捧げたのは、私と同じく生まれ変わりをした記憶を持つという同級生——マキシマイザー・バグである。
彼女は急に現れた。
それは午後。学園内のサロン。
お嬢様は生徒会の仕事があるということで、彼女を待っているときのことであった。
お嬢様がいないとはいえ、ただのんびりと、いや、言ってしまえば何もしない無意味な時間を過ごすのでは無い。
先ず授業の復習。それからお嬢様にまとわりつく人間共の査定。折角学園内とはいえ社交場にいるのだ、情報収集も欠かせない。
兎にも角にも。その日の復習と課題が間もなく終わりを迎えるところで、彼女はいきなり話しかけてきたのだった。
「貴方が噂のご友人さん?」と。
白く固いテーブルから顔を上げると、その口調や声に違わない、似合いすぎているとも言っていい位の人間はそこにいた。
あ、この顔は知っている。
「同級生の、ええと……バグさんでしたよね」
「マキシマイザー・バグ、だよ」
——実の所、私の頭には少なくとも同級生の顔と名前全てが入っている。
だから名前を言っても良かったのだけれど。一方的に私が知っている、ただそれだけだし——それよりも私は、自分の実力を低く見積もって貰える方が都合がいいのだ。
お嬢様の隣に居るのは仲が良いというだけの理由だと、そう思って貰いたいのだ。
「私、グレイモア・スカイと申します。それで、ご友人さん、というのは……?」
「敬語じゃなくていいよ~、だって、どーきゅーせー、でしょ」
「……ありがとうございます」
いかにも頭の悪そうな喋り方、ではあるのだが、実際の彼女は天才であるらしい。
それはもう、入学試験のペーパーテストでは出来る問題を多少零して「平均よりかは良い」程度の点数にした私は置いておいても、惜しみなく知能をさらけ出したお嬢様とほぼ同等——いや、実は上だったとすらされている。
お嬢様の点数は満点に近かった。二つだけ落とした問題は、全く新たな視点が求められる、と称された記述式の問題だけ。
しかし、お嬢様は王家の婚約者の身。今までの作法が嫌なくらいに重視されるのだから、斬新さを求められると不利ではあるのだけれども。
ああ無論、魔術テストではお嬢様がトップであったけれど。
「お友達なんでしょ~?入学式に式辞を述べた、あのおじょーさまと」
ふわふわと肩にかかりながら跳ねる髪。を、くるくると手癖のように弄る彼女。
「だから、お話したいんだよね~。いま、いーい?」
口調はこんなでも、確固たる決意があるようだった。
真っ直ぐに私を据える瞳は、酷く燃えている。
「お話、というのは」
「そおだねえ。なんていおーかなあ」
ぽすん!と彼女は私の前の椅子に腰掛ける。
何故かふわふわした学園制服のスカート。どうやらパニエを下に着込んでいるようだった。
そのまま彼女は私の方へ近付く。
そして、静かに、こそこそ話をするみたいに、こう問いかけてきた。
「——グレイモアちゃん、転生者でしょ」
がたっ、と、私は立ち上がってしまった。
失敗した!
転生者なんて馬鹿げたことを、いいや違う、そう聞いた本人がそうなのだろうから、ああクソ、これで私が前世を持っていることが確定でバレた!
「失礼……何を、仰っているんですか、そんなこと有り得るわけ……」
「有り得てるじゃん、現にここに。わたしだってそうだよお~」
私は椅子に座り直す。少しだけ注目を浴びてしまった。
私だってそう、それが彼女は何を表したいのかは明確で——そしてどういう意図を持っているかがわからない。
「仮に、仮にですよ?私が転生していたとして、何が目的なんでしょう。まさか、懐かしい前世を思い返してお喋りをしたいなんて訳ありませんよね?」
「まさか!そんなことよりしなきゃいけないことがいーっぱいあるんだから〜!」
「しなきゃいけないこと?なんです、それ」
「わたし……は、ともかく、グレーちゃんは、ううん、の、お嬢様は悪役令嬢でしょ?」
カッと頭に血が上るのがわかった。
私のお嬢様を悪役だと貶すなんて、一体こいつはなんのつもりだ?
先程の反省を踏まえて、私は一度深呼吸をする。そして、注目を浴びないように、ゆっくりと自然に、あるがままのように――立ち上がった。
「お嬢様を侮辱しましたね?」
ぎろりと私は彼女を睨む。それはもう、敵だから、遠慮なく。
「いややや、ちがうちがう、そうじゃないってえ!え、まってまってえ?」
「弁解がましいですね、何が違うんです?言ってみなさい」
ばたばたと彼女は両手を振った。
どういうつもりだろうか、本当に慌てあているように――まるで私の反応が想定外なように見えてしまう。
「グレーちゃん、アニメもゲームも見たことないのぉ……?」
「あにめ、げーむ……ああ、前世の話ですか?ご相悪様、私そういうのには縁がなかったので」
「なるほどなるほどねえ、ごめん、私の説明が悪かったからあ……一旦、ね、落ち着こ」
彼女はそういうと、学園内に在中する、所謂メイド的役割を行う者、に紅茶を二杯、と声をかけた。
私はそれ以上注目を浴びたくはなく、仕方なく席に座り直す。
こいつといると微妙にペースが狂わされる。私は早くも彼女のことが嫌いになりそうだった。
「グレーちゃんの前世はどうだったの――睨まないで!これはあくまで世間話として、ね?」
「……先に貴方が話すべきでは」
「わたし?うーん、そうだなあ……まあ、平凡だったよお。高校生で交通事故にあって死んじゃったけど。ま、たしょーはギャルだったし、リア友とは平日めっちゃ遊んで、休日はネッ友とオンラインゲームしてたんだけど。その中でもさあ、ちょー流行ったゲームあったじゃん?」
私は首をふる。
こいつに前世を詳しく話すつもりは無いけれど……ゲームの話なんて皆目検討がつかない、という点だけアピールをする。
本当は、平凡な人生というもの時点であまり検討がついていないのだけれど……。
「なんだっけ、略称はラブストだったはず。名前は長かったんだよね〜、魔法となんとか、かんとかの恋物語、的なやつ。もとは小説だったのかなあ、それがアニメとかゲームとかになってさあ、けっこー流行ったんだよ」
「……それがなにか、関係が?」
「まーわたしもそこまで詳しくないんだけど、ネッ友ちゃんとかは好きだったみたいでさー?その子が好きだったキャラクターの名前、教えてあげる〜」
「別にいいです」
これ以上馬鹿げた話に付き合っていられない、という意味の睨みを聞かせる。
が、彼女は全く臆することなく、ふんわりとした口調で続けた。
「――悪役令嬢カルディア・シェリーメリーと、その執事グレイモア・スカイだよ。貴方達でしょ?」
一瞬驚いた。
そして、私は思考をする。
「それが本当のことであるなら、驚きました」
「えー?わたしが作り話をしているって考えちゃったあ?」
「まあ、そうですね」
全く。
忌々しいが、マキシマイザーはかなり頭が回るんだろう。実感させられる。いや、頭がまわるというよりも、恐ろしいくらい空気が読めるのか?
「じゃー、証拠を上げたら信じてくれる?」
「証拠にもよりますが」
「じゃあねえ、一つは、わたしが貴方を転生者ってわかったこと。ラブストでねー、グレーちゃんって男の子なんだよー。そんなに髪を伸ばしてないし、制服だってスカートを履いてない。あと、執事だからってカルディアさんと一緒に生徒会に入ってるはず〜」
「それは……」
私は自分の髪を触る。後ろで一纏めにした銀色の髪。
お嬢様が「貴方が髪を伸ばすのなら、いつだってお揃いにできるのに」と仰ったから伸ばしているだけの髪の毛。実際にはお嬢様と揃いの格好をするなんて恐れ多いので、適当にまとめているだけ。
それに、生徒会。
生徒会というのは学園内で高貴な身分のものと、そのお世話係だけが加入することが許されている。
私はお嬢様の友人である、とはいえ。生徒会には王家の婚約者のお嬢様、王太子様、その直属の騎士、ああそれから留学生としてやってきた他国の王族の方など、伯爵や子爵などはお呼びではない。
あれはつまり、生徒会という名称の付けれられた政治の場であるのだから。
私はそこに居られなかった。
「……足りませんね。その程度。学力がお嬢様と同等とされている貴方なら、作り話の辻褄を合わせるのも可能でしょうし、転生者、というのも別の立ち振舞でわかるかもしれません」
「理由にはなってるけど、理由足り得ないって?」
「ええ」
「じゃー何を言ったら信じてくれるかな〜。うーん、予言でもしちゃう?」
彼女はあまりにも軽くそう笑った。
まるで冗談みたいに。
だから、私も冗談みたいに返してあげることにした。
「できるものなら」
彼女の視線は動かなかった。確かな自信があるのだろうか。
「春の終わり、聖女は降臨し、真実の愛の創造主となる――ゲームのキャッチコピー。つまりね、しゅじんこーってやつが現れるよお。そーだねー、生徒会の選挙が始まるころ、かな」
「……聖女だなんて」
「馬鹿げてる?でもねえ、ほんとにそうなんだよ。聖女と認められた人物が、この国が創立されてから二人しかいないのにも関わらず」
聖女、というのは。
国が認める、膨大な魔力量を持ち、光魔法と回復魔法が使用でき、神のお告げを得ることができるもの、とされている。
生徒会の選挙のスケジュールを思い出してみる。
確か、立候補が五月、選挙が実際に始まるのは六月頃。
だとすれば、あと二ヶ月かそこらでその聖女というやつがいきなり現れることになるのだ。
「……優しさで忠告してあげますけど、その大胆不敵さは油断すれば反逆罪にもなり得ますよ」
「大丈夫だよお、事実だから」
彼女は一度たりとも私から目を逸らさなかった。
本気で言っているのだ。
「だからさー?もし、本当に聖女ってやつが現れたら、わたしのこと信じてくれるかなー?」
「……いいでしょう。有り得ませんが」
「ふふ、ありがと〜」
彼女は立ち上がった。
「何処へ?」
「待ち人が来たっぽいしー、マキちゃんは帰るよ〜。紅茶はお二人で飲んでねえ、わたしの心ばかりのお礼だよ〜」
彼女はサロン入口を指した。
人溜まりで見辛いが、確かにそこにお嬢様が立っていた。
「お待たせ、友人さん」
「お嬢様」
「あら、マキシマイザーさん。はじめまして。お喋りを?」
「はじめまして、カルディア様。ええちょっと、ご相談をさせて頂いてたんですけど、でももう解決しそうだから――グレーちゃん、ありがとうね?」
「……いいえ、お礼には及びませんよ、マキシマイザーさん」
ふんわりとスカートを広げ、彼女は礼をした。
そして、サロンの扉を跨いだ。
「グレーちゃん、可愛い愛称じゃない。私も今度からそうしようかしら」
「ご、御冗談を……」
「あらそう?残念」
お嬢様は特になにも気にせず、先程までマキシマイザーが居た席へと座った。
私もいつも通り、お嬢様の迎えが来る迄の話し相手になる。
そう、本当に信じていなかったのだ。
戯言だと思い込んでいた。
だから、一ヶ月後に、「聖女が入学する」という噂が現れて初めて、それら全てが事実であるという可能性を考えたのだった。