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悪役令嬢とは。
そう聞かれたら、私はなんて答えるだろうか。想像する。
あの人は眩しかった。例えるなら……そう、夜月のように優しく、朝日のように強い。いや、だめだ、そんな陳腐な言葉では——私は彼女を表せない。
非道で、外道で、邪道。そんな道を王道にしてしまうような存在。
——私は想像を辞める。
瞼を開く。風が頬を撫でる。
温い風。春なのに。
春の夜風は冷たくて好きだ。なのに、こんな生暖かさじゃ嫌になる。
ふと、空を見上げる。
夜なのにギラついて眩しいその夜会場は、憎たらしいほどに折角の満月を邪魔していた。
ああいや、しかし。間もなく、間もなくだ。
私は馬車から降りて、美しく立っている彼女の前へと向かった。
月光のように輝く長い髪。黒と白で成り立っている、細かなレースのそのドレスは、ただ立っているだけの彼女をより強く繊細に示している。
「お待たせ致しました、お嬢様」
煌々と輝きを放っている、私の主。
薄く白い肌に黒いレースの手袋がよく映えている。この美しいコントラストはお嬢様を体現している。
そんな手をゆっくりと取れば、彼女は満足そうに、そして僅かに冗談めいて呟いた。
「本当よ、私の可愛いメイドさん?」
ああ、ああ、なんて幸福な言葉なのだろう!
貴方の隣に立っている、それだけで私は十分なのに。
「準備は出来ておりますか?」
「あら、万全よ——待ちくたびれちゃったわ」
「……では、参りましょうか」
堂々と歩くお嬢様の隣で、私は少しだけ身震いをした。
この先に待ち受けるのは、私たちの敵だから。
私たちに恋物語などいらないと。そう証明してみせよう。