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「うっ……」


 昼休み。校内の地味ぃな場所で一人お弁当を食べていた私は、思いのほか自分が弱っていたことを理解した。


「胃ってすぐ小さくなるよね」


 ここ数日はおにぎり二個で済ましていたから、久々のお弁当は私には重かった。元々が長十郎の胃袋に合わせた量だったから、手癖で作るとそりゃあそうなる。

 二人前どころか一人前でギリギリだ。もう一個は余らせるしかない。

 私に腹を空かせた体育会系の友人でもいたらそいつにあげるんだけど、残念ながら私の狭い交友関係にはそんなやつはいなかった。


「余ってんならくれない?」

「いいよー」


 おっ、なんだ、ちょうどいいのがいるじゃないか。よかったよかった、やっぱり今は夏場だからね、家に帰って食べるにしても衛生面が気になるじゃないですか。

 美味しく食べてくれるんならお弁当だってそれが本望――


「ん?」

「久しぶり」


 ――長十郎がいた。


「……なんでいんの?」

「探したから」

「なんで?」

「今日は俺の分、あるって聞いたから」

「誰に?」

「お姉さん、昨日」

「んー?」


 どういうことだこれは。

 つまり長十郎は、姉から昨日の時点で私が二人分の弁当を持って学校に行くのを伝えられていたと。

 姉からランチの予定ができたと言われたのは今朝だ。

 これが何を意味するかというと――


「謀ったなあいつ!」

「うわびっくりした」


 あの女、何をしてやがってくれているのだろうか。

 私が長十郎に会いたくないってのを分かっていてやりやがったな?

 なんという余計なお世話、もう弁当作らねぇぞおい。


「え、なんか違った? 俺、昼飯ないんだけど」

「いや、食べてはいいんだけどさ」


 余りの弁当をおそるおそる差し出すと、長十郎は目を輝かせてそれを受け取る。


「三週間ぶりだー、ありがてぇ」

「あれ、もうそんな経つっけ?」

「そうだよ、あづみが俺を避け始めて三週間」

「うぐっ」


 バレてる……いや、そりゃバレるか。


「だって、忙しそうだったし」

「俺はいつでも忙しいけど、あづみとの昼は欠かしたことなかったよ」

「……そう、だっけ」

「そうだよ」


 言われてみればそうだった気もする。長十郎はいつも忙しそうにしていたけど、昼は決まって私と二人で食べていた。自分で弁当を作る時間も、学食に行くお金もないから私を頼っていた部分も大きいのだろう。でも、昼休みはお弁当を食べ終わった後も時間いっぱいまで私と二人きり。

 長十郎は何らかの作業をしていることも多かったけれど、話しかければちゃんと耳を傾けてくれた。中にはあまりに忙しそうで話しかけづらい日もあるにはあったが、作業音だけが聞こえる無言の時間が私は嫌いじゃなかった。


「でも、一緒に食べる相手はいたでしょ?」

「あれね、急に知らん女子に弁当渡されてビビったわ。事前にあづみに聞かされてなかったら逃げてたぞ」

「知らん女子って、あの桃瀬さんだよ?」

「いや、そりゃ有名だから名前と顔ぐらいは知ってるけど、それだけじゃん。人となりは噂に聞く程度で、一緒のクラスになったこともなけりゃ知らん女子でしょ」

「ほな知らん女子か」


 確かにいくら学年一の美少女で、老若男女に大人気だとしても、興味の度合いにはグラデーションがあるもの。よく知らなくても無理はない、のか。


「だからってさ、あんなスーパーな美少女に好意を持たれてるって分かったら嬉しいもんじゃない?」

「んー?」

「歯切れ悪いなぁ」

「そもそもなんで好かれてるかも分からんし」

「なんか理由とか聞いてないの?」

「……この前、バイト帰りに不良に絡まれて喧嘩したんだけど、そいつが桃瀬さんのことを追い回してたとかなんとか」

「え、なにやってんのあんた」

「歩いてたら向こうがぶつかってきたんだよ。そしたら店長がくれた廃棄弁当が道にぶちまけられたわけで。そっからはもうファイトクラブよ」

「廃棄弁当ってもらっちゃ駄目なんじゃなかった?」

「うちは大手じゃなくて小さいスーパーだし、店で作ってるやつだから店長がくれる」


 なるほど。じゃなくて。


「え、勝ったの?」

「勝った、決まり手はリバーブロー。あとはそいつの金で牛丼食った」

「さすが……って、それで惚れられたってこと?」

「物陰でこっそり見てたんだと」

「ふーん」


 偶然とはいえ、不良に追われているところを助けてもらったのだ。その不良の変質者度にもよるが桃瀬の目に長十郎は余程格好良く映ったのだろう。

 分かる、分かるよ桃瀬。


「それじゃあ、生徒会長と後輩の子とはどこで知り合ったの?」

「うわ、そこまで知ってんの?」

「今結構有名だよあんた」

「……会長はちょっと前、学校に申請してないバイトがバレたときの罰で奉仕活動するときに生徒会の手伝いをしたぐらいだよ。川島後輩はまじで知らん」

「へー」


 まあどっかで後輩ちゃんもたらし込んだんでしょう。長十郎だし。


「で、長十郎くんは三人の誰を選ぶのかな???」

「誰か選んでたらここには来てねぇよ」

「え、なんで?」


 いや、まあ、そりゃそうなんですけど。


「俺が誰かと恋愛してる暇ないって、あづみは分かってるだろ?」

「にしてもじゃない? 最終的にどうなるかはさておいてさ、あの三人に迫られたらとりあえず誰かとは付き合うでしょ。こんな幸運二度とないよ?」

「恋愛運だけ高かろうと別に嬉しかないよ。忙しくて彼氏彼女の時間とか作れないし、相手の時間だけ無駄にして自然消滅なんて不誠実はしたくない」

「いやいや、相手もそれぐらい分かってると思うよ? その上で、本気で長十郎と付き合いたかったんじゃないの?」

「……まあ、似た感じのことは言われたけど」


 あ、言われたんだ。まあ桃瀬はね。他二人はよく知らないけど。


「え、本当に三人とも断ったの?」

「断った」

「お弁当不味かったとか?」

「美味しかったけど、弁当目当てに誰かと付き合ったりするかよ最悪すぎるわ。ちゃんと手間賃含めて食材費も返した」


 まじか。でもこの前は「自分に食べ物くれる子が好き」って言ってたじゃん。

 あの三人はお前に食べ物をくれる上に超弩級の美少女なんだぞ。それを断るなんていったい何が不満――あれ、これ私が桃瀬に誤情報渡したってことにならない?

 大丈夫かな、インチキデマ女とか怒ってないかな。桃瀬はそんな器の小さい人間じゃないと思うけどまじで敵に回したら学生生活終わるんだけど。


「と、言うよりもだ」


 根掘り葉掘り聞きまくる私に、長十郎が不機嫌そうに向き直る。さすがにノンデリ過ぎただろうか。だってしょうがないじゃん。気になるんだもん。十年以上一緒にいるのに、急に長十郎が遠くに行ってしまうんじゃないかって私はずっと不安で――


「――そもそも俺は三週間前のあの日、お前に告白したつもりだったんだが?」


 ……………。


 ……………?


「……………え?」


 なんて?

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