9 会議の結果と世界への扉
その後、俺が朝食を食べ終え、最近の日課となっていたお昼のワイドショーが終わった頃には、亜翠さん達の参加する会議は終わったようだった。
『たっくん、会議では一応テレパシーのことは認めてもらえたよ。それから山丸教授が味方になってくれたから、地球寒冷化の脅威が差し迫ってることについてはとりあえず納得して貰えたみたい』
亜翠さんが俺にそう報告する。
『最初は私達みんなが統合失調症扱いされてたんですよ……全く、テレパシーはマジだっての! 私達はおかしくなってないし!』
りつひーが、自分たちはおかしくなっていないということ強調する。
『でも、救世に関わる案件であることと、南海トラフ相模トラフ超連動地震が迫ってることについては、多数決で負けちゃったんだよねぇ……』
香月さんが若干の悔しさをにじませるかのように言う。
『でも山丸教授は、この寒冷化理論が正しければ数年のスパンで一気に全球凍結に至る寒冷化を起こす可能性もあるって言って、救世案件であることに賛成してくれたよね。わたし的にはあれが驚きだったよ』
矢那尾さんが、山丸教授による俺の寒冷化理論への評価に驚きの声を上げる。
『それはそうだったね。私もたっくんの寒冷化理論がそんなにちゃんとしてて、山丸教授ですら認めてくれるくらいだとは思ってなかったな』
矢張さんも矢那尾さんに同調して、驚きを表現する。
『まぁ、私としてはたっくんが救世主だとは一応思ってるから、寒冷化理論だけでも認めて貰えたのは良かったかな。でも山丸教授以外がいまいち全球凍結の脅威を認識してなさそうなのが気になるくらいかな』
亜翠さんがそう言うと、香月さんが『えー? 亜翠さんってたっくんが救世主なの認めてたんだ!?』とツッコミを入れる。
『まぁ、ね。というか私、このテレパシーが始まる前から夢で何度も、小日向拓也って名前をよくわからない人達に教えられてたんだよね。あれこの話するの初めてだったっけ?』
『なんですかそれ、俺も知らないですよ! そうか、それで急に俺の名前をあの時出してきてたんですね……』
俺が驚きの声を上げると、香月さんも亜翠さんに『なにそれ、聞いてないですー』と何故か少し悔しげだ。
それに矢張さんがおっとりした口調で、『伊緒奈ちゃんはたっくんが運命の相手だって思ってるから悔しいんだよねー』とからかう。
『まぁ、8人いるかもってたっくんが言うから、夢のこともあったし、集めてみたらいいじゃんって漠然と思ってみんなを集め始めただけなんだけどね私は。それとね、たっくん。どうやら救世案件の可能性も少しは残るから、私達声優にも公安じゃないけど自衛隊から護衛が付くようになったよ。モチのロンで女性自衛官だけどね!』
『亜翠さんマジですか……俺のところには相変わらず何の音沙汰もないのに』
そうだ。俺のところには一切連絡はない。
今後も来ることはないだろうと俺は思っていた。
みんなと会話することは楽しかったが、しかしこれは幻聴なのだから。
『たっくんのところにも、お母さんに連絡続けてるらしいんだけどね?』
『はぁ、そうなんですか。母でしたらさきほど友人との食事で市街地に向かいましたから、スマホがないのでもし通じても当分俺との連絡は付かないでしょうね』
俺がそう言い連絡が付かないことを予測すると、香月さんが『ちょ! たっくんなんでそれ早く言わないの!! 熊総理呼んで!!』と言ってきたので、すぐに熊総理に繋げた。
『どうしたんだい? 小日向くん』
熊総理がそう返事をするや否や香月さんが叫ぶ。
『熊総理! たっくんのお母さんさっき市街地に行ったって!』
『なに!? それはどこへ行ったのか分かるのかい?』
熊総理が驚くように聞く。
『あ、はい。市街地の文化会館近くにあるパスタ屋ですね』
『店の名前は!?』
熊総理がどうしても知りたそうに聞くので、俺は具体的な店の名前を教えた。
『小日向くんちからパスタ屋までの所要時間を考えると、お母さんはたぶんまだパスタ屋にいるだろう。3km圏内に再び入る前に捕まえられるはずだ……!』
と熊総理が興奮気味に言う。
『はぁ、まぁそうならいいですけど』
と俺は煮えきらない感じに言った。
俺はなんとなく、もし熊総理達が母を捕まえられたところで、俺に連絡が付けられるというわけではないだろうと考えていた。
『小日向くんの家の周囲になんらかの事態が発生しているのは間違いないからね。さっきそちらの方も専門家を交えての会議も決めたところだ。無論、極秘事項だがね』
『でも救世案件だとは認めて貰えなかったんですよね?』
『あぁ、そちらの方は会議では認めてもらえなかった。ただし私の権限でこれを救世に準ずる案件だと認めて、声優さん達には護衛を付けたんだ。聞いているかな?』
『はい。それは聞きましたけど……』
『そうか。私としては専門家達にも救世に準ずる案件であると認めて欲しかったのだけどね……そうだ小日向くん。もし山丸先生のように特定の専門家のあてがあるなら聞こう』
熊総理がそう言うので、俺は物理の専門家や数学の専門家について考えてみた。
少し考えて結論が出た。
『物理の専門家としては、東王大の栗原士尋教授を。数学の専門家としては京王大の道月一真教授をお願いできますか?』
『分かった……そのように手配しよう』
熊総理が返事をして、新たな専門家についての話は一応終わった。
念話の輪から熊総理が抜けてしばらくすると、香月さんが静かに語り始める。
『たっくん……。私地球寒冷化のことを世界中の指導者に教えるべきだと思う』
『世界中の指導者に……? でもどうやって? 熊総理はまだそこまではしてくれないんでしょう?』
『うん、それはそうなんだ。熊総理は慎重派だからまだ国内での極秘事項に指定してるみたい。でも、私は一刻も早く世界中の指導者に教えるべきって思うんだよね。だからさたっくん! 念話で、テレパシーで試してみてくれないかな?』
香月さんに真剣に頼まれて、俺はすぐに『分かった』と返事をした。
『じゃあまずは、ダニー・プラント米大統領がいいよね?』
『うん! プラント大統領が良いと思う! 話せるかな?』
『とりあえず試してみます』
俺はそう香月さんに答え、プラント大統領に念話を届けようと彼の姿、そして声を思い浮かべる。……しかし。浮かんでくるプラント大統領のイメージは灰色の表示で、いつものようにカラーではない。何度念じても、念じても、プラント大統領には繋がらなかった。
『ごめん……プラント大統領には繋がらないみたい』
『そっか……こんなの初めてだね?』
『うん。たぶんイメージがカラーじゃないからだと思う……』
『イメージ?』
『うん。いつもみんなに念話するときにイメージを思い浮かべるんだけど、みんなの時はそれがいつもカラーなんだ』
俺がそう伝えると、矢那尾さんが『へぇー私もカラーなんです?』と聞いてきた。
『うん、矢那尾さんもカラーだよ。矢那尾さんのキャラのイメージだったりするけどね』
『へぇ、そうなんですね。なんだか面白い。でもそのカラーじゃないかそうじゃないかが、テレパシーが通じるか通じないかってことなんですよね?』
『うん。なんとなくだけど、そう思う』
俺がそう返すと、香月さんが『じゃあ、他にアメリカの政府に近い人物でカラーの人いないの?』と聞いてきた。
『どうだろう……』
俺はイメージを思い浮かべて、心当たりを片っ端から洗う。
するとたしかにカラーのままの人物が思い浮かんだ。
『あ! プラント大統領の娘婿のヨレド・パルヴァンさんなら話せるかも!』
『娘婿かーでもその人政治に関与してるの?』
香月さんが問うと、矢張さんが『私も知ってるけど、大統領上級顧問だから問題ないと思うよ』と補足する。
俺は早速、パルヴァンさんに話しかけようとしてみた。
『ヨレド・パルヴァンさん……聞こえますか?』
『What happened!?』
「え、英語……。喋れないよー。日本語でおk」
と現実で呟いた。
『何だ一体……何が起きてる!?』
『え?! もしかしてヨレド・パルヴァンさんですか?』
俺が急に聞こえてきた日本語に驚いて聞くと、『確かに……俺はヨレド・パルヴァンだが……君は一体誰だ!?』と返ってきた。
その声はまるで大人気男性声優の河南圭介さんの低音での演技そのものだった。
河南さんって言ったら革命のレヴォルディオンのアインの声は、完全に河南さんのイメージだったなとふと思い出す。
『えーっと、俺は日本のxx県に住んでいる小日向拓也って言います』
『なに? 日本人のコヒナタ……?』
『はい。コヒナタです』
『それで、そのコヒナタが一体なんの用だ!? これはどういうことだ。まさか我が家に指向性スピーカーでも仕掛けているのか!?』
『えっと、パルヴァンさん落ち着いてください。これはテレパシー……だと思います』
『テレパシー……!?』
『はい。ですから指向性スピーカーとかはないと思います』
『そ、そうか……いや落ち着けヨレド……大丈夫だ、問題はない』
パルヴァンさんは混乱した様子で、自分に言い聞かせるように自分の名を呼ぶ。
『大丈夫ですか?』
『あぁ……すまないもう大丈夫だ。日本人のコヒナタと言ったか? その日本人が一体なんの用だ?』
『えっと実は……』
俺は掻い摘んでこれが世界を救う為の事象かもしれないことを説明し、寒冷化理論についても時間をかけて説明した。
そしてパルヴァンさんと話し始めて30分を過ぎた頃、パルヴァンさんが『理屈は理解した……』とだけ言った。
『では、日本の外務省に問い合わせれば、確かに事実であると分かるんだな?』
『外務省はちょっとどうかわからないですけど、熊総理に直接聞いていただければ問題はないかと……それか熊総理から外務省に言っておいて貰いますよ。コヒナタの名前を出してきたら直接、熊総理に繋げって』
『ふむ……それならば日本の外務省にコヒナタのことを聞けば良いんだな?』
『はい。ひとまずは、それでいいかと』
『分かった。それだけか?』
『はい。それだけです。もしそれで確認が取れたならプラント大統領にも繋げて貰えると助かります……』
『あぁ、分かっている。だがこんな馬鹿げた話が真実でないことを祈るさ』
その言葉を最後にパルヴァンさんとの念話を終えた俺は、熊総理にパルヴァンさんから外務省へ連絡があることを念話で伝えた。
この時はまだ、俺の妄想のようなこの幻聴が、アメリカを巻き込んでの大規模なものになることを全く思ってなどいなかった。