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統合失調症の俺が確かに世界を救った話  作者: 成葉弐なる
第2章 フリーメーソン篇

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59 音楽CDとイベント申し込み

 あれから数ヶ月が経った。季節は寒い冬を超えて春となり、もう夏の足音が聞こえ始めようかという時期。

 俺は精神科へのADHDでの通院は止め、メチルフェニデート徐放剤の服用は止めていたが、しかし聞こえる声は変わらなかった。

 あれ以降、再び香月さんとも唯一神を名乗る香月さんとも話せなくなってしまった。

 俺は亜翠さんや八枷達とは話せてはいたが、彼女の声がどうしても現実で聞きたくて、香月さんの出している音楽CDをいくつか買った。


『たっくんは香月さんの歌、聞いたことないんでしたっけ?』


 りつひーが俺に問う。


『あるけど、あまり覚えてはいないかな』

『そうなんですね。聞いてみましょうよ』

『あぁ、うん……』


 りつひーと共に、香月さんの音楽を聞く。

 俺が知っている少し低めなトーンで喋る香月さんとは違い、高めの声で変わった歌を歌う香月さん。中には低めなトーンでの歌もあって、これだよこの声! 俺の知ってる香月さんの声! とりつひーと語り合う。

 そうして最後に、一番最近出た。香月さんのCDを聞き終わったあとだった。


『あれ……? イベント申し込み抽選券……?』


 CDを戻す時、そんな内容の書かれた紙が目に入った。

 抽選申し込み期限はまだ来ていない。つまり、これに申し込めば、本物の香月伊緒奈さんを直にこの目で見れるかもしれない。

 だが俺には申し込む勇気がなかった。


 だってきっと、ただの統合失調症なのだ。

 俺が香月さんに大好きだと言われたのはあくまでも妄想の話。その想いを現実の香月伊緒奈さんに向けるのは何かが違う気がした。

 彼女はきっと知らない。そう、知らないのだ。

 俺と香月さんとの思い出が湧き上がってくる。

 そんな俺の想いを知ってか知らずか、亜翠さんやりつひーたちがこぞって、俺にイベントに申し込むように勧めてきた。


『たっくん、これも良い機会だから、伊緒奈ちゃんに会ってみるといいよ』


 亜翠さんがそう言い、


『私もそう思います。香月さんに現実で会ってみるべきかと』


 りつひーが言い、異口同音に矢那尾さんやMioさん、持田さんが同意する。


『でも、でもでもでも、俺の、俺の香月さんじゃないんですよきっと……』

『それは今はまだなんとも言えないよ。私たちは確かに下ではたっくんのこと忘れちゃってるけど、でも上では覚えてるじゃん? もしかしたら現実の伊緒奈ちゃんは唯一神様なのかも……』


 亜翠さんがそんな淡い可能性を指摘する。

 でも、本当に唯一神様だったとして俺に今まで会いに来てくれないのはおかしい。

 だからその可能性は薄いと俺は考えていた。

 あれから、香月伊緒奈さんが唯一神様と同一の存在だという事実を、俺は何度も何度も考えていた。確かに、それならば今まで不明だった数々の伏線に説明が付けられたのだ。

 唯一神様=香月伊緒奈だったならば、絶対命令権限的な問題のほとんどがクリアされるかのように思えていた。

 しかし、状況は香月さん達と会えるように好転しているわけではない。

 俺は変わらず高齢ニートのままだ。


『でもね、たっくん。もし現実の伊緒奈ちゃんが唯一神様でもなくって、私たちと同じようにたっくんを全く知らないただの伊緒奈ちゃんだったら……その時は、そっと何もしないであげて? これ、絶対だよ?』

『はい。当たり前じゃないですか、何もしませんよ』


 亜翠さんの厳重に、香月さんが俺を知らない香月さんだった場合のことを厳命する。

 だって俺が愛したのは確かに香月伊緒奈さんなのだから。何かをするわけがない。

 そうして皆の後押しもあり、俺は香月伊緒奈さんのCDのリリースイベントに申し込んだ。

 これが抽選に外れてしまったならば、俺と現実の彼女の間には完全に隔絶されているのだと思いこむようにしていた。

 一ヶ月後。

 その結果は確かにやってきた。

 結果は一言で言えば、当選。

 俺は香月伊緒奈さんのイベントに初めて当たったのだった。


『うーん、たっくん1枚で当てるとは結構持ってるねぇ! 伊緒奈ちゃん人気だから箱の大きさ的にたぶん3倍から5倍はくだらないよ?』


 亜翠さんがそう俺の強運を評価し、持田さんが『うん、確かにそうかも』と同意する。

 りつひーはりつひーで、『これが運命の序章かもしれないですよ』と俺を囃し立てる。

 しかし、都内某所アニメショップで行われるイベントに当選したのはいいが、着ていく服がないと思っていた。


『俺、何着てけばいいんですかね?』

『適当で良いってそんなの! 下の香月さんもたぶん私たちと同じで記憶ないですよ? たっくんも有象無象のじゃがいもなんだから、気にしなくていいかと』


 りつひーがそう言い、矢那尾さんが『それはそうかもだけど、当日寒くないようにしないとね! 病院にも着ていってた白いトレーナーでいいんじゃないかな別に』とコーディネートを提案してくる。俺はその言葉のままに、白のトレーナーでイベントに行くことを決めると、母に頼み込んで東京までの往復の交通費を貰った。

 そうして八枷にもイベントに行くことを報告する。


『八枷、俺、香月さんのイベントに行くことにしたんだ』

『それは……そうですか。いいじゃないですか。声優イベント初めてなんですか?』

『いや……厳密には初めてじゃなくて、友達と2回だけ行ったことあるんだけどさ……何分昔のことだから全然なにもわからないや』

『そうですか。まぁ楽しんでください。ですが言っておきます。決して、香月伊緒奈さんにたっくんとの記憶があるとは思わないことです』


 八枷は香月さんの声ではっきりとそう言い切る。

 俺は逆にこの八枷の対応が当然だと思った。

 思わせぶりなことをたまにいうりつひーとは決別して、イベントに望まなければならない。


『それは……分かってるって、驚かせたら悪いしな』

『はい。分かっているならいいかと。それで? どんなイベントなんです?』

『トークイベントだよ。それに最後にハイタッチ会だってさ』

『へーそれは良かったですね。香月さんに触れますよ……?』


 八枷は疑うような目線を向けるかのような声をだす。


『いや、変なことはしないってマジで!』

『なにか一言言うんですよね? そういうイベントって。印象に残る為にも一言なにか言ったらどうです?』

『そりゃあ……たぶん……無言でハイタッチする人よりかは印象に残るかもだけど……』


 そう八枷に言われ、俺はハイタッチ時に言うたった一言の言葉をずっと考えるはめになった。


『ただいまーとかはどう?』


 八枷に聞く。


『なんで急にただいまなんですか?』


 八枷は冷静に返す。


『いや、なんとなくだけど……』

『却下です。それじゃ印象に残りませんから』


 八枷はそう言って俺の提案を却下する。


『じゃあ、えーっと香月さんの出てるアニメのセリフとかどう?』

『なんてセリフ言うんですか?』

『いや全然決めてないけど』

『駄目じゃないですか。じゃあ他です! 他のアニメでもいいので、なにか印象的なセリフないんですか?』


 俺は八枷に言われ、一つだけ思いついた。

 某恋愛アニメで芸能人の女性キャラの一人に、男性キャラが言うセリフだ。


『生まれてきてくれて、ありがとうってどうかな?』

『ふむ……それもアニメのセリフですか?』

『あーうん。香月さんが出てるアニメじゃないけどね』

『ふむ……まぁ唐突すぎるかもですが、インパクトとしては悪くないですね』

『おっけー。じゃあ決まりな!』


 俺はそう答えると、現実で「生まれてきてくれて、ありがとう!」と噛まないように言う練習を始めた。何度も何度も練習する。できるだけ良い声で、滑舌よく。伝わるように。

 そうして、俺の初の香月さんのイベント参加までの日々は過ぎていった。

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