58 露大統領との対話と唯一神の正体
俺はロレースの話を一応信じて、頭の中を整理しながら数日を過ごした。
そうして、年が明けた頃。朝自室で起きた時、唐突に香月さんの声が聞こえた。
『たっくん、たっくん、たっくんくーん♪ いますぐ気付いて、たっくんくーん♪』
そんな軽快なメロディーが俺の脳裏に一瞬流れ、同時にイメージが脳に流れ込んでくる。
香月さんが八枷から受け取った設計図で、量子通信機を完成させたイメージだった。
その量子通信機はヘッドセットタイプのもので、頬の部分に突き出すようにマイクがあった。
『香月さん!? 香月さんですか!?』
俺は必死になって、久しぶりに念話か通信かを寄越した香月さんに話しかける。
しかし……。
話し始めるかのように思われた香月さんの歌声は遠のいていき、一人の男性の声が聞こえた。
『悪いね小日向くん。申し訳ないが、彼女と君を話させるわけには行かないんだ』
どすの聞いた悪役じみた冷静沈着そうなその声に俺は、聞き覚えがあった。
人気男性レジェンド声優の塚内芳一さんだ。
『塚内さんですか……?』
『いいや、違う。私の名前はマクシム・スミルノフだ。こう言えばさすがの君でも分かるだろう? 塚内さんの声は彼に許諾を貰って、私が使わせてもらっているだけだ』
俺はその一言に、驚愕してしまう。
マクシム・スミルノフ――露大統領だって!?
『それは、本当のことですか? スミルノフ大統領?』
『あぁ、本当の話だ。君と話すにあたって、日本語でおkシステムというやつで彼の声に変換されているだろう?』
『えぇ……はい。確かに塚内さんの声だ……でも本当に、スミルノフ大統領なんですか?』
『ふん、まぁ信じなくともいいさ。だがね、私は本物だよ。実は白のサタナエルを束ねるメーソンのトップとして、上では私が代表を務めることに成ったんだ』
スミルノフ大統領を名乗る塚内さんの声は、そう俺に告げる。
『上で白のサタナエルを束ねるリーダーに、スミルノフ大統領が……?』
『あぁそうだ。フリーメーソン時空では、私もメーソンの一人でね。こちらの現実に統合された今、改めてトップとして僕にお鉢が回ってきたというわけさ』
『それは……もしかして他の人もメーソンになったりしているんですか?』
『他の人かい? あぁ、もしかしてアメリカのプラント大統領達のことかい? それはね……』
スミルノフ大統領がそう言葉を濁すと、横から違う男性の声がした。
『よう小日向。俺だ、分かるか? また小立文雄の声を借りているが、ダニー・プラントだ』
『はい! 分かります……小立さんの声ですけど、本当にプラント大統領なんですか?』
『あぁ……そうだ。実は俺も白のサタナエル陣営の一人として、今じゃ上ではメーソンに入っていてな。この間の総選挙でスミルノフ大統領に負けちまってこうなってる。いまじゃスミルノフ大統領が上の……俺達は深層無意識の世界と呼んでいるがな? 彼がそれのトップさ』
俺はプラント大統領を名乗る小立さんの声が本物かどうか信じられず、パルヴァンさんに話を聞くことにした。
『パルヴァンさん? 小立さんの声をしたプラント大統領がこう言ってますけど、本当ですか? 聞いてましたよね?』
俺がパルヴァンさんに意識を向けて聞くと、パルヴァンさんは『あぁ、彼らの言い分はその通りだ。確かにスミルノフ大統領とプラント大統領だ。間違いはない』と言ってくれた。
『それで……そのスミルノフ大統領が一体俺になんの用ですか?』
『用というわけじゃないさ。ただ事実として、彼女と君に話をさせるわけにはいかないと言っている。悪いが通信を妨害させて貰っているよ。いやなに、我々も上でのことには慣れてきてね。量子通信を妨害するくらいはできるようになったってわけさ』
スミルノフ大統領は冷静にそう告げる。
『彼女って、香月さんのことですよね?』
『……』
スミルノフ大統領は答えない。
『彼女は彼女さ、君が彼女を誰だと判断しているかは私たちには関係がない』
『何を言って……今のは確かに香月さんの声だった。彼女じゃないって言うなら八枷ですか?』
『何度も言わせないでくれ小日向くん。私たちには彼女が誰かは関係がない。ただ彼女と君の通信を妨害させてもらっている』
『は? なんでそんなこと……』
『これ以上、君たちの都合の良いようにして貰っては困るからだよ』
スミルノフ大統領はそう言う。
俺は邪魔なんてされてたまるものかという想いで、香月さんに意識を集中させる。
『香月さん! 俺です小日向拓也です! いるんですよね!? 香月さん!!』
念話で悲痛な叫び声をあげるが、返事はない。
『なんで……なんで邪魔するんですか!!』
『それは君が悪いんだよ小日向くん。我々の転移したフリーメーソン時空が君の敵の時空だったのは認めよう。だがね、それを丸ごと破壊して、我々をこちらに統合してしまったのはいただけない。これ以上、そんなことが現実に起こってもらっては困るんだよ』
『そんな……プラント大統領も同意見なんですか!?』
俺がプラント大統領に話を振ると、プラント大統領は『同意見とは違うが……だがすまんな。今のトップはスミルノフ大統領なんだ』と諭すように言ってくる。
そんな馬鹿な……。諦めるしかないのか……?
俺がそんな事を考えたときだった。
『たっくん! 聞こえてるよーたっくん!!』
という香月さんの声が聞こえた。
だが通信はすぐに途切れてしまう。
『悪いね小日向くん……話はそれだけだ。今後、彼女との通信は妨害させてもらう』
スミルノフ大統領が話はこれまでだとばかりに打ち切ろうとしたその時だった。
『勝手に話を進めて貰っては困るんだけど……』
と落ち着いた女性の声がした。いや、この声はたぶん香月さんの声だ! 間違いない!!
俺がそう判断していると、『貴方は……もしや……!?』とスミルノフ大統領が驚くような声を上げる。
『そう、私はあなた達が唯一神と呼ぶモノ』
落ち着いた香月さんの声の女性はそう確かに言い放った。
『香月伊緒奈さんや私が、彼と話すのを止めるのはやめてください』
声の主はスミルノフ大統領の驚きを放置するようにしてそう続ける。
『だが、しかし……それでは我々の時空がまた災害に見舞われかねない……!』
スミルノフ大統領はそう言って苦虫を噛み潰したような声を出す。
『間違っています。私とたっくんの、小日向拓也さんの邪魔をするからこそ災害は起こり得るのです』
唯一神を名乗る香月さんの声の主は続ける。
『具体的に言いましょう。いま貴方たちが地球温暖化だと思っている事象は、私が彼に無意識的に授けた理論のように、実は寒冷化の事象なのです。そしては私はそれを防ぐ唯一の手段として、太陽活動の制御を行っている……けれど彼との対話なしに、それは完璧には行えないのです。あなた達が私たちと彼との対話を妨げれば妨げるほどに、寒冷化は深刻な脅威として顕現するでしょう』
『そんな馬鹿なことが……!』
スミルノフ大統領は信じられないようだ。
そんなスミルノフ大統領をおいてけぼりにして、唯一神を名乗る香月さんの声は俺に告げる。
『たっくん……私は香月伊緒奈であり、香月伊緒奈ではない。私は彼女の、そして貴方の深層無意識側の存在、全時空を統べる唯一神です。忘れないで。私や彼女と会えなくても、たとえ上で話せないことがあったとしても、私と貴方は確かな相互規定で繋がっているのですから。私は貴方で、貴方は私。運命の相手なんだよ? たっくん』
そう言うだけ言って、彼女の声は消えていく。
少し間があって、パルヴァンさんが諭すようにスミルノフ大統領に言う。
『スミルノフ大統領、いまのお方の意思こそが唯一神様のご意思……決して蔑ろにしてはならないものだと私は考えます』
パルヴァンさんがそう言うと、スミルノフ大統領は『だがしかし……我々にはまだ分からないことが多すぎるんだよパルヴァンくん……そんな状況下で彼と彼女を野放しにするなど……』と苦悶の声を上げた。




