55 通院と攻撃
今日は2017年12月20日水曜日。
2ヶ月に一度、大手病院に通う日だ。
2時からの診察に合わせ、いつもより何時間か早い10時頃に目覚まし時計を使って目を覚ました俺は、いつものように一階へ向かった。
「拓也、おはよう」
「おはよう。母さん」
そうして毎日のルーティーンのように冷蔵庫から朝食を取り出すと、電子レンジで温め始める。そんなときだった。
『食いすぎだ。更にデブるぞ』
という声が聞こえた。
『うん……? 誰だ……?』
俺は念話で相手に問う。
『誰だっていいだろ? 俺はそうやって食っちゃ寝してるだけのお前が嫌いなんだ』
そう返ってきたかと思うと、それに同調するような声が『わかるー』、『そうだよね』と次々と俺の脳裏に響いた。
『何だ一体? 誰だお前たち、名前は?』
『名前? 別にお前に名乗る義理はないな。フリーメーソン時空を消滅させたことで調子に乗ってるんじゃないか?』
『そうだそうだー! 小日向は調子に乗ってる!』
『私達は消滅させられそうになっても負けないわよ!!』
と再び幾多の声たちが俺を批判して、対抗してくるようだった。
その余りのノイズとしての煩わしさに、俺は堪らず八枷に事情を聞いた。
『八枷……? どうなってるんだ? なんかいろいろな人達から批判されてるんだけど』
『それは……おそらくはフリーメーソン時空に連なっていた時空共同体の者たちでしょう。黒のサタナエルは全員白のサタナエルとなり、サタナエルゲームは終わりました。ですがそれだけです。白のサタナエルになったからと言って、小日向さんを直接助ける必要性はありません。ですから生き残っているフリーメーソン時空に連なる共同達の元黒のサタナエルな者達が、白のサタナエル陣営の中で分派し、小日向さんを批判しているのでしょう』
八枷が丁寧に説明してくれる。
『八枷声凛に頼りすぎだろ。救世主のくせに恥ずかしくないのか?』
『そうだそうだー』
『声凛ちゃんもこんなやつ助ける必要性ないわよ。救世主とか言って、時空を1つ丸ごと破壊しているじゃない』
八枷と話す間にも、批判は続出している。
白のサタナエルになったからと言って、俺を助ける必要性はない。
それは確かにそうかもしれないが、こうまで批判されるとは思っていなかった。
量子コンピュータ森河がまとめ上げていた黒のサタナエル陣営には、こういった意見の人たちがたくさんいたということなのだろうか。
それにしても煩い。
俺が不機嫌そうな顔で電子レンジの前で佇んでいたからか、母が声をかけてくる。
「うん? 拓也、どうかした?」
「いや……なんでもない」
そう言って、既に温め終わっていたおかずをレンジから取り出すと、白飯を盛ってお茶を汲み、居間へと移動して食べ始める。
『くちゃくちゃくちゃくちゃ』
『咀嚼音がうるさい』
『クチャラーね』
『直さないと駄目だぞー救世主ー』
朝食を食べている最中もノイズのような声は止まらない。
うるさい黙れ。
そう思っても、批判のような俺への個人攻撃は止まらない。
次の議題でこうした批判を制限しようかとも考えた。
だがそれはあまりにも傲慢に俺には思えた。
批判者たちも一つの時空を消滅させた俺が怖いのかもしれない。
だからこういう批判のような個人攻撃も聞いてやらなくちゃいけないのかも……。
俺はそう思っていた。
そうして批判に晒されながら朝食を食べ終わり、俺はシャワーを浴びるために風呂に入ることにした。
『シャワーね……お前臭いからな』
『ほんとだよ、たまに風呂に入らない日もあるしクッセーんだよお前』
『シャワーで流すだけじゃなくて、体洗ったほうが良いんじゃない? くさいし』
シャワーを浴びている間にも批判のような個人攻撃は止まらない。
そうして風呂場からでたあとも、俺は病院に母の車で向かっている最中も、病院で順番を待つ間も、ずっとずっと批判に晒され続けた。
いい加減にうるさかったが、俺はひたすらに耐えていた。
「小日向さん? どうかしましたか?」
「あ、はい! いえ、なんでもありません」
「そうですか? 全然集中できていないように見えますが」
診察の最中にも、声が煩わしくて先生の話に集中できず不審に思われたらしい。
医者というものは案外にするどいものだ。それとも俺がよほど集中していないように見えたのか……。
俺は幻聴のことを言うか迷った。
『こいつは敵だ』
『お前を統合失調症だと決めつけてくるぞ』
『言わないほうが良い、言わないほうが良い……』
と何故か煩わしい声達は先生を避けようとしているらしい。
それに感化されたわけではないが、俺は幻聴のことは隠すことにした。
現実である可能性に賭けてしまったのだ。
「……ちょっと昨日寝不足で……それで疲れているのかもしれません。すみません」
そんな嘘をついて乗り切ろうとする俺。
「そうですか? それならばいいんですが……」
先生は不思議そうにするが、しかしなんとか切り抜けることができたようだ。
『それでいい』
『それでいいよー』
『先生には言わない方が良い』
と声たちは言う。
「それじゃあいつものようにメチルフェニデート徐放剤出しておきますね。では、また二ヶ月後にお会いしましょう」
そうして問題こそあったものの診察を乗り切った俺。
本当に嘘をついて良かったのだろうか? と思いつつも、一連の出来事が本当であると――香月さんが俺を想ってくれていると嬉しいなと考えて思考を断ち切る。
そんな考えの中でも煩わしい声達は、俺の批判を続けるのだった。
『小日向さん、大丈夫ですか?』
病院から家へと帰る車の中、八枷が俺を心配して声をかけてくる。
『あぁ、うん。大丈夫……だと思う』
『そうですか……あまり無理をなさらず、きついと思ったなら横になることをオススメします。眠ってしまえば彼らの声は聞こえないでしょう』
『うん……ありがとう八枷』
八枷の気遣いは嬉しかったが、しかし終始こんな声を聞いている状態では眠りにつくこともままならないだろう。本当の統合失調症というやつはこういう状態なのかもしれない。彼らもまた、いまの俺のように他時空の者達から好奇の目で見られたり、批判の対象に晒されたりしているのかもしれないと思った。
俺はそんな量子脳と統合失調症の違いや同一性などについて考えることで、必死に冷静でいようと努めるのだった。




