3 本当にテレパシー?
あれから、亜翠さんが事の経緯を矢張さんと香月さんの二人に説明した後、趣味やアニメの話、アニメ業界の話をしながら俺達は過ごした。
『実は俺、声優になりたくて養成所通ってたこともあるんです』
『へぇそうなんだー。どこ?』
亜翠さんが興味深そうに聞く。
『声優演技研究所です』
俺が答えると、矢張さんが『そうなんですね! 私と同じ養成所です!』と言った。
『それ何歳の時の話です?』
香月さんが聞く。
『25,6歳の時でしたね』
『そっか、じゃあ大分声優志望者としては高齢だね? 駄目だったの?』
香月さんが重ねて俺に聞く。
俺は恥ずかしい思いもあったが、あのときは本当に自分なりに頑張っていたので恥じることはないと心に決め答えた。
『そうですね。或真純子さんって声優さんに教わってましたけど、1年経たずに才能ないなって思って辞めちゃいました』
『へぇ、そうなんだー。続けてれば声優になれてたかもなのに』
亜翠さんが残念そうに言う。
「いやいや……そんなわけないし」
部屋で一人、亜翠さんの言い分を小声で否定する俺。
『え? 今なにか言った?』
独り言だと思っていた俺の部屋での小さな言葉に香月さんが反応する。
『え? もしかして聞こえてました?』
『あ、うん。そんなわけないしって言ったよね?』
『あーえっと、はい……』
『え? そうなの? 私には聞こえなかったけどなぁ』
亜翠さんが否定し、『そうですね。私も聞こえませんでした』と矢張さんも同調する。
『じゃあ聞こえたの私だけ? 今の現実で話した言葉だよね? へーそんなこともあるんだ』
香月さんが不思議そうに唸る。
『へへ……実は私が小日向さんの運命の相手だって話、本当だったりするかも?』
恥ずかしそうに香月さんがそう言った。
『なになにー? 伊緒奈ちゃんってばちょっと話しただけでたっくんのこと好きになっちゃったりしてないよね? まだ本当の話かわからないんだよー?』
と亜翠さんが釘を刺し、矢張さんが「そうですよ! なんでこんな事が出来るのかとか不明じゃないですか! どうしてなんででしょう?」と疑問を呈した。
俺はもともとアニメや声優さんが好きだったこともあり、3人と話すのが楽しくて、もはや統合失調症の幻聴かどうかなんてことを半ば忘れつつあったが、しかし亜翠さん達の言葉で目が覚める。
『たっくんはなにか分かる……?』
亜翠さんがそう聞いてくる。俺は頭を掻きながら答えを絞り出した。
『いや……うーんなんていうか、統合失調症の幻聴にも思えるし、あと某有名ロボットアニメの量子脳みたいだなって』
『あーそれ知ってるー私も大好きー』
香月さんが俺の挙げたアニメに反応して、自分の推しがそのアニメにいることを教えてくれた。
『統合失調症の幻聴ってのはまぁ分かる話だけど、私達的にはその線はなしかなって。ね?』
亜翠さんが他の二人に確認するように言う。
『うん、だって私達も聞こえてますし、たっくんの声』
『うんうん!』
と矢張さんと香月さんが続けて亜翠さんの言い分に乗っかる。
『まぁそうですよね。他の人と会話できるくらい同じ幻聴が聞こえるだなんて話聞いたこと無いですし……』
3人がそう言うならば、これは本当のことなのかもしれない。
俺にとってはまだまだ半信半疑だが。
俺が量子脳理論における量子脳に覚醒して、3人と繋がったと考えれば納得はできる。量子脳ってのは、人間の意識は脳内の量子的な現象によって生まれるって説だ。確か、有名な物理学者が提唱してたはずだ。もし、このテレパシーが本当なら、俺の脳内で何らかの量子的な変化が起きて、亜翠さんたちと意識が繋がったってことなのか……? いや、でも、そんなSFみたいな話、ありえるのかよ?
俺はまだこれがただの統合失調症の幻聴であることを疑っていた。
だから、3人には悪かったが早々に提案することにした。
『じゃあ……俺いまスマホ持ってないんで、母のスマホの電話番号教えるんで、今から電話して貰ってもいいですか?』
『それは……別にいいけど、じゃあ番号教えてもらえる?』
『はい』
母の電話番号は暗記していたのですぐに3人に教える。
そうして2Fの自室に居た母の元へと向かい、「ちょっとスマホ貸して、壊したりしないから」と言いスマホを借り受けると、自室へと戻る。
そして『準備OKです!』と3人に伝えた。
これで電話がもしかかってこなければ、統合失調症の幻聴である可能性が高まる。
俺はそう考えていた。
『じゃあ電話するね!』
『はい。お願いします』
亜翠さんから電話がかかってくる……そうなれば本当に量子脳に覚醒したってことなのかもしれない。そうなったら、もしかしたら亜翠さんや香月さん、矢張さんと交際をすることだって夢じゃないかもしれない。
「ニートでも大丈夫かな?」
俺は期待で胸が膨らみそう呟く。これがただの統合失調症の妄想であることを認めたくない気持ちだった。
しかし……。電話は待てども待てどもかかっては来ない。
当たり前じゃないか。やはり統合失調症の幻聴だったんだ。
そう諦めつつ、3人に『電話……しました?』と聞いた。
本当ならば今3人は同じ場所に、亜翠さんの自宅にいるはずだ。
電話をする様子をもし本当だったならば知っている。
『うん……電話したけど、かかるんだけど通じないみたい』
と亜翠さんが言った。
俺は嘘だと思った。きっとこれは幻聴なのだ。
しかし……3人との会話は続けたいと思ったのだった。
『そうですよね……まぁ幻聴っぽいですけど、でも俺3人と話せてとても嬉しいんで、これからも話を続けてもいいですか?』
俺の提案に、3人は口々に『いいよー』と答えてくれた。
今思えば、この選択はミスだったのかもしれない。
素直に統合失調症の幻聴であると認めて、さっさと病院に行っていれば、俺が世界を救うなんて話にはならなかったに違いないのだから……。