見つかった王女
俺は気づくと光に包まれている空間の中にいた──。
その状況に驚いた俺はキョロキョロしていたが、突然目の前にリノが現れた。
リノは繊細で豪華なレースの柄が入った白いシルクドレスを着て白いベールを被っていた。
そして宝石が散りばめられたキラキラと光り輝くティアラをつけたリノは俺を見て微笑むと静かに言った。
「誓います⋯⋯」
「えっ、何?」
俺がリノの言葉にそう聞き返した次の瞬間、左手に何か熱いものを感じ見ると俺の左手薬指には指輪がはまっていた。
「リノ⋯⋯これは⋯⋯」
俺は突然自分の左手に現れた指輪を触りながらそう言いもう一度リノを見た。
だがリノが何か言おうとした瞬間、俺の顔の左側ギリギリに草原の国レイモーン王国の神官で吟遊詩人のサヤンが現れ言った。
「では誓いのキスを」
「わっ! サ、サヤン、何だよ! いきなり現れて!」
俺は驚きサヤンに向かってそう言ったが、サヤンは俺の言葉を無視し、俺にさらにピッタリくっつくと、やや語気を強め俺の耳元で言った。
「誓いのキスを!!」
「えっ、サヤン、キスって⋯⋯リノと、キ⋯⋯キスしろってこと?」
俺がドギマギしながらサヤンに聞くとサヤンは急に俺から距離を取ったかと思うと冷静な態度で言い放った。
「あなた⋯⋯もしかして、キスしないのですか?」
「いや、するする! しますします! リノとキスします!!!!」
俺は急いでリノに近づくと、リノが被っている白いベールの両端を持って、白いベールを上げた。
するとリノが腰を落としたので俺はベールをリノの頭の後ろ側に下ろしたあとリノの両手を持って優しく立たせた。
そしてリノと向き合いリノの腰を持って自分の方へ引き寄せると、リノも俺の背中に両手を回し俺たちはしっかりと抱き合う形になった。
しばらくそのまま抱き合ったあと俺は再びリノの体を少し離しリノを熱く見つめた。
リノも俺を熱く見つめ返してきた。
俺はリノへの溢れる想いをリノの美しく艶やかな唇に届けるため顔を徐々に近づけながら顔を傾けていった。
俺の唇がリノの唇に近づくにつれ自らの胸の鼓動が大きく早くなるのが分かった。
だがあと数センチで俺の唇がリノの唇に触れようとしたその瞬間、突然リノを抱きしめている俺の両手の先の感触が変わった。
それは何だか、もふっとした感触だった。
ん? もふもふっ?
そのまま俺の唇がリノの唇に触れる数ミリまで近づいたその瞬間、リノの顔は一瞬にして、もふもふ熊のクレオンの顔に変わったのだった。
「おわっ!!!!!!!!」
俺は思わず仰け反った──。
◇
目が覚めた⋯⋯らしい⋯⋯。
辺りの光が消え俺は自分がソファーに座っているのを確認した。
どうやら俺たちが泊まっている宿屋の部屋のようだ。
突然頭の上から声がした。
「ルキ様目覚められましたか?」
俺が上を見上げると、そこにはソファーの後ろ側から覗き込んでいるクレオンの大きな顔があった。
「俺⋯⋯どうして⋯⋯リノは?」
「はぁ⋯⋯ルキ様はここへ戻って来られたあとすぐにソファーにお座りになられウトウトされておりましたが、お眠りになられたようで⋯⋯朝の訓練でお疲れになられておられたのですね⋯⋯私は起こさないでおきましょうと申し上げたのですが、リノ様が『旅の準備があるからルキを起こしなさい』と言われまして⋯⋯」
「そうなんだ、それでリノはどこ?」
「私ならここにいるわよ」
リノは、クレオンのさらに後ろから顔を覗かせたあと続けて言った。
「ルキったら、一人で気持ちよさそうに寝ちゃってもう⋯⋯っていうか、なんでルキを起こそうとしたクレオンにいきなり抱きついてんのよ⋯⋯それに私の名前呼んでたけど、一体どんな夢見てたのよ」
「えっ、い、いいだろ、俺がどんな夢見たって⋯⋯」
「怪しいわね⋯⋯」
◇
突然、部屋の窓の外の通りから大声が聞こえてきた。
「隊長! この宿屋の駐馬車場にリノ王女様の馬がいました!!!!」
「何、分かった、よし突入だ!!!!」
その途端もふもふたちの叫び声がした。
「「「リノ様ーー!!!!!!!!」」」
それと同時に、この部屋のベランダからはもふもふ犬のライラプスが、奥の部屋からは、もふもふ猫のタバサともふもふうさぎのキラが飛び出してきたのだった。
リノはもふもふたちの前に歩いていくと言った。
「どうしたの?」
リノの言葉を聞いてもふもふ犬のライラプスが言った。
「はい、リノ様を探しているらしい兵士⋯⋯いや騎士が表に5、6人いたのですが、今一斉にこの宿屋へ入りました⋯⋯あと、セバスチャンさんも⋯⋯」
「えっ、セバスチャンが? ということは近衛隊かしら、でもこんなに早く見つかるなんて⋯⋯今日は急用がない限り私の部屋には入るなと言っておいたんだけど⋯⋯」
〔ちなみにセバスチャンとは、俺たちがダソス王国に来てリノに世話になっていたリノの城、プリンセス・リノ・キャッスルの執事である⋯⋯ああ、あと近衛隊とはダソス王国には、近衛騎士団という王族を守るためだけに組織された騎士団があるんだけど、現在、その近衛騎士団は5つの近衛隊に分かれていて、それぞれ、プルーシオス王、テーティス王妃、イポティス王太子、ギネカ王太子妃⋯⋯あっ、ギネカは俺の妹ね⋯⋯あとは王女であるリノを守ってるってわけ〕
そうこうするうちに廊下を走る音が徐々に大きくなってきたかと思うと、この部屋の外で止まる音がした。
次の瞬間⋯⋯。
ダンダンダン。ダンダンダン。
激しく部屋のドアを叩く音と共に甲高い声が聞こえてきた。
「私はダソス王国、近衛騎士団の副団長補佐で、ギネカ王太子妃様付き近衛隊、隊長のゲオルギオスです。リノ王女様、このドアを開けてください、ご無事ですか?」
続けて聞いた事のある声が聞こえてきた。
「リノ様、リノ様、わたくしもおります、セバスチャンです、ご無事ですか?」
それを聞いて、もふもふ犬のライラプスは部屋のドアまで歩いていくと勢いよくドアを開けた。
「セバスチャン⋯⋯」
リノがそう言うとプリンセス・リノ・キャッスルの執事セバスチャンは、ほっとした様子を見せた。
「リノ様ご無事でしたか⋯⋯あっ! えっ! ややっ!そちらにおられる方はルキ様では⋯⋯ははぁ、なるほど、そういうことでしたか⋯⋯リノ様、それならそうと、わたくしに一言、言っていただければよいものを」
「は? 何を言ってるの? 違います」
「えっ、それは失礼いたしました。あっ、それよりあの⋯⋯それがその⋯⋯申し訳ございません、先程ギネカ王太子妃様がお城にお見えになられまして⋯⋯少しお待ちいただくように申し上げたのですが、こちらのゲオルギオス殿がどうしても今すぐリノ様にお会いしたいと言われまして⋯⋯リノ様のことを隠しきれなくなりました」
「そうですか、分かりました、苦労かけました⋯⋯」
その時ゲオルギオスが話に割って入ってきた。
「お話中ちょっといいですか? なぜここにレイモーン王国のルキ様がいらっしゃるので?」
「ああ、ルキはこの国へ留学の為に来ているのです」
「そうなのですか? 公式には聞いておりませんが⋯⋯まぁ、それはそうと急いで城へお戻りください、先程からギネカ王太子妃様がお待ちですので」
「そうですか、分かりました、あなたたちは、先に帰りなさい、私もすぐに帰ります」
「いや、我々と帰っていただきます、またどこかへ行かれては困りますので」
「は? 私の言うことが聞けないのですか!!!!」
「いえ、決してそういうことでは⋯⋯しかし、リノ王女様、このように、お一人で城を抜け出されるとは、問題ですぞ、あっ、リノ王女様付きの近衛隊の責任も追求せねば、それにこの事を王様にもお伝えしてもよろしいですかな」
俺はそこでさすがに我慢出来ずゲオルギオスに言った。
「おい、ゲオルギオス! 別にリノは悪いことはしてないだろ! ていうか、お前のリノに対する無礼な態度こそ問題だろ!!」
だがリノは手で俺を制しながらゲオルギオスの方を向いた。
「ルキ、いいのよ⋯⋯ゲオルギオス⋯⋯私が城の者に何も言わず城を抜け出してきたので近衛隊に責任はありません。それに王様に伝えたければ勝手にしなさい」
「ではそうさせていただきます⋯⋯」
◇
ゲオルギオスたちと、セバスチャンが部屋から出て行ったあと俺はリノに聞いた。
「何だよ、あのゲオルギオスってやつ、感じ悪いな」
「ええ、それは知ってる、有名だから⋯⋯それよりルキ、さっきは、かばってくれてありがとう⋯⋯」
「ああ⋯⋯リノをイジめるやつは俺がぶっ飛ばしてやるから」
「うん⋯⋯」
「で、ゲオルギオスって何者なんだ?」
「ええ、あのゲオルギオスはこの国の重鎮で大公の五男なんだけど能力はないくせに金で騎士の身分を買って、コネで無理やり近衛騎士団に入った輩なのよ⋯⋯横柄な態度でみんなの嫌われ者よ⋯⋯」
◇
俺たちは、荷物をまとめ駐馬車場に出ると、そこには自分の馬とたわむれているリノがいた。
「リノ、お待たせ」
俺が声をかけるとリノがこちらを向いた。
「やっと来たわね。ルキ、従者がいないから馬に乗るの手伝ってくれる?」
「ああ、分かった」
その時もふもふ犬のライラプスが俺に近寄ってきた。
「ルキ様、それならわたくしが⋯⋯」
「いや、いい、ありがとうライラプス」
俺は馬の前側からリノのそばに行くと、馬の左側に立っているリノは俺の方へ左足を上げた。
俺はリノの左足を持ち支えてやると、リノは左手で馬の手綱とタテガミを一緒に持ち、右手を鞍に置くと、反動をつけ右足を高く上げて馬にまたがった。
「ありがとうルキ、じゃあ私は先に行っていろいろと準備してるから」
リノの声は聞こえていたのだが俺は馬に乗ったリノを見た瞬間から、そのリノの凛とした美しさの中に垣間見える可愛さも相まってか先程の夢とリンクして美しく可愛いリノの姿に見惚れていたのだった。
「ちょっとルキ聞いてる?」
「えっ? ああ、聞いてるよ」
俺はそう答えながらリノを見ているうちに夢の中での感情が再び溢れてきて胸がしめつけられた。
だがそんな苦しみとは対照的に無性に喜びにも似た勇気⋯⋯のようなものが体の奥底から湧いてくるのを感じた⋯⋯俺は自然とそれが形に出来ることを知った⋯⋯。
「リノってさ⋯⋯リノって、やっぱ⋯⋯あの⋯⋯ものすごく、キ⋯⋯」
その時、俺の言葉をかき消すような大声でもふもふ犬のライラプスが叫んだ。
「リノ様!!!! なんとお美しいお姿!!!!」
リノはライラプスの言葉に微笑んだ。
「ライラプス、ありがとう。ねぇ、今ルキは何て言ったの? 聞こえなかったんだけど」
「いや、何でもない⋯⋯」
俺はリノにそう言ったあと、そっとライラプスを睨んだのであった⋯⋯。