国境
馬車はなぜか十字路を右に曲がりクレモスの街の方へと向かっている。
隣に座っている森の国ダソス王国のプリンセスにして上級魔法使いのリノが慌てて草原の国レイモーン王国のプリンスにして上級戦士の俺の顔を見た。
「ルキ、レムレムにドワーフ村に向かうように言ったの?」
「いや、言ってなかった」
「もう! じゃあ早くドワーフ村に向かうようにレムレムに伝え⋯⋯いえ、やっぱり私がレムレムに伝えてくるわね」
リノはそう言って俺に満面の笑みを向けると床に描いてある絵の中の階段を降りていった。
(素直なリノか⋯⋯これはこれで怖いな⋯⋯)
俺が少し複雑な気持ちでいると目の前にもふもふ猫タバサが近づいて来て仁王立ちになった。
「ルキ様、ちょっとよろしいかしら」
「なんだよタバサ⋯⋯ってここどこ!」
俺はめっちゃ驚いた。なぜなら俺がもふもふ猫タバサに返事をした次の瞬間、目の前には見渡す限りの草原が広がっていたからだ。
「絵の中にお連れしたんですの」
俺は後ろから聞こえるもふもふ猫タバサの声にソファーから立ち上がり振り返るとソファーの後ろにはタバサが立っており、タバサの向こうには八段ベッドがある塔が見えた。
「なんだ、絵の中か⋯⋯」
俺はそう言って辺りを見回したあとその場でしゃがみ込み足元の草むらを手でそっと撫でた。
(しかし何度見てもリアルだな⋯⋯とても絵の中とは思えない⋯⋯リノの魔法ってほんとにすごいな)
その時、頭上からもふもふ猫タバサの声がした。
「ルキ様、なぜ草と戯れていらっしゃるんですの?」
「いや、キラじゃあるまいし別に草と戯れてはないけどね⋯⋯で、一体何でこんな所に連れてきたんだよ」
「はい、ルキ様⋯⋯ルキ様はリノ様のことをどう思われてるのですの?」
「は? またその質問かよ、なんで同じこと何回も聞くんだよ」
「それはルキ様が煮え切らない態度でお交わしになられるからですわ」
「でも俺がリノのことをどう思ってようがタバサには関係ないじゃん」
「いえ、関係ありますわ! 私、愛の使者なんですの!」
「なんだよその愛の使者って」
「えっ? そ、それは秘密ですの」
「いや、バレバレだけどね」
「そうでしたの? ではルキ様、いい加減ハッキリ仰られて! リノ様の事は好きですの?」
「⋯⋯ああ、好きだよ! 大好きだよ!」
「まぁ! それはもしかしてラブですの?」
「ああ、ラブだよ」
「キャーっ!!」
「キャーっじゃねーよ」
「分かりましたの、ではもうよろしいですわ」
「用って、それだけかよ⋯⋯」
次の瞬間、俺は馬車の中に立っていた。
俺がため息をつきながら前方のソファーではなく中央のソファーに座ると、突然リノが床の絵の中から階段を上がって出てきた。
「ルキ、ちゃんとレムレムに伝えて馬車をUターンさせて来たからね」
リノが満面の笑みを浮かべながら俺の隣に座った。
「あ、ああ⋯⋯ありがとう」
俺はそのリノの可愛い笑顔を見ながら思った。
(ここまで素直で可愛いと、何かあとが怖いような気がするな⋯⋯)
窓の外に大きな川が見えた。
馬車の中央のソファーに一緒に座っているリノも窓の外を見ている。
「リノ、この川が王都の北側まで伸びててそこから王都の西側にかけて流れていく川なんだっけ?」
「ええ、そうよ、この川の左側に大きなダムがあるんだけど⋯⋯ルキちょっと御者台に行ってみない?」
「ああ、いいけど」
リノが中央のソファーから立ち上がり右斜め前の床に描いてある絵の中の階段を降りようとして振り返った。
「さぁ、ルキ早く」
「ああ、分かった」
リノのその言葉に俺も急いでソファーから立ち上がりリノのあとに続いて階段を降りようと床に描いである絵のそばまで近づいた。
「あっ!」
俺は思わず声が出た。なぜならそこにはもうリアルな階段はなく、床にはリノが階段の下からこちらを向いている絵があるだけだったからだ。
(リノって絵になっても可愛いな⋯⋯)
俺はそんなことを思いながら、これは本物の階段だと繰り返し心に強く念じていたがリノが階段の下からこちらを向いている絵は依然としてそのままだった。
その時もふもふ猫タバサの声が後ろから聞こえた。
「ちょっと失礼しますわね」
その声のあと急に頭の上に手の感触を感じたので振り返るともふもふ猫タバサが俺の頭に手を置いて詠唱し始めるところだった。
詠唱が終わりタバサに振り返るように促され再び床の絵の方に振り返ると床に描かれた絵の中の階段は本物の階段になっていた。
リノが階段の下から見上げている。
「ルキ、何やってんの! 早く来なさいよ!」
「あ、ああ⋯⋯」
俺が絵の中の階段を下りようとするともふもふ猫タバサが俺に囁いた。
「では告白あそばせ」
(いや、もう付き合ってるんだけどな)
俺はそう思いながらも仕方なくもふもふ猫タバサに答えた。
「分かってるって⋯⋯」
俺とリノは御者台に並んで座っている。馬車は大きな橋に差し掛かった。
次の瞬間、御者台から橋の下にある川までが一気に俺の目に飛び込んできた。高さという魔物が俺の恐怖という概念を体の奥底から引っ張り出そうとして危うく魔物に取り込まれそうになる。
さらに心を落ち着かせる間もなく巨大なダムが左手に姿を現した。
その巨大なダムの下側には巨木が組み上げられ、巨大ダムの上側には細い木や枝が山ほど積み上げられている。
そしてその木製の巨大ダムの至る所にはビーバーの獣人らしき者が泥のような物を木の隙間にせっせと塗り込んでいた。
前方に幾台かの馬車が並んでいるのが見えた。
橋の袂には建物があり兵士もいる。
「リノあれ検問かな?」
「この橋を渡りきった向こう側がレイモーン王国だからきっとそうね⋯⋯」
俺たちの馬車は並んでいる馬車の後ろに並んだ。俺たちの馬車の番が来ると俺たちはレイモーン王国の兵士に訝しげな目で見られながらも身分証を提示すると無事通過することが出来た。
橋を渡りレイモーン王国へ入った後もしばらくは森の中の道を馬車で走っていたが、森を抜けるとそこには広い平原が広がっていた。
遠くまで一本道が続いている。
ただ一本道の途中の左側に薄らと小道らしきものが見えた。
俺はこの辺りまでは来たことはなかったが、おそらくあれが悪魔サヤンの言っていたフィリア湖の東にあるドワーフの村へ向かう為の道に違いないということは何となく分かったのであった⋯⋯。




