アグロス辺境伯領クレモスの街と赤き将軍
「ルキ様、誰もいませんぞ!」
森を抜けクレモスの街の南側の入り口から街へ入った四頭立て大型四輪箱型もふもふ馬車⋯⋯
その窓から身を乗り出して外を見ていた騎士聖職会の一員で神官のもふもふ犬ライラプスが、草原の国レイモーン王国のプリンスにして上級戦士である俺の方に振り返るとそう言った。
俺はその言葉におもむろに立ち上がりもふもふ犬ライラプスのそばに行くと窓の外を見た。
たしかにここから見る限り敵どころか警備兵や住人の姿さえ無く街は閑散としている。
俺は再びソファーに座ると隣にいる森の国ダソス王国のプリンセスにして上級魔法使いであるリノに話しかけた。
「なぁリノ、街の通りに人っ子一人いないんだけどみんな家の中にいるのかな? どこに敵がいるか分からないし、このままこの目立つもふもふ馬車で街の中心に乗り込むのは危険じゃないか?」
「ええ、そうね。まず街の状況を知りたいわね⋯⋯ルキ、レムレムに馬車を止めるように言ってきてくれる?」
「えっ? それは精霊たちに頼めば⋯⋯ああ、そうか、雷精霊は言うこと聞かないし風精霊は今病んでそうだしな⋯⋯でもどうやってレムレムの所に行けばいいんだ?」
「 そこから行ってきて」
リノはそう言うと自分が座っているソファーのすぐ横、つまり八段ベッドへ通じる絵の隣にある馬車前方右側の窓の前の床を指さした。
「えっ? どういうこと?」
「いいから、そこへ行って」
「ああ、分かったよ⋯⋯」
俺がそこへ行くと床に階段の絵が書いてあった。
「で、この階段の絵が何?」
「そこからレムレムの隣の席に行けるはずだから」
「えっ、ただ床に書いてある階段の絵だろ? どうやって入るんだよ、またハシゴのようなものが出てくるのか?」
「何も出てこないわよ。ただ、強く信じればいいの! さぁ、早く行って」
「は? 早く行ってって言われてもな⋯⋯」
(これは階段、これは階段、これは階段⋯⋯)
俺はそう強く念じてみた。すると本当に床に書いてある階段の絵がいつの間にか本物の階段に変わっていたのであった。
「あっ! 本物になってる!⋯⋯じゃ、じゃあ行ってくる」
俺は階段をゆっくりと降りていった。
一番下までくると目の前に階段がありその階段を見上げると空が見え風が吹き込んできた。
俺は階段をゆっくりと上がっていった。
一番上まで上がりきるとそこにはゴーレムのレムレムが居た。
「わっ、ご主人様! なんで? どうして?」
突然俺が御者台の隣の席に現れた為かゴーレムのレムレムは驚いている。
「ああ、これはリノの魔法だ⋯⋯レムレム悪いけど馬車を止めてくれないか?」
「分かった、馬車止める」
程なくして馬車は止まった。
止まると同時にお尻の下から声が聞こえた。
「ルキちゃん、どいて!!」
俺が振り返りお尻の後ろを見ると階段から魔法騎士見習のもふもふうさぎキラが上がってこようとしていた。
俺はもふもふうさぎキラに席を譲る為立ち上がったあとゴーレムのレムレムの前を横切り御者台に登り降りするハシゴを使い馬車を降りた。
するとすぐにリノと上級騎士パラディンであるもふもふ熊クレオンと、もふもふ犬ライラプスと、もふもふ猫タバサが馬車の扉から降りてきたので俺がリノたちのそばに近寄るとリノが俺に話しかけてきた。
「ルキ、どうやって街の状況を見極めたらいいと思う?」
「うーん、まずは街全体を偵察かな」
その時アグロス辺境伯令嬢リオーナが窓から顔を出し言った。
「あの⋯⋯私の屋敷はこの先の水時計塔のそばにありますから、そこまで行ければ良いのですけれど」
「そうだわね、まずはリオーナさんをちゃんと送り届けることを最優先に考えなくちゃ」
そうリノが考え込んでるのを見て、もふもふ熊クレオンが俺に話しかけてきた。
「ルキ様、私はライラプスと共にこの辺りに敵が潜んでないか調べてきます」
「ああ、分かった。気をつけていけよ」
「はい、では、いってきます」
そう言うともふもふ熊クレオンと、もふもふ犬ライラプスは通りから住宅街へと消えていった。
その時リノのそばに魔法騎士のもふもふ猫タバサが近寄った。
「リノ様、私が魔法の空飛偵察鮫を使ってリオーナ様のお屋敷まで偵察させますわ」
「そうね⋯⋯じゃあタバサ、そうしてくれるかしら」
リノがそう言った次の瞬間にはすでにもふもふ猫タバサの手には20cm程のサメのおもちゃのような物が握られていた。
その20cm程のサメの腹には10cm程のコバンザメのおもちゃのような物が引っ付いている。
もふもふ猫タバサはそのコバンザメをサメから剥がすと20cm程のサメに話しかけた。
「ここから、この先の水時計塔辺りまでに誰かいないか偵察お願いできますかしら」
「おお、いいぜ! タバサ様の命令とあっちゃあ仕方ねぇからな、じゃあちょっくら行ってくらぁ」
20cm程のサメはそう言うともふもふ猫タバサの手から離れ浮かんだかと思うと胸びれパタパタ、尾びれフリフリ空に向かって飛んで行ったのだった⋯⋯。
しばらくすると突然もふもふ猫タバサの手に持っていたコバンザメが喋り出したのだが、その声は紛れもなく先程飛んで行ったサメの声そのものだった。
「タバサ様、水時計塔に着いたぜぇ、どうぞぉ」
するともふもふ猫タバサは手に持っているコバンザメを自分の手のひらに置きリノの前に差し出すとコバンザメに向かって話しかけた。
「どうですの? 水時計塔辺りまでに誰かいらっしゃって? どうぞぉ」
「いや、水時計塔辺りまでには誰一人いませんでしたぜぇ、どうぞぉ」
「分かりましたわ、じゃお帰りになってくださる? どうぞぉ」
「かしこまりぃ、どうぞぉ」
「では、お待ちしていますわね⋯⋯以上ですの」
サメと話を終えたもふもふ猫タバサがコバンザメを馬車に引っ付けたあと俺は気になっていたことをもふもふ猫タバサに聞いた。
「タバサ⋯⋯その⋯⋯ちょっと聞いてみるんだけど、トビウオの偵察魚って持ってたりする?」
「ルキ様、なぜそのようなことを聞くんですの? 偵察用の魚はこのサメだけですわ」
「そ、そうなんだ⋯⋯リノが⋯⋯いや、別に何でもない⋯⋯」
俺はリノを見た。
リノは一瞬俺の目を見たあとすぐに目を逸らし下を向いた。
その次の瞬間、突然もふもふ猫タバサの上擦った大きな声が俺の耳のすぐそばで聞こえた。
「それよりルキ様!! ルキ様は一体リノ様のことをどの様に⋯⋯」
その時リノが俺ともふもふ猫タバサの間に体を入れながらタバサに向かって叫んだ。
「ちょっ、タバサ!!」
俺はなんの事か分からずリノの前に出てもふもふ猫タバサに聞いた。
「何、タバサ?」
すると突然リノが俺の後ろから俺の両ほっぺを持って引っ張った。
「ルキッ!!」
「痛ッ!!」
俺はすぐにリノの両手を自分のほっぺから引き離すと振り返りリノに言った。
「何で俺は怒られてんだよ!!」
その時もふもふ熊クレオンと、もふもふ犬ライラプスが戻ってきてリノに近寄った。
「やはり誰もいませんな」
もふもふ熊クレオンがそうリノに言ったがリノは頷いたあと何も言わなかった。
一瞬の間のあともふもふ犬ライラプスが俺に近寄り小声で話しかけてきた。
「ルキ様、何ですかな? この空気は」
「知らねーよ⋯⋯」
その時、空から空飛偵察鮫が戻ってきた。
「では、私がご説明させていただきますわ」
そう言ってサメをコバンザメに引っ付けたもふもふ猫タバサは、もふもふ熊クレオンと、もふもふ犬ライラプスに偵察に至るまでのことを話し始めた。
そして続けて俺とリノのことを話しかけた瞬間、リノが慌てたようにみんなに言った。
「じゃ、じゃあ、私とルキで水時計塔から向こうの様子を空飛ぶほうきで見に行ってくるから、みんなは馬車で水時計塔までリオーナさんを護衛して行ったあとそこで待ってて」
「分かりました」
「分かりましたわ」
もふもふ熊クレオンと、もふもふ猫タバサがそう返事をする中、もふもふ犬ライラプスが猜疑の目を俺とリノに向けながら言った。
「ルキ様、リノ様、街の北側には絶対に行ってはなりませんぞ」
「ああ、分かってるって」
「ええ、私も分かってるわ、じゃあまたあとで水時計塔で落ち合いましょう」
馬車は走り去っていった⋯⋯。
「じゃあルキ、街の北側に行ってみるわよ」
「は? 今ライラプスに釘を刺されたばかりだろ」
「だって、そうしないと街が今どんな状況になってるか分からないでしょ!」
「まぁ、そうだけど⋯⋯あっ、それよりリノ、さっきのあれはなんだよ!」
「えっ? ああ、さっきのあれね⋯⋯ごめんなさい、タバサとキラとの女子会でみんなが自分の初恋相手を言い合っててその時私ルキが初恋って言っちゃって⋯⋯で、その後、ルキが鈍感で気づいてくれないって言ったらタバサが妙に張り切っちゃって、この件は私に任せといてくださいますか、みたいになっちゃってて⋯⋯」
「は? 何で言っちゃったんだよ」
「えっ、それはいいでしょ! 初恋は事実なんだし⋯⋯じゃあ逆に聞くけどルキは初恋の相手を聞かれたら私じゃない誰か他の人を初恋の人だって言うの?」
「えっ、そ、それは⋯⋯やっぱりリノが初恋相手って言うと思う⋯⋯ごめん、俺が悪かったよ⋯⋯ていうか、よく考えたら信頼してるもふもふたちにだけには俺たちが付き合ってることを言ってもいいのかもな⋯⋯」
「そうね⋯⋯リオーナさんを無事に送り届けたら言ってもいいのかもね⋯⋯
それに何かあってもルキは私を全力で守ってくれるんでしょ?」
「ああ、もちろん! あの時リノに言った気持ちに嘘はないさ」
「良かった、じゃあこの話はおしまい⋯⋯さてと」
次の瞬間リノの深いスリット入りの魔法使いのローブは軍服のようなものに変わっていた。
その軍服のようなダブルブレストの服は胸の中央部分に大きなリボンがあるのだが、そのリボンの上部にはダソス王国の王族の紋章が付いていて、その中央にはエメラルドグリーンの宝石のような物がキラキラと光っていた。
また膝丈のスカート部分はふんわりとしたボリュームがあり膨らんでいる。
俺はそのいつもと違うリノの姿に内心ドキドキしながらリノに聞いた。
「なんだよ、そのミリロリみたいな服は⋯⋯それにそのリボンに付いてるのは宝石か?」
「ああ、これはプリンセスの証である天降石よ。そしてこの服はダソス王国国家魔法院の国家上級魔法使いの制服⋯⋯まぁ、戦闘服ね。今から空を飛んでて敵と間違われたらいけないから着替えたのよ」
「スリットはないのかよ!!」
「ないわよ!!」
「何? この服、気に入らないの?」
「い、いや、凄くかっこいいし⋯⋯」
「かっこいいし、何よ」
「可愛くてセクシーなリノにとても良く似合ってる⋯⋯と思って」
「えっ、ありがとう⋯⋯ルキ大好き!!」
突然リノが抱きついてきた。
俺はリノを優しく抱きしめた。
「リノ、俺も大好きだ!!」
俺はそう言ったあとリノにキスしようと顔を近づけた。だがあと数センチでリノの甘い唇に触れようとした瞬間、俺は今までにない感覚に襲われた。胸が熱い⋯⋯いや、違う⋯⋯実際にネックレス辺りが熱い。でも俺の気持ちは止められない。俺はそのままリノの甘い唇を奪った。
その瞬間俺とリノの顔の下から熱い強烈な光が放たれるのを感じたが俺はそれに気づきながらもリノの唇から自分の唇を離すことが出来なかった。
キュイン⋯⋯キュイン⋯⋯キュイン⋯⋯
(ネックレスが共鳴し合ってる⋯⋯)
俺はネックレスが共鳴し合う音のような圧力のようなものを感じる一方、リノと自分の身体も共鳴し合ってるかのような溶け合うような不思議な感覚に包まれていた⋯⋯。
(何だこの今までにない感覚⋯⋯やけに身体が気持ちいい⋯⋯実際リアルに体の力が漲ってくるようだ⋯⋯)
突然リノがキスをやめモジモジし始めた。
「リノ、どうした?」
「えっ? いえ、なんでもないわ⋯⋯ねぇルキ、前にキスで魔力は回復しないって言ったけど、どうやらそれは間違いだったみたい⋯⋯今ものすごく⋯⋯」
「ものすごく、何?」
「な、何でもない⋯⋯ルキ」
そう言ってリノは再び俺の唇に自分の唇を押し付けてきた。
だがリノとどんなに熱いキスをしようとも先程のような共鳴を感じることも身体の奥底から実際に力が漲ってくるような気持ちよさも感じなかった。
俺たちはお互い自然に顔を離すと何だか恥ずかしいような照れくさいような態度をとった。
「ルキ⋯⋯ど、どういうことかな、今の感覚って⋯⋯」
「えっ? わ、分からないけど⋯⋯最高だった⋯⋯」
「そ、そうね、たしかに最高の感覚だったわ⋯⋯と、とにかく今は早く行きましょう⋯⋯さぁルキ私の後ろに乗って」
「あ、ああ⋯⋯」
俺が空飛ぶほうきに横向きに乗ったリノの後ろに跨るとほうきは地面を離れ少しだけ浮かんだ。だが変な感覚だ。
浮かんでいるはずなのに下への重力の感じ方は変わらないし、上への浮いている実感もなく、至って地面に立っている時と変わらない感覚だ。言うなればシーソーに座っているみたいな感じ⋯⋯かな。
俺はリノの横顔をまじまじと見つめた。
(リノってやっぱ可愛いな⋯⋯)
「ルキじゃあ行くわよ」
「ああ」
俺が返事をした瞬間俺たちの乗った空飛ぶほうきはぐんぐんと空高く上昇しあっという間に足元に見える建物は小さくなっていった。手を伸ばせば雲に触れるほどの高さだ。
地面にいる時と変わらない感覚のせいか怖さより爽快な気分が勝っている⋯⋯いや、嘘をついた、やはり怖い⋯⋯しかも高すぎて目が眩む⋯⋯リノは怖くないのかな⋯⋯。
リノはそんな俺の気持ちを感じ取ったのか一瞬チラッと俺の方を向いたあと少し口角が上がるのを俺は見逃さなかった。その瞬間ほうきはさらに加速した。服や髪が激しくなびく⋯⋯すごいスピードだ。
俺は怖さを軽減するため遠くを見ることにした。
遥か前方には切り立った山々がそそり立っていてその間に所々荒れた大地が見え噴煙が上がっている、あれが火の国か⋯⋯。
俺は前方からのものすごい風の中、左を向いた。少し息も楽になる。
森森森⋯⋯ものすごい壮大な森が続いている。さすが森の国だ。そしてリノはこの壮大な森の国のプリンセスなのだ。改めて森の国の素晴らしさが分かる。それこそ引き込まれるような自然の息吹を感じる。大地の呼吸、飛び出してきそうな迫力、俺は森を見つめているうちに高さとはまた別の何か畏怖の念のような⋯⋯そんな恐怖さえも湧き上がってきた。
俺は恐怖から目を逸らすように右を向いた。すぐに穏やかな気分になった。近くに大きな湖、その先に平原、そして広い草原、さらにその先には海が見えた。俺ともふもふたちの国レイモーン王国だ。ここから見る海の煌めきもまた素晴らしい⋯⋯。
その時リノの下を指さす手が俺の視界に入った。
俺は眼下を見下ろした。城が小さく見える。おそらくアグロス辺境伯の城だ。だがそんなことを思ったのは一瞬で、俺は城から北側の光景に衝撃を受けた。
やはり聞いていた通り北の砦付近の街は火の海だったらしく、城から北側の街は壊滅的に破壊され全体が黒く見えた。
「ルキ、見て!!」
下を見ていた俺はリノのその声に顔を上げリノが前方を指さしている先を見た。長く大きく横たわる北の砦であった。
北の砦の一部には破られた跡がある。
俺は北の砦付近を見ながら考えていた。
(やはり誰もいない⋯⋯どういうことだ? 敵はどこだ?)
俺は空飛ぶほうきが火の国に入りそうなのを見て結論が出ないままリノに言った。
「リノ、大体街の状況は分かったしそろそろみんなの所へ戻ろうか」
「ええ、そうね」
その途端、空飛ぶほうきは大きく弧を描き南側の街へ向かうため急降下を始めた。
しばらくするとアグロス辺境伯の城が大きく見え城が半壊していることが手に取るように分かった。
「あっ、リノあそこ見て!!」
よく見ると半壊した城の中庭に人がいる。
「行ってみましょう」
リノはそう言い空飛ぶほうきを中庭の真上に近づけると城の中庭にはボロボロの服を着た大人や子供が集まっているのが分かった。
皆怪我をしたり横になって休んでいるようだ。
その時突然城の中から赤い甲冑を着た武者が現れ一人の子供の前に近づいていった。
「うっ、うゎ、うわ、うわぁああ!!」
赤い甲冑の武者に気づいた子供は尻もちをつき叫んでいる。
「リノッ!!」
俺が叫ぶと同時に俺の意思が伝わったのかすぐにリノの空飛ぶほうきは地面スレスレまで降りていった。俺は飛び降り子供の前に躍り出た。
目の前の赤い甲冑を着た武者⋯⋯まるで侍のような出で立ちだ⋯⋯黒い武将の仮面⋯⋯赤い目⋯⋯。
(もしかしてこいつが、火の女王バシリッサ配下の四天王の一人、火の将軍クシホマホスなのか?)
辺りは俺の背中の後ろの子供が泣いている声だけが響いている。
赤い甲冑を着た武者は攻撃態勢を取るわけでもなく剣を構えた俺の顔をまじまじと見ているようだ。だが突然その赤い甲冑を着た武者が体をビクッとさせ驚いた様子を見せたかと思った次の瞬間赤い甲冑の武者の周りに煙が立ち込め赤い甲冑の武者は一瞬にして消えたのだった⋯⋯。
リノが俺のそばに来た。
「ルキ、子供の手当を」
「ああ、分かった」
俺はリノから手渡された水やポーションを子供たちに飲ませた。
リノは魔法の杖で怪我人の手当てをしている。
皆痛みが和らいだのか涙ぐんでいる。
「ルキ、みんなの所へ一旦戻りましょう」
「ああ、そうだな」
再び俺とリノが空飛ぶほうきに乗り城の上空まで上昇し南側へ向かおうと思ったその時、城の門が開き続々と人族や獣人、亜人などが城の外へ出てくるのが見えた。
(一体どういうことなんだ)
俺がそう思ってる間に空飛ぶほうきはあっという間に水時計塔の真上にやって来た。
「うわっ!!」
突然水時計塔の天井が開くと、そこから一本の木がものすごいスピードで上にせりあがってきた。
そしてそれは俺たちがいるおよそ地上30mですれ違いどんどん上に上がっていく。
(えっ、ヤギ?)
俺は見間違いかと思いリノに聞いた。
「なぁリノ、今たしかに木のてっぺん辺りの枝枝の上にたくさんのヤギがいたよな」
「えっ、ええ、そうねヤギいたわね⋯⋯」
その時目の前の一本の太い木の幹の遥か頭上から一斉にヤギの鳴き声が聞こえてきた。
メェ~メェ~メェ~メェ~メェ~メェ~メェ~メェ~メェ~
「なんだよあれ」
「さぁ、何かしら⋯⋯」
だが次の瞬間あれだけうるさかったヤギたちの鳴き声が一斉に止んだ。
俺とリノが不思議に思って木の上を見上げるとそこには背中の羽を大きく広げたヤギたちが次々と大空へ飛んでいくのが見えた。
「飛んでるな⋯⋯ヤギ」
「そうね⋯⋯飛んでるわねヤギ⋯⋯って、ルキ! ボーッとヤギを見送ってる場合じゃなかったわ」
「だな⋯⋯」
すぐにリノは空飛ぶほうきを水時計塔の前に降ろすとリノは一瞬で深いスリットの入った魔法使いのローブ姿になった。
「あっ!」
俺は思わず声が出たあと、そのままリノに見とれてしまった。
「ルキ、喜んでるでしょ」
「えっ、よ、喜んでねーよ」
「ほんと? 口元が緩んでるわよ」
「えっ、マジ?」
「うそよ! うふふ」
「は? なんだよそれ! いいから早く行くぞ!」
俺は照れ隠ししながらもふもふたちが待つ馬車に乗り込むとリノもすぐに乗り込んできた。
辺境伯令嬢リオーナの屋敷に向かって動き出す馬車の中、俺とリノはもふもふ犬ライラプスにジロリと睨まれながらも街の北側の状況を説明した。
しばらくして辺境伯令嬢リオーナの屋敷に着きリオーナの屋敷の応接間で待っていると突然喜び合う声が聞こえてきた。
そしてすぐに応接間のドアが開き辺境伯令嬢リオーナとその従者グレゴリウスが入ってきたのだった。
どうやら先程、城から出てきた者の中に辺境伯令嬢リオーナの屋敷の者たちもいたらしい。
辺境伯令嬢リオーナがその者たちに聞いた話によるとこうだ。
火の国との緊張状態が続く中、突然北の砦が破られ火の国の軍隊が街へとなだれ込み街の北側が火の海になったあと多くの街の住人は散り散りに街から逃げ出しリオーナの屋敷の者など街に留まる者は不安な日々を過ごしていたが、アグロス辺境伯が仕えるリノの兄で俺の妹の結婚相手イポティス王太子が援軍に駆けつける知らせが届いたらしく、それまで街に残っている住人は城へ避難し籠城せよという通達が城から来たのでアグロス辺境伯リオーナの屋敷の者も城へ籠城することになったのだが、その後もなかなか援軍は来ず、それでも何とかゴリラ族の必死の守りで城は半壊しながらも持ちこたえていたが、敵に城を完全に包囲されいよいよ覚悟を決めようとしていた数日前、突然敵方に赤いローブを着た死神が現れたとの噂が出回ったその直後、休戦協定を結ぶ事になったと知らされたのだと言う。
そしてアグロス辺境伯は仲介国としてレイモーン王国を指名し、今しがたレイモーン王国の外務大臣ソラハンが立ち会いの元、火の国の将軍クシホマホスとアグロス辺境伯との休戦協定が結ばれ、辺境伯令嬢リオーナの屋敷の者は帰る許可が下りたのだそうだ。
(えっ? じゃあここにソラハン来てるのか⋯⋯まぁ、とりあえず休戦になって良かった⋯⋯俺たちはドワーフ村に向かうとするか⋯⋯)
俺は応接間を出ていく辺境伯令嬢リオーナとその従者グレゴリウスを見送りながらそんな事を考えていた。
その後、俺たちは辺境伯令嬢リオーナからお礼の言葉と銀貨7枚とは別に十分な報酬を貰いクレモスの街をあとにしたのであった⋯⋯。




