深い森の夜
俺たちが乗った四頭立て大型四輪箱型馬車は脇道に入った。
水の音が聞こえる⋯⋯。
(いや、滝の音だ)
そう思った次の瞬間、突然辺りが明るくなった。
窓の外には激しい雨のように流れ落ちる無数の小さな精霊たちが滝というアトラクションを楽しんだあと岩を使ってジャンプしている⋯⋯かのように錯覚させる小さな滝が目に入ってきた。
すぐに冒険者ギルドの監視人ドロフォノスが視界に入り滝の裏側へ消えていった。ダークエルフの村への入り口なのだろうか⋯⋯。
俺たちは馬車を降り昼ごはんを食べられる場所がないか探そうと辺りを見回したがそんな心配は無用だった。
なぜならすぐそばにある川の周りは深い森の中にも関わらずなぜか綺麗に整備されていたからだ。
川は日の光を反射してキラキラと輝き妖精たちが嬉しそうに舞いながら⋯⋯いや、錯覚だ、残念ながら妖精たちではなかった。
とにかく俺たちはそんな妖精たちがいそうな川で、汚れた冒険者用チュニックを洗濯し、辺りの岩や木の枝に干したあと食事をとることにした。ゴーレムのレムレムは川で遊んでいる。
俺たちもふもふ騎士団は魔法で出した丸テーブルの上に、もふもふ猫タバサが用意してくれた肉汁滴る香ばしい肉の串焼きと、塩を振った魚の串焼、さらにゆで卵入りのシーザーサラダ⋯⋯そして風船を膨らませた程の大きさのパンとハチミツゼリーを並べた。
飲み物は冷蔵庫に入れてある冷たい水をコップに注いだ。
その時辺境伯令嬢リオーナの従者グレゴリウスがもふもふ猫タバサに近寄ってきた。
「あの、ところでお嬢様はいつこちらへ?」
「あらっ、忘れておりましたわ、ごめんあそばせ⋯⋯おほほほほ」
バタンッ!
次の瞬間突然馬車の扉が開いたかと思うと氷漬けの辺境伯令嬢リオーナが勢いよく飛び出しこちらへ向かってきた。もふもふ猫タバサが叫ぶ。
「解凍大猩猩!!」
氷漬けの辺境伯令嬢リオーナは、従者グレゴリウスのそばに着地する頃には体の全てが解凍されポカンとして立ち尽くしていたが、すぐに何事もなかったように動き出し従者グレゴリウスが広げた上等な布の上に日傘をさして座った。
俺たちもふもふ騎士団も丸テーブルの周りにある六つの椅子に座る。
ダソス王国のプリンセスにして上級魔法使いのリノは、レイモーン王国のプリンスにして上級戦士の俺の隣に座った。座った途端、辺境伯令嬢リオーナの声がした。
「⋯⋯いりません、お茶にしましょう」
その言葉に俺が再度辺境伯令嬢リオーナの方を見るとリオーナが従者グレゴリウスの差し出した魔パン・スネークもどきを拒否しているところだった。
(何だよ、せっかく苦労して作ったのに食べないのかよ)
そんなことを俺が思っている間にも従者グレゴリウスはカバンの中から細工が施された銀製のポット、銀製のティーカップ、銀製のソーサーを次々と取りだしたあと、ティーカップをソーサーに置き馬車の暖炉の火を消す前にケトルで沸かしていたおいたお湯で、あっという間にハーブティーを作ったかと思うと優雅な仕草でハーブティーをティーカップに注いだ⋯⋯ん? あれっ? 従者グレゴリウスが大皿にのせたアップルケーキを取り分けている。
いつの間にグレゴリウスはアップルケーキを作ったんだろう。 やけに美味そうだな⋯⋯。
「ルキ! 」
急にリノの声がしたので俺はリノの方を向いた。
「えっ、何?」
「どこ見てるの? 食べるわよ」
「ああ⋯⋯いただきます」
先程までの道と違いこの辺りは木漏れ日も多く、葉っぱもヒラヒラと舞っている。滝の真上は青空も高い⋯⋯そしてたまに早い風も吹いた。
その後も俺たちは食事を和気あいあいと楽しんだ。
俺は一人食べ終わると川のそばで少し大きめの石を集め丸テーブルのすぐ近くに丸く並べたあと、森のそばで木の枝を集めてきてその木の枝を丸く並べた石の中に積み上げ焚き火炉を作ると湯を沸かしコーヒーを淹れ丸テーブルにいるみんなに手渡すことにした。
まずリノにコーヒーを手渡した。
「ルキ、ありがとう」
リノはそう言うとすぐにコーヒーをテーブルの上に置き、代わりに風船を膨らませた程の大きさのパンを両手で持つと自分の口元を隠しながら俺の耳元で囁いた。
「大好きよ、ルキ」
俺は思わず口元が緩んだが、その表情を正面にいるもふもふ猫タバサに見られてしまった。
「ルキ様、なぜデレた顔をなさってるんですの?」
「は? デレてねーよ」
間髪入れずもふもふ犬ライラプスが言った。
「では気の緩みですかな、王子としてそんな気持ちでは⋯⋯」
「いや、気も緩んでねーから」
もふもふ熊クレオンも割り込んできた。
「私がひとつ朝の訓練を二倍に増やしルキ様のたるんだ精神を叩き直して差し上げましょう」
「は? なんでそうなるんだよ」
俺はそう言いながらクレオン、ライラプス、タバサの順にコーヒーを手渡していった。
「ルキ様、ありがとうございます。恐れ入ります」
皆が礼を言う中、一心不乱にまだ食べているキラに俺はコーヒーを手渡した。
「ん? 何? ルキちゃん、ありが⋯⋯箸二本!!」
キラの背中には巨大な二本の箸がぷかぷかと浮かんでいる。そしてなぜかキラは俺を睨んでいた。
「どうして睨んでんだよ」
その時リノが急に俺の方を向いた。
「あっ、ルキ、そういえばキラはコーヒーを憎んでたんだったわ」
「なんでだよ、コーヒー嫌いなのか?」
リノは今度はパンなしで俺の耳元で囁いた。
「なんでもキラの初恋の相手がコーヒー農園の息子で、その息子に告ったらこっぴどく振られたらしいのよ、それ以来コーヒー見たらそのこと思い出すらしくて⋯⋯」
「へぇー、そうなんだ⋯⋯って、なんでリノがそのこと知ってんだよ」
「えっ、タバサとキラとで女子会した時に聞いたのよ」
「へぇー、で、女子会って、どんなこと話してんだ?」
「えっ? そ、それは⋯⋯あっ! ルキあれ見て!」
「何、誤魔化してんだよ」
「違うわよ! 滝のそばを見て! あいつがいるわ、こっちみてる」
「えっ? あいつって俺がさっき見たあいつ?」
「いえ、そうじゃなくて、いつかのダークエルフの男があそこに」
「えっ、ダークエルフ?⋯⋯ほんとだ、あのいけすかない顔覚えてる。カフェ・ノスティモでキラがぶっ刺して、カリンが踏みつけたあと店の外へ蹴飛ばしたやつだ」
みんなもダークエルフの方を見ていたが突然もふもふうさぎキラが椅子から立ち上がったかと思うとそのダークエルフの男の方へ近づいていった。
「あれ、キラ、どうしたんだろう」
「ルキがコーヒーで怒らせたからでしょ」
「違うだろ、ダークエルフの男のところに真っ直ぐ向かってるし⋯⋯ 一緒に行かなくて大丈夫かな」
「大丈夫じゃないかしら、見てよダークエルフの男、オドオドしてるわ」
しばらくもふもふうさぎキラとダークエルフの男は話していたが、話を終えダークエルフの男が滝の裏へ向かうとキラが戻ってきた。俺はすぐにキラに聞いた。
「何話してたんだ?」
「別に⋯⋯世間話」
「嘘つけ」
だがいくら問いただしても頑なに喋ろうとしない。俺は諦めて飲みかけのコーヒーに口をつけた。
監視人ドロフォノスはその後も戻って来ずとうとう夜になった。
今俺はリノと交代制の夜の見張りのため焚き火の前に二人で座っている。俺は干し肉を食べながらリノを見た。
「干し肉食べる?」
「いい⋯⋯」
リノは眠そうだ。まぁ、当たり前か、もう夜もかなり遅い。
リノはウトウトしているのか俺の肩に頭を置いた。俺はリノの肩を抱く。
その時突然地響きがした。
ドーン!!
次の瞬間突然馬車のそばからゴーレムのレムレムとゴリラが飛び出してきた。
ガッチリ手四つで力比べをしている。
おそらくゴリラは可愛らしいパジャマを着ているから辺境伯令嬢リオーナだろう。だがどうやらリオーナは寝ているようだ。
俺は空を見上げた。満点の星空だ。
突然地面の方から声がした。
「おい! 空見上げてんじゃねーよ、交代の時間になったぞ!」
声がした方を向くと砂時計に顔と手足が付いた砂時計人形のようなものが俺を見上げていた。リノが交代の時間を知らせるために魔法で出した人形だ。リノが背伸びをしながら言った。
「ん? 交代の時間になった?」
「ああ、そうみたいだな」
「じゃあベッドへ行きましょう」
「ああ」
俺はリノと馬車へ戻ると先に絵の中へ入った。八段ベッドは真昼のように明るい。小窓から昼間の絵と同じように日の光が差し込んでいるからだ。
リノが後ろに現れ俺は八段ベッドのハシゴを上り始めた。途中、次の見張りのもふもふ猫タバサともふもふうさぎキラを起こしたあと俺は七段目のベッドに入った。 あとから上ってきたリノに『おやすみ』と言った俺だったがリノは八段目のベッドには上がらず俺のベッドに入ってきた。
「リノ、どうした?」
「ルキ、一緒に寝ましょ」
リノはあくびをしながら抱きついてきた。
「誰か来たらどうすんだよ」
リノは寝ぼけた可愛い顔で魔法の杖を取り出し振った。
その次の瞬間、小窓からの光景が突然夜になり月明かりだけが差し込んできた。おそらくカーテンを閉めればほとんど見えないだろう。
「これでいいんでしょ?」
「えっ、まぁ、そうだけど⋯⋯」
俺は一瞬戸惑ったがすぐにリノをギュッと抱きしめたあとゆっくりと顔を近づけ、そして唇を重ねた⋯⋯。
朝になり俺はリノとハシゴを降り馬車の中へ戻ると全員揃っていた。
俺がみんなに朝の挨拶をしようとした途端リノが俺の袖を引っ張った。
「ルキ、滝の横の小道を見て! あれドロフォノスじゃない?」
俺はリノの方を向いたあとリノが見ている視線の先を見た。
たしかに石の上にドロフォノスらしき服を着た男が俯いて座っている。両手は剣を持ち剣は地面に突き刺さっていた。
「どうしたのかな? 行ってみようか」
「ええ」
俺とリノが馬車から降り歩き始めると、もふもふたちも全員降り俺とリノの周りを固めるようにして歩き始めた。
そして、滝の横の小道の入り口に近づいた次の瞬間、突然辺りが深い霧にあっという間に包まれ全く見えなくなったのであった⋯⋯。




