残忍酷薄
「⋯⋯それよりこの騒ぎは何?」
ここ森の国ダソス王国のプリンセスにして上級魔法使いであるリノがもふもふ猫タバサに言ったように馬車内は大騒ぎだった。
それは立体的なスライムゼリー数個がキラキラと輝きながらソファーの間から代わるがわる飛び出すたびに目を血走らせた辺境伯令嬢リオーナがヨダレを垂らしながら飛びついては取り逃していたからだ。
まるでモグラ叩きをしているかのような辺境伯令嬢リオーナのあとを従者グレゴリウスが『おやめ下さい、お嬢様!』と言いながら着いて回っている。さらにそんなグレゴリウスのあとを、もふもふうさぎキラが大げさにリオーナの真似をしながら追いかけている。さらにその後をもふもふ熊クレオンが不敬なキラを捕まえようと追いかけていた。もふもふ犬ライラプスはその様子を腕組みをしながら呆れた顔で見ている。
「それがリノ様⋯⋯私が冷蔵庫を開けた途端、あのようにリオーナ様用に固めていた一番上のゼリーだけが一斉に飛び出してきましたの」
「タバサ、早く魔法でリオーナさんを止めなさい」
「いいんですの?」
「いいから早く、私が責任持つから」
「分かりましたわ」
もふもふ猫タバサが辺境伯令嬢リオーナに向き直った時、リオーナはハチミツスライムゼリーを捕まえ、むしゃぶりつきながら動きを止めていた。もふもふ猫タバサが叫ぶ。
「冷凍大猩猩!!」
ピキピキピキ⋯⋯。
辺境伯令嬢リオーナは頭の先からあっという間に全身が凍ってしまった。
「移動!!」
凍った辺境伯令嬢リオーナはその場から浮かび上がると、馬車の一番後ろのソファーにゆっくりと降ろされた。
リノは唖然としている従者グレゴリウスに言った。
「グレゴリウスさん、馬車が止まった所で解凍しますので、今しばらくこのままでお願いします」
「は、はぁ⋯⋯」
「じゃあ、昼ごはんは外で食べましょう」
リノは自らの使い魔、風の精霊アイオロスを呼び出すと、冒険者ギルドの監視人ドロフォノスを呼びにいかせた。
だがしばらく経っても風の精霊アイオロスは戻ってこない。
俺がその事をリノに言いかけた瞬間、俺は強い殺気を近くに感じ辺りを見回した。
「あっ!!」
いつの間にか監視人ドロフォノスが暖炉のそばに立っていたのだ。その手には風の精霊アイオロスが首根っこを持たれぶら下がっていた。アイオロスはぐったりとしている。ドロフォノスが口を開いた。
「私が突然現れて驚いたか。まぁ驚くのは無理もない、私は⋯⋯」
突然リノが叫んだ。
「そんな事どうでもいい!! あなた一体アイオロスに何をしたの!!」
リノは怒りに震えている。
「ん? ああこいつのことか」
監視人ドロフォノスはそう言うと風の精霊アイオロスをこちら側へ投げた。俺は慌ててアイオロスを抱きとめた。
「なんだお前ら、そんな怖い顔をして。こいつが私のパーソナルスペースに勝手に入り込んだのが悪いんだ、咄嗟に私は暗殺者のさがで自分を守っただけだ。つまり正当防衛だな。まぁ、思わず影の能力を使ってしまったが、それは仕方ないさ、なにしろ私は元々影使いという異名をとる正義の暗殺者だし、この影を操る能力を使って様々な悪者を暗殺してきたからな、あはははは⋯⋯」
リノは今にも攻撃しそうな剣幕である。みんなも監視人ドロフォノスににじり寄る。
その途端、床から振動が伝わってきた。見るともふもふうさぎキラがものすごい勢いで地団駄を踏んでいる。
ドン! ドン! ドン! ドン!⋯⋯。
「どうした?キラ」
もふもふうさぎキラが何かブツブツ言っている。俺はキラに近寄った。
「あいつだ⋯⋯間違いない⋯⋯やっぱりあいつだ⋯⋯うちは許さない⋯⋯」
「キラどうした? 大丈夫か?」
「うるさい! ルキはだまれ!!」
俺は風の精霊アイオロスをソファーに寝かせ、こんな時の為に取っておいたマシュマロバードのマシュマロをもふもふうさぎキラの口に突っ込んだ。
キラはマシュマロを食べたのか落ち着きを取り戻したが黙ったままだった。俺はリノに言った。
「とにかくアイオロスの治療を」
「ええ、分かった⋯⋯」
リノは魔法の杖を取り出した。
「治癒!!」
「リノ様⋯⋯」
ソファーから風の精霊アイオロスが起き上がった。
「アイオロス⋯⋯良かった」
俺たちは風の精霊アイオロスの周りに集まった。
その時、暖炉の前から監視人ドロフォノスの大声が聞こえた。俺たちは一斉に暖炉の方を向きドロフォノスを見た。
「おい!! それで、お前らの用件は昼飯を食べたいとか何とかだったな⋯⋯全く人族やケモノは手間がかかるな! 我々ハイエルフはお前たちと違って水さえあれば食べなくても一ヶ月は平気だというのに⋯⋯」
俺はイラッとして呟いた。
「ヘビかよ⋯⋯」
「まぁ、しかし、喜べ。私はこの先のダークエルフの村に用事があるから、その間に食べておくといい⋯⋯ああ、一つ言っておくが、お前達はよそ者だから村へは入れないからな」
そう言って監視人ドロフォノスは暖炉の前から消えた。
俺はリノに近寄った。
「リノ、大丈夫か?」
「ええ、もうアイオロスは大丈夫よ」
「それもだけどリノの心が⋯⋯」
「私は大丈夫、ありがとうルキ」
俺は監視人ドロフォノスのせいで気分が悪くなったので窓のそばへいき外を眺めた。そして何気なく馬車の前方を見た。
「ん?⋯⋯あっ!!」
視線の斜め上、御者台の横⋯⋯つまりちょうどゴーレムのレムレムが座っている辺りに赤いローブがはためいていた。
「えっ、浮かんでる?」
たしかにここから見ると赤いローブを着た何者かが御者台の横に浮かんでいるように見えるのだ。その何者かはレムレムの方を見ている。
突然その何者かが、ゆっくりとこちらを向いた。両目が赤く光っている。
「あっ、あいつは⋯⋯」
その何者かの顔には見覚えがあった⋯⋯いや、顔といってもその黒いペストマスクに、だったが⋯⋯出発前レムレムを探しに行った時、公園にいた者に違いなかった。あの時と同じように赤いとんがり帽子を被り、顔全体を覆う黒いペストマスクをつけ、赤いローブを着て、右手には黒い長杖を持っている。
黒い長杖の先には大きな赤い宝石のような石がキラキラと輝いていた。
「どうしたの?ルキ」
俺の慌てようにリノが近寄ってきたので俺は振り返りリノに言った。
「リノ御者台の横見て! あいつがいる!」
「あいつって?」
リノは俺の体の前に来て窓から身を乗り出し前方を見た。
「ルキどこ? 誰もいないわよ」
「えっ!」
俺がリノのその言葉に慌てて窓から身を乗り出し前方を見た時には、赤いとんがり帽子を被り黒いペストマスクをつけ赤いローブを着て黒い長杖を持ったその者の姿はもうどこにもなかったのだった⋯⋯。




