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絵の中の世界

「えっ? どこだここ?」


突然見渡す限り真っ白な空間の中に立っていた俺は驚いた。なぜなら、てっきり四方を壁に囲まれた、あの圧迫感のある八段ベッドの前に出るものとばかり思っていたからだ。


ここはまるで雲の中にでもいるかのようなぼんやりとした視界と、真空の中にでもいるかのような静寂、そして匂いもない。また空気も心無しか重く感じられた。実際手を動かすと手のひらに濃い霧をかき分けているかのような重さも感じる。さらに味も無味⋯⋯いや、もちろん食べてはいないがそう表現したくなるような、なんというか⋯⋯そう、五感が退屈するような無機質な空間という表現がぴったりとハマる、そんな場所なのだ。

だがそんな五感とは裏腹に気持ちは退屈などしていなかった。少しずつ恐怖のようなものが湧き上がってきた俺は居ても立ってもいられず、俺の腕の中にいるリノに話しかけた。


「リノ、ここって⋯⋯」

「驚いた? ここは絵の中の世界の先⋯⋯つまり境界を超えた絵の裏側の世界よ。おそらく私たち二人が同時に絵の中に入ったから出現場所がズレたんだわ」

「なるほどな⋯⋯」


リノが俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「じゃあルキ、戻りましょ」


俺はリノに促されるまま、一歩進んだのだが、次の瞬間には真っ白な空間ではない全く別の場所にいた。




そこは見渡す限り草原だった。優しい風の音、風が運んでくる青々とした草の匂い、軽く爽やかな空気、さらに美味しい草⋯⋯いや、もちろん食べてはいないが、そう表現したくなるほど、五感が楽しんでいるのだ。


風でなびいている草原の草は一面に密集して生えていて、だいたい一メートル程の高さだった。空は晴れているが遠くには雷雲が見えた。


その時右の方から微かに誰かの声が聞こえたような気がした。俺は右を向いた。


「あっ!」


五十メートル程離れた所に石のブロックで積み上げられた十メートルはあろうかという四角柱の塔が立っていた。小さな窓が等間隔で縦方向に八つ並んで付いている。そして今その一番上の窓にもふもふ猫タバサの姿があるのだ。俺はリノに聞いた。


「あれって八段ベッドがある所だよな?」

「ええ、そうよ。タバサは私たちを探してるのかしら? どうやら食事が出来たようね⋯⋯あっ、タバサが窓の外を見たわ、呼びかけてみましょう」


リノがそういって手を上げかけた瞬間俺はリノをサッと抱き寄せ柔らかい草の上に倒れ込んだ。


「ちょっと、どうしたの、ルキ」

「もう少し二人だけでいたくて⋯⋯」

「ルキ⋯⋯」


リノが仰向けの俺に体を預けギュッと抱きしめてきた。ドキンッ⋯⋯その瞬間胸が高鳴った俺は左手でリノの腰を持ちながら右手でリノの背中に手を回しそのまま体を起こしひねりながらリノに覆いかぶさった。リノを熱く見つめるとリノも熱く見つめ返してくる。ドクンッ⋯⋯俺は一気に気持ちが抑えきれなくなりリノの唇に自分の唇を押し付けた⋯⋯






⋯⋯一旦顔を離し左手でリノの頬にそっと触れ、右手をリノの腰から腕、そしてリノの左手に行きついた自分の右手の指をリノの左手の指に絡めた俺は欲望の赴くままリノを⋯⋯のつもりだったが突然リノが小さく声を上げた⋯⋯。


「あっ! あの空にいるの何かしら?」

「えっ、な、何? 空?」


俺は空を見た。鳥のように見える。


「鳥じゃないかな?」

「鳥はいないわよ、私は絵に鳥は描いてないから」

「じゃあ、あれは?」

「あっ、あれ魚じゃない? 魚に羽がついてる⋯⋯」

「ほんとだ! 魚だ! トビウオだ!⋯⋯トビウオが風に乗って滑空してる!なんだよあれ」

「たぶんタバサの偵察魚じゃないかしら?⋯⋯雷魔法で焼き魚にしちゃっていいかな?」

「そうだな、ちょうどお腹減ってるしな」

「⋯⋯冗談はさておき、ルキ、見つからない所に行くわよ」

「冗談かよ⋯⋯で、どこに行くんだよ? さすがにトビウオに上空から探されたら隠れる所がないぞ」

「書庫を持ってきたからそこに隠れましょ」

「えっ、今何て言った? 書庫?」

「ええ、そう、書庫って言ったわ


リノがそう言った次の瞬間、突然リノの手に水晶玉が現れた。


「ルキ、書庫はこの水晶玉の中よ、さぁ、入りましょう」

「入る? 入るってどうやって?」

「書庫への鍵を開く条件を満たしたら入れるわよ」

「条件って?」

「うん⋯⋯水晶玉を二人で触ったままキスをするの⋯⋯」

「えっ、それってなぜ⋯⋯」

「いいから、さぁ、早く! トビウオに見つかるわよ!」

「あ、ああ⋯⋯」


俺とリノは水晶玉に触りキスをした。すると次の瞬間、水晶玉を触っていた手が水晶玉に吸い込まれたかと思うとたちまちつま先まで体全体が一瞬で吸い込まれたのだった。


気づくと狭い場所にいた。目の前に螺旋階段がある。


「ずいぶん明るいな」

「ええ、水晶玉は光を吸収するから。そうね、言うなればクリスタルライトってところかな」

「へぇー」

「ルキ、着いてきて」

「ああ」


俺はリノの後について螺旋階段を降りた。

螺旋階段の周りに設置された本棚の中には本がびっしりと収められている。


「ここにある本は?」

「えっ? そうね、ほとんどが魔法の書かな」

「すごいな。さすが上級魔法使いだな」


俺は感心しながら本棚の本の背を見た。古代文字で書かれた古書や、本の背の上側に、月や葉っぱや紋章などの記号が付いている本もあった。


リノに続いて俺は螺旋階段の最後の段を下りた。目の前の本棚に囲まれた空間には椅子とテーブルがある。但し、その椅子の背もたれと座面は植物のツルが絡み合って形成されたものであった。同様に、テーブルとは言ったがその実、巨大キノコの傘の部分がテーブルのように平に広がりハーブの束が置かれていたのだった。


リノが振り返った。


「じゃあ着替えましょう。ルキは後ろにあるそこの研究室で着替えて」



俺は後ろを見た。古びた扉がある。


「分かった」


俺は扉を開け、リノが研究室と呼んだその部屋に入った。




俺は泥のついた剣帯を外しながら、鏡の前に立った。


「おわっ! な、何? ん? 俺?」


そこには幼い頃の俺が映っていた。

俺と同じ動作をしているから俺自身だろうか? 俺は慌てて自分の体を見たが大人の体だ。ホッとした。


(まぁ、あとでリノに聞いてみるかな)


俺は鏡から視線を外し辺りを見回した。棚には色とりどりの薬瓶がある。


俺は視線を鏡に戻し、さっそく膝丈チュニックとズボンを脱いだ。


ギィーッ。


その時突然入り口の扉が開いた。


「ルキ、着替えた?」

「えっ、ちょ、ちょっと⋯⋯まだ着替えてないっていうか、はだか⋯⋯」

「うふふ、思ったよりずいぶん慌ててるわね。あの時の仕返しよ」


俺は慌てて物陰に隠れてからリノに答えた。


「あの時っていつだよ」

「ルキ、宿屋の部屋でいきなりドア開けて私の裸を見たでしょ? だからその仕返し」

「は? あの時見たいならちゃんと見ろって」

「えっ、い、言ってないわよ、そんなこと⋯⋯とにかくルキ、着替え終わったら、ちょっと私の着替え手伝ってね」

「えっ、なんで?」

「いいから、着替えたら早く来てね。着替えたあとにルキに聞きたいこともあるから」

「あ、ああ」


リノが入り口の扉を閉めると俺は急いで荷物から新しい服を取り出し着ると入り口の扉に向かったのだった⋯⋯。

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