旅の準備と始まりの扉
(嬉しさが込み上げてくる⋯⋯何だこの気持ち⋯⋯)
(柔らかかったな、リノの唇⋯⋯俺、ほんとにリノと付き合ってんだ⋯⋯)
(えっ、リノと旅?⋯⋯マジ最高かよ⋯⋯)
俺は一人ベランダであれこれ考えていた。
「⋯⋯キ様⋯⋯ルキ様!」
もふもふ犬ライラプスの声がする。
俺は振り返った。
「どうしたライラプス、ボールを投げて欲しいのか?」
「何を言われているのですか? 皆、準備が整いましたぞ」
「そっか、じゃあ行くとするか」
「そうですな⋯⋯それはそうとルキ様、妙にウキウキされておりますな」
「それはそうだろ。旅に出るんだから」
そこへ、もふもふうさぎキラが話に割って入ってきた。
「ルキちゃん、何かニヤついてる~」
「ニヤついてねーよ」
更に、もふもふ猫タバサも話に割って入ってきた。
「ルキ様、、嘘はダメですわ、心の声ダダ漏れですわよ『リノにいいことしてもらって、たまらね~』って」
「は? タバサ、誤解されること言ってんじゃねーよ」
「ルキ様、隠しても無駄ですわ、目が笑ってますもの。それにしても突然食堂からリノ様とテレポートしてしまって、一体リノ様にどんないいことしてもらったんですの?」
「完全に誤解してるな」
俺は駐馬車場であったことを説明した。
すると真っ先にもふもふうさぎキラが口を開いた。
「なーんだ、つまんない」
「いや、お前は、それ意味分かって言ってんだろうな⋯⋯酒も飲めない歳のくせして」
俺はそう言うと、おもむろに奥の部屋のドアの前まで歩いていき、すぐさま奥の部屋のドアを開けた。
「リノ、準備出来たか? こっちは準備万端⋯⋯」
だが一瞬の間があった次の瞬間、俺は強烈な閃光に目が眩んだ。
「な、なんだよ、これは」
俺は雷の音がゴロゴロと聞こえる中、もう一度部屋の中を見た。
目が眩んだ為か視界がぼんやりとしている。それでもリノの体が放電し髪の毛がパチパチと光りながら逆立っているのは見えた。
「ちょっと! ルキなの? もう! 着替えの途中でノックもせずに入ってくるなんてどういうつもり!⋯⋯驚いて思わず反射的に防御魔法放っちゃったじゃないの!」
「ご、ごめん、悪かったよ⋯⋯しっかし、この魔法すごいな! 強烈な閃光のせいでまだ目が霞んでるよ」
「見たでしょ⋯⋯」
「えっ?」
「しっかり見たんでしょ、私の裸!」
「えっ!い、いや、見てない!」
「ふーん、じゃあルキ、ドア閉めてこっちきて」
「なんだよ、怖いな」
俺はドアを閉めてリノのそばに近寄った。
リノは突然俺を抱きしめると耳元で囁いた。
「ねぇ、ルキ⋯⋯見たいならちゃんと見て⋯⋯私、今ルキと旅が出来ることで最高に幸せなのよ」
「えっ?⋯⋯俺も⋯⋯俺も今リノと旅が出来ることを最高に幸せだと思ってた」
そう言って俺もリノを強く抱き締め返すと、そっとリノの唇にキスをした⋯⋯。
◇
俺たちは揃って宿屋の扉から外に出た。
宿屋の通りのこちら側に、もふもふ熊クレオンが回してきた、もふもふの馬車が見えた。
もふもふの馬車に近寄るとクレオンは御者台にいて、馬車の扉の前には貴族と思われる少女と紳士的な男性がいた。
俺が更に馬車に近寄ると少女は俺に気づいた。
「あの⋯⋯す、すごく個性的ですわね、この馬車」
「えっ、誰?」
その俺の言葉でその貴族と思われる可憐で気品のある少女は一瞬表情を曇らせた。
「いやですわ、ルキさん、お分かりにならなくて? 私はリオーナで、これはグレゴリウスですのよ⋯⋯先程、月の影響が弱くなったので人族に戻ったのですわ」
アグロス辺境伯の令嬢リオーナの後ろから、リオーナの従者グレゴリウスが口を開いた。
「皆様改めましてグレゴリウスと申します。よろしくお願いいたします」
皆が驚く中、リノが辺境伯令嬢リオーナに近寄った。
「えっ、リオーナさんって可愛い⋯⋯是非お城でお会いしたかったわ」
「えっ、それはどういう⋯⋯」
「あっ、いえ、何でもないです⋯⋯それより、この馬車は気に入りましたか?」
「ええ、少し個性的⋯⋯いえ大変個性的ですけど、あったかそうで気に入りましたわ」
「そうですか、良かった。じゃあ、早速、中へどうぞ」
リノの声が届いたのか、もふもふ熊クレオンが、御者台からそそくさと降りてきて辺境伯令嬢リオーナとその従者グレゴリウスの荷物を持つと、馬車の扉を開けて待っていた、もふもふ犬ライラプスのそばを通り馬車の中へ入った。
俺はもふもふ熊クレオンの荷物を、もふもふ犬ライラプスから受け取るとすぐに馬車に入り、前側の三人掛けソファーの後ろに回り込もうとしているクレオンの肩を叩くとクレオンは振り返った。
「クレオンの荷物持ってきたぞ」
「あっ、ルキ様、ありがとうございます」
クレオンはそのまま三人掛けソファーの後ろ側、つまり御者台の下にあるスペースにある棚に次々と手元の荷物を入れていった。
その棚の横には金庫が、さらにその横には水魔法と氷魔法が得意なもふもふ猫タバサが魔法で作り出した冷蔵庫があった。
俺は不意に肩を叩かれ振り向くとリノと目が合った。
「ルキ、私たちの荷物もお願い」
「ああ、分かった」
俺はリノと、もふもふ犬ライラプスと、もふもふ猫タバサと、もふもふうさぎキラから荷物を受け取ると、クレオンと共に棚にみんなの荷物を入れた。
「さてと⋯⋯」
俺は馬車内を見回した。
「えっ?」
俺は馬車内の異変に気が付き、すぐさまリノに近づき、リノの耳元で囁いた。
「リノ、ちょっとあれ何だよ。馬車の壁から所々もふもふな毛が出てるけど」
「ああ、あれね、あれは紋章を隠してるのよ。上手く隠せてるでしょ」
「いや、この馬車の内装って、全体が深い赤で統一されてる上に、金や銀の装飾で出来てるし、なんか壁から毛が生えてるのは不自然だぞ」
「は? 仕方ないでしょ、クレオンがブラッシングしたブラシの毛が少なかったんだと思うわ⋯⋯とりあえず紋章は隠せてるんだから身分はバレないでしょ。それに、もふもふならベルベットのカーテンや、床の絨毯だって柔らかくてふわふわだから、大して違わないわよ」
「いや、違うだろ、完全に魔法が失敗したんだろ、そうだろ」
「はぁー!?」
その時もふもふ犬ライラプスがそばに近寄って来た。
「何をもめてらっしゃるのですか?」
「いや、別に⋯⋯何でもない⋯⋯なぁリノ、この馬車にこの人数だと、一人座れないんじゃないか? 前の三人掛けソファーと後ろの三人掛けソファー、そして一人は御者台、つまり七人だろ? そして俺たちは八人⋯⋯一人座れないよな」
「じゃあルキが立ってなさいよ」
「は? なんでだよ」
突然もふもふうさぎキラの声がした。
「そうだよー、ルキちゃんが立ってたらいいじゃん」
俺はキラの声が聞こえてきた後方を見た。
「おい、キラ、その前にお前はその後ろの三人掛けソファーのど真ん中からどけよ、まだ席は決まってないんだから勝手に座ってんじゃねーよ」
「ルキちゃん、ちっちゃ~い」
「だから、それ言うのやめろって」
リノの呆れたような声が聞こえた。
「いいじゃない、キラの好きにさせれば」
「は? じゃあ、俺はどこに座るんだよ
「そうね⋯⋯護衛対象者であるリオーナさんとグレゴリウスさんは後ろ⋯⋯つまりキラの横に座ってもらって、問題はこの、前の三人掛けソファーに誰が座るかよね」
その時、リノは突然思い出したかのように馬車の扉の前のステップ辺りに立っている辺境伯令嬢リオーナとその従者グレゴリウスの方を向いた。
「あっ、そういうことですから、リオーナさんとグレゴリウスさんは後ろのソファーへどうぞ」
「分かりました⋯⋯あっ、リノさん、この馬車に暖房はございませんの? 私冷え性でして」
その時俺はついうっかり辺境伯令嬢リオーナに言ってしまった。
「それならゴリラになってドラミングしたら温まるのでは?」
「そうですねルキさん⋯⋯ではゴリラに変身してドラミングしてみます⋯⋯って、んもう! ルキさん、いくらゴリラ族でも昼間にゴリラに変身することは出来ませんわ!」
すかさずリノが俺を睨んだ。
「ちょっとルキっ!何リオーナさんにノリツッコミさせてるのよ!⋯⋯分かりました、リオーナさん、ちょっと座って待っててくださいね」
リノが辺境伯令嬢リオーナが座るのを確認し魔法の杖を振ると、後ろの三人掛けソファーの一番奥に座っている辺境伯令嬢リオーナの目の前に暖炉が現れた。
しかも暖炉の上についている煙突は馬車の天井を突き抜けていた。
リノが辺境伯令嬢リオーナに礼を言われ頷いたあと、俺はリノに聞いた。
「ねぇ、リノ、この暖炉って横から見るとL字型になってて暖炉の前部分にコンロが付いてんじゃん! しかも網付き」
「そうよ、調理も出来た方がいいと思って」
もふもふ猫タバサが、リノに近づてきた。
「リノ様、私ソファーに座らなくてもいいですわ。暖炉の前で丸くなっていますので」
「そう? じゃあこれを⋯⋯」
リノは再び魔法の杖を振った。
するとぷかぷかと大きめのクッションが現れその場で浮かんでいる。
「どう? タバサ、これなら快適でしょ?」
「はい、リノ様、暖炉の前でぷかぷか浮かぶクッションの上で丸くなれるなんて最高ですわ!⋯⋯さすが我が主」
俺は聞き逃さなかった。
「おい、タバサ、主は俺だろ?」
「えっ、私今何て言いましたの?⋯⋯無意識でしたわ」
「無意識なら余計悪いだろ⋯⋯」
「じゃあ、決まりね! 私とルキとライラプスは前の三人掛けソファーに座ることにしましょう」
もふもふ犬ライラプスが少し不服そうな顔をしてリノを見ている。
「リノ様、この旅は長旅になりそうですが、寝る場所はどうされるのですかな?」
「ああ、それはちゃんと考えてあるの」
リノは馬車のちょうど真ん中辺りの壁に向かって魔法の杖を振った。
すると次の瞬間には壁に一枚の風景が描かれた絵画がかかっていた。
「リノ、急に風景画なんか出してどうした」
「ルキ、いいからこの絵画を見てて」
「これはレイモーン王国か?」
「そう! よく分かったわね。草原の国レイモーン王国をイメージして私の得意な風魔法と雷魔法で描いたのよ
⋯⋯じゃあ、よく見てて」
するとリノは呪文を詠唱し始めた。
その絵画を見ていた俺は思わず声が出た。
「あっ! 動いてる!」
たしかに絵画は動いていた。
絵画に描かれた草原の草は、風でなびき、空には雷雲らしき雲が風で流されていた。
その絵の草原の草が徐々に手前まで風で吹き倒され左右に開いていき手前まで吹き倒され左右に開いた瞬間、俺はその草原の草の中にベッドを見つけた。
「あっ、ベッドがある」
だが俺がそう言った瞬間、絵画の中の手前の草原の草の中にあるベッドが徐々に上へ上へと伸びていった。
いや、伸びていくと言うよりベッドの下にはベッドが、またその下にはベッドが後から後からせりあがってくると言った方が正しいのかもしれない。
だが、ベッドが八回せりあがった瞬間ついにベッドの動きは止まった。
その瞬間、俺はリノの嬉しさを押し殺したような静かな声を聞いた。
「完璧だわ⋯⋯」
そしてリノは振り向くと打って変わって明るい表情で叫んだ。
「草原の中の八段ベッドへようこそ!」
俺はリノに聞いた。
「ようこそって絵画の中のベッドに、どうやって寝るんだよ」
リノは俺の問いには答えず絵画を指差すと絵画のフレームの下からハシゴが出てきた。
「じゃあルキ、ついてきて! 一番上までいくわよ!⋯⋯みんなも自分のベッドを選んでいいわよ」
リノがハシゴに手をかけるとリノは消えた。
俺も思い切ってハシゴを握った次の瞬間、急に少し薄暗い圧迫感のある空間に出た。
そこには絵で見たのと同じ形、色の八段ベッドがあった。
四方は壁に囲まれている。
ハシゴの奥にあるベッドの向こう側の壁にはカーテンの閉まった小さな窓があった。
リノが登り始めた。
俺も登ろうとハシゴに手をかけ上を見上げた。
「えっ? リノ、スカート⋯⋯」
「ちょっとルキ、聞こえたわよ! スカートの中覗いたら、ぶっ飛ばすからね!」
「わ、分かってるって!」
俺はリノのあとについてどんどん登っていった。
六段目のベッドを過ぎたあたりで下を見ると結構な高さで恐怖を感じた。
しかし、四方を壁で囲まれているせいか一度も止まることなく最上段のベッドまで、たどり着くことが出来た。
リノはカーテンが閉まった小さな窓の前に座っていた。
「どう? ルキ、ご感想は?」
「すごく驚いたよ、リノってほんとすごい魔法使いだな」
「そう? ありがとう、嬉しいわ」
リノは小さな窓のカーテンを握ると言った。
「さあ、来て! もっと驚くわよ」
「えっ? ああ」
俺は素早くリノに近寄りキスをした。
「は? 違うわよ、いい?」
リノはカーテンを開けた。
「あっ!」
俺はリノの言う通り、驚いた。
小さな窓の外には、まさに先程の絵画と同じ景色が広がっていたのである⋯⋯。




