馬車の中の眠り姫
魔法使いで魔道具師のマギアとは、森の国ダソス王国のプリンセス・リノの側近で、リノの家庭教師であり、またダソス王国王立魔法大学学長で、魔道具研究の権威なのである。
俺は木製の椅子から立ち上がると、目の前に差し出されているリノの美しい手を握った。
「えっ?」
俺は思わず声が出た。なぜなら俺がリノの手を握った瞬間、食堂とは違う薄暗い場所にリノと二人だけで立っていたからだ。
リノの真後ろには馬が繋いでいない四頭立て大型四輪箱型馬車がある。
(これは俺たちの馬車⋯⋯という事は、ここは宿屋の駐馬車場か)
そう思いながら俺はリノの柔らかく美しい手を離した。
「リノ⋯⋯これって魔法だよな? なんで急に魔法で移動したんだよ」
「仕方ないでしょ。だってルキ、言うこと聞かないし、みんなの注目も浴びてたし」
「それはリノがあんなこと言うからだろ⋯⋯で、リノ⋯⋯その⋯⋯いいことって、ここでしてくれんのか?」
「ええ、そうよ」
(えっ? リノだって付き合った途端、大胆になってるじゃん!)
「⋯⋯じゃ、じゃあ、さっそく」
俺はそう言うとリノを馬車に押付けキスをしようと顔を近づけた。
(ん?)
リノの目が泳いでいる。
突然リノが右手人差し指で俺の唇を押さえた。
「ちょ、ちょっとルキ何してるの? 誰か来たらどうするのよ! ていうか何か勘違いしてない?」
俺は左手でリノの右手人差し指を優しく握り自分の唇から離した。
「は? 勘違いってどういうことだよ⋯⋯俺はてっきり」
「てっきり、何よ」
「えっ、いや、その、何でもない⋯⋯じゃあいいことって何だよ」
「いいことっていうのはね、これよ⋯⋯こ、れ」
リノは後ろ手で馬車を叩いた。
バンッ!
「馬車じゃん」
「は? そうじゃなくてよく見なさいよ、この扉に描いてある大きすぎるレイモーン王族の紋章を」
俺はリノの体を抱き寄せ、黄金色で煌びやかな装飾が施された四頭立て大型四輪箱型馬車の扉にでっかく描かれたレイモーン王族の紋章を見た。
その時、急に俺の腕の中にいるリノが俺の両ほっぺをつねった。
「ていうかちょっと離れて。抱き合ってるところ見られたらどうするのよ」
「あう、そうびゃっだな⋯⋯」
俺は、俺の両頬をつねっているリノの両手を優しく握って離し左右に大きく広げると、自分の顔をリノの顔スレスレまで近づけ続けて言った。
「それでそのでっかいレイモーン王族の紋章がどうしたって?」
リノの目は再び泳ぎ、リノは俺から離れた。
「わ、分からない? さっきルキ、リオーナさんと話してたじゃない⋯⋯アグロス辺境伯領にルキたちの馬車で行くって」
「ああ、たしかに言ってたな」
「じゃあ、リオーナさんがこの馬車を見たらルキが王族だってバレるでしょ」
「バレちゃダメなのか?」
「あったりまえでしょ! リオーナさんたちにバレないように私たちの身分は隠しておきましょう」
「ああ、そうだな⋯⋯で、馬車をどうすんだよ」
「そうね、馬車を丸ごとカモフラージュしたらどうかしら」
「カモフラージュ?」
「ええ、いいかしら」
「別に⋯⋯いいことなんだし、したらいいじゃん」
「えっ、何、その興味無さそうな態度は⋯⋯しかも拗ねてるし」
「拗ねてねーよ!」
俺とリノは数秒間沈黙した。
だが突然リノが俺の方へよろめいたので俺はすぐに抱きとめた。
「どうしたリノ大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。移動の為に上級魔法を使ったから少し目眩がしちゃって⋯⋯あっ、ルキ⋯⋯馬車の中で横になってもいい?」
「ああ、分かった。連れてってやる」
俺は馬車の扉を開けた後、リノをお姫様抱っこして馬車内の後ろまで行くと、そこにあるソファーにリノを寝かせた。
「ルキ、ありがとう⋯⋯あのね、キスで魔力回復させてくれないかな」
「えっ、キスで魔力回復?⋯⋯あ、ああ、いいけど」
俺はリノに覆い被さるような体勢を取ると、100年の眠りから覚めるような、ゆっくりとした熱いキスをした。
「まるで眠れる森の美女だな」
「えっ? 私って、そんなに美人かな」
「ああ、美人だよ⋯⋯世界で一番⋯⋯」
「えっ? よく聞こえなかったわ、もう一度言って」
「リノは、世界で一番⋯⋯」
「聞こえない⋯⋯もっと大きな声で」
「リノは、世界で一番の美人で、俺が世界で一番大好きな⋯⋯って、恥ずいよ、これで本当に魔力回復したのかよ」
「ルキ、そんな風に思っててくれてたのね、嬉しい⋯⋯あっ、キスで魔力は回復しないから」
「は? なんだウソかよ」
「でも気持ちは元気になったわ」
「そうか良かった、じゃあもう一度キスを⋯⋯」
「調子に乗らないで!」
「いいだろ!」
その時、突然馬車の外から誰かの足音が聞こえてきたので俺とリノはすぐにソファーから離れ扉の後ろにしゃがみ隠れた。
数秒後、馬車の扉が開いた。
「あっ、クレオン!」
そこにいたのはもふもふ熊クレオンだった。
「あれ、ルキ様とリノ様⋯⋯どうしてこちらに?」
「えっ⋯⋯ああ、クレオンこそどうしてここに?」
「はぁ、私は馬車にある馬の好物を取って馬たちの様子を見に行こうと⋯⋯ところでルキ様は、こんな所でリノ様と何をされてたのですか?」
「えっ? い、いや、ちょっと訳あってに急にクレモスの街へ行くことになったからその準備をリノとしてたんだよ」
「そうですか、しかし今クレモスの街は大変な状況だとマフィナさんから聞きましたが」
「ああ、それは知ってる。でもまぁ、いろいろとあってな。そのことは後で話すから」
「分かりました⋯⋯あっ、ルキ様! ⋯⋯ルキ様が屋内訓練所の弁償代を半分払って頂いたそうで申し訳ありませんでした」
「ああ、そのことか⋯⋯それはもういいよ、俺は団長補佐らしいし」
「それは咄嗟に出てしまって⋯⋯」
「いいって、分かってるって」
(まぁ、払うのはサヤンなんだけどね)
急にリノがもふもふ熊クレオンのそばに近寄りもふもふ熊クレオンの顔をまじまじと見つめた。
「それよりクレオン大丈夫? 顔色悪いわよ」
「はぁ、リノ様分かりますか? 少し二日酔いぎみで」
俺はすかさずリノにツッコんだ。
「いや、リノ、もふもふのクレオンの顔色分かるのかよ!」
リノが俺をジロリと睨む。
俺は慌てて話を逸らした。
「クレオン、一緒にいたマフィナさんは?」
「はい、マフィナさんなら、今迎え酒しながら朝サウナに入ってますが⋯⋯」
「は? マフィナっちは、オッサンかよ! 本当に人族なのか?」
「確信は持てませんが、おそらく⋯⋯」
リノが話に割って入ってきた。
「それよりクレオンこっち見て。治療の魔法かけてあげるから」
もふもふ熊クレオンはリノが取り出した魔法の杖を見た。
「 二日酔治療!」
次の瞬間リノの魔法の杖の先から大量の黄色い煙が出たかと思うと、その黄色い煙はもふもふ熊クレオンの体を包みこみ、まるでもふもふ熊クレオンの体の中に吸収されていくかのようにすぐに消えていった。
「どう? クレオン、楽になった?」
「はい、リノ様楽になりました! ありがとうございます」
「良かったなクレオン」
俺はそう言いもふもふ熊クレオンの肩に手を置いた。
もふもふ熊クレオンは俺を見て頷いたあとリノの方を向いた。
「あ、あの、リノ様⋯⋯お礼の意味も込めてハグしてもいいでしょうか?」
俺はその瞬間もふもふ熊クレオンの肩に置いた手に目一杯、力を込め言った。
「は? クレオン⋯⋯リノとハグはしなくてもいいんじゃないか」
突然リノが俺をチラッと見たあと魔法の杖を振った。
「クレオン、ハグはいいから、ちょっとこのブラシで自分の体を少しブラッシングしてみて」
「はぁ、分かりました」
もふもふ熊クレオンはリノが魔法で出したブラシで自分の体をブラッシングするとブラシをリノに返した。
「リノ様、どうぞ」
「ありがとう、じゃあ、ルキ、馬車をカモフラージュするわね」
「ん? 何?」
俺がリノにそう聞いた時にはもうリノは魔法の杖を振っていた。
すると次の瞬間、魔法の杖が光りブラシからもふもふ熊クレオンの毛が馬車に向かって一斉に飛び出していった。
飛んで行った無数のもふもふ熊クレオンの毛は馬車に次々と引っ付いていく。
馬車が突然光始め見えなくなった。
しばらくすると光は収まり馬車の姿が現れた。
「あっ!」
俺は思わず声が出た。なぜなら、あれほど煌びやかで派手だった馬車が、今は馬車全体にもふもふ熊クレオンの毛でビッシリと覆われた、もふもふでもこもこの馬車へと変貌を遂げていたからだった。
俺は唖然としてリノの方を見た。
「もっふもふの、もっこもこだな!」
「どう? 馬車のカモフラージュ気に入った? 今は冬だしちょうどいいと思わない?」
「おお! すごくいいよ⋯⋯ってこれはこれで結構目立つと思うけどな」
ジロリ⋯⋯。
またリノが俺を睨んでいる。
俺は再び話を逸らした。
「クレオン⋯⋯ってことで、クレオンはみんなの馬を馬車に取り付けたあと馬車を宿屋の前に回しておいてくれ。俺とリノはみんなを呼んでくるから」
「分かりました」
「あれ、でもさ、リノ。このまま一緒に旅に出ても大丈夫なのか? マギア怒ってたけど」
「いいのよ、あの時も言ったけど、マギアの意見で私の意志を曲げることはないのよ。それにあの後、マギアにはちゃんと許可を取ったから」
「えっ、よく許してくれたな」
「ええ、私が各地で魔道具の素材を取ってくると言ったら渋々ね⋯⋯しかも『あとのことは心配しないでください、私が魔法で何とかしますから』とも言ってくれたわ」
「なんだ、じゃあ、心置きなく旅が出来るんだ」
「そうよ! 私、ルキと旅をするの!!」
そこで感情が溢れたのか突然リノが俺に抱きついてきた。
俺もそんなリノを見て一瞬で熱い気持ちになり、もふもふ熊クレオンのことなどすっかり忘れてリノを力強くギュッと抱きしめた。俺とリノは熱く見つめ合った。
突然俺は肩を叩かれ振り返った。
もふもふ熊クレオンが不思議そうに俺とリノを見ている。
俺とリノがもふもふ熊クレオンの存在に気づいて焦っているのも知らず、もふもふ熊クレオンは静かに言った。
「リノ様、私へのハグは?」
その瞬間、俺とリノは同時に叫んだ。
「「ハグはしません!!」」




