コイルアップ・ロングスネークドーナツ
部屋に戻る前、俺はある事を思い出しもふもふ犬ライラプスを連れ俺たちの馬車(四頭立て大型四輪箱型馬車)がある宿屋の駐馬車場へと向かったのだった。
「あけました、それでどう⋯⋯でございますか?」
もふもふ犬ライラプスは、魔法によって光っていると思われる四頭立て大型四輪箱型馬車の中にある金庫を俺の指示により、持っていた鍵で開けたあと金庫の中の様子を俺にそう聞いたが、俺はそれには答えず金庫の中を覗き込んだまま呆然としていた。
「ルキ様?」
もふもふ犬ライラプスの更なる呼び掛けに俺は一つため息をついた後、振り返り両手を広げた。
「ない⋯⋯ないよ、俺がみんなの為に買っておいたコイルアップ・ロングスネークドーナツが金庫の中にない⋯⋯ライラプス、急いで部屋へ戻って緊急会議だ!!!!」
◇
俺は部屋のドアを開けた。
「なぁ、俺のドーナツが⋯⋯」
だがそこまで言って俺はドアノブを持ったまま凍りついた。
なぜなら俺の視界の先には、俺の幼なじみで森の国ダソス王国のプリンセス・リノと、もふもふ猫のタバサと、もふもふうさぎのキラが、コイルアップ・ロングスネークドーナツを頬張っていたからだ。
コイルアップ・ロングスネークドーナツを手首に巻き付けたリノは何食わぬ顔で俺を見た。
「ルキ、どうしたの? そんなところに突っ立ってないで早く部屋に入りなさいよ」
「えっ、あ、ああ⋯⋯」
俺ともふもふ犬ライラプスは部屋に入った。
「どこへ行ってたの?」
「えっ、馬車だけど⋯⋯ところでそのドーナツ、いやその手首に巻き付かせて食べているコイルアップ・ロングスネークドーナツってどうしたんだよ」
「あっ、これ? これはタバサが持ってきてくれたのよ」
もふもふ猫タバサが俺を見た。
「そうですよ、ルキ様。リノ様が小腹がすいたと仰られたので出して差し上げたのですわ」
「で、どっから持ってきたんだよ」
「そ、それは魔法でちょちょいのちょいと取り寄せたのですわ」
「ちょちょいのちょいじゃねーよ。それ馬車の金庫の中にあったコイルアップ・ロングスネークドーナツだよね? つまり俺が買った俺のものだよね」
「えっ、そうなのですか? キラが馬車の金庫の中にあるのは自分のドーナツで、金庫の鍵はライラプスが持ってると言うものですから魔法で取り寄せたのですのに」
「は? ちげーよ! 俺のだよ。そういえば俺がドーナツを金庫に入れる所をキラは見てたよな」
俺はキラを見た。
「ちごうみょん、わだじぃにょもにょだみょん」
「おい、キラ、まるでリスだな! ドーナツを口いっぱいに頬張って喋っても何言ってんのか分かんねーよ」
キラは急いで口いっぱいのドーナツを飲み込むとリノの膝に倒れ込んだ。
「リノちゃん、ルキちゃんがいじめるの~」
「は? なんでそうなんだよ」
リノがキラの頭を撫でながら俺を睨んだ。
「ルキっ! もういいじゃないの、どうせみんなで食べる為に買ったんでしょ」
「そ、それはそうだけど⋯⋯っておいリノ、今飲み干したその手に持ってるのは何だよ」
「えっ、ああ、これはグラスだけど」
「違ーよ、そのグラスに入っていたものだよ」
「ああ、フルーツジュースだけど」
「は? だよね? で、それって、俺がさっき食堂から戻る時に注文したフルーツジュースだよね」
「えっ、いいでしょ、ジュースくらい。さっき店の人が持ってきてくれてルキいないから少しもらったのよ。ていうかルキって相変わらずちっちゃいこと言うのね」
「えっ? いやいやリノさん、少しというか、もう全部飲んじゃってますよね?」
「は? ルキ、ちっちゃ!!!!」
タバサが俺を横目で見た。
「そうですわ、ルキ様、ちっちゃいですわ!!!!」
キラも俺を横目で見る。
「そうだよ~、ルキちゃん、ちっちゃい、ちっちゃい~!!!!」
「はぁー!? おめーら盗人猛々しいとはこの事だな、どつくぞ!」
その瞬間リノがイスから立ち上がった。
「ちょっとルキこっち来て」
「なんでだよ」
「いいから」
俺がリノに近づくとリノは色っぽい目で俺を一瞬見たかと思うと、すぐに俺の耳に唇を近づけてきた。
「ねぇ、ルキ、もう私たち付き合ってるんだから、ルキの物は私の物でしょ?」
俺はリノから体を離しリノの顔を見た。
「は? 何だよそのジャイアントにデカい、物の考え方は」
「まぁ、もう機嫌直してルキもドーナツ食べなさいよ」
「分かったよ⋯⋯じゃあコイルアップ・ロングスネーク・こしあんドーナツもらうかな」
「えっ、もうコイルアップ・ロングスネーク・粒あんドーナツしか残ってないわよ」
「は? 俺はこしあんが好きなんだよ!!!!!!!!」
「そんなこと知らないわよ!!!!!!!!」
俺はその瞬間⋯⋯今夜リノにおしおきしよう⋯⋯そう固く心に誓ったのだった⋯⋯。
◇
「ルキ⋯⋯起きて⋯⋯ルキ」
俺は目を開けた。
目の前にはリノの美しい顔があった。
(あれ? 俺たしかリノにおしおきするために夜中にリノのベッドに潜り込んだよな⋯⋯)
リノの顔が近づきリノの長い髪が俺の顔にかかる。
ん? どうやらリノは俺に馬乗りになって俺を見下ろしているらしい。
「おはよう、ルキ」
その瞬間リノの顔がさらに近づいた。
リノの唇が俺の唇に触れた⋯⋯。
甘い匂い⋯⋯甘いキス⋯⋯たまらない⋯⋯体の力が抜ける⋯⋯身も心もとろける⋯⋯。
(そっか、俺リノにベッドでおしおきするはずが、あっという間に返り討ちにあったんだっけ⋯⋯)
俺はほんの数時間前の事を思い出した。その瞬間カッと顔が熱くなりリノへの想いが溢れてくる⋯⋯。
「リノ⋯⋯好き⋯⋯」
俺はさらに熱いキスをしようとリノにキスを求めた。
だがリノは俺のキスをよけ、頬っぺを膨らませた後、恥ずかしそうに俺に言った。
「今はダメ⋯⋯みんな起きる時間だし気づかれたら困るでしょ⋯⋯ていうかルキって付き合った途端、大胆になるのね」
「いいだろ」
俺は構わずリノを抱きしめ引き寄せるとリノの柔らかい唇に強引にキスをした。
んぐっ⋯⋯。
リノは一瞬たじろいだがすぐに俺から顔を離すと怖い顔をした。
「もう!ちょっとルキ、今はダメって言ったでしょ!!」
そう言ってリノは俺を軽く突き飛ばしながら俺の体の上から降り靴を履いた。
リノは再び俺の方を向いた。
「ルキ、早く自分のベッドに行かないとみんな起きるわよ」
リノはふてくされる俺の手を取り俺の体を引き起こした。
「目覚めのホットワイン用意しといたから」
リノは俺に靴を履くように促すと暖炉の前に歩いていった。
リノはカップにホットワインを注ぐと俺の方に差し出した。
「ありがとう」
俺はリノから受け取ったカップに入ったホットワインを一気に飲み干すと、万一もふもふたちの誰かが起きていることを考え、リノの部屋のベランダに出た。
俺はリノの部屋のベランダを乗り越え自分の部屋のベランダに移動した。
俺は窓から中を見た。
もふもふたちはまだ寝ているようだ。
俺はベランダの手すりに手をかけ空を見上げた。
明け方のようだ⋯⋯太陽の昇る前の仄暗い暁の空が広がっている。
今は秋の終わり⋯⋯いや初冬だ。にも関わらず薄着でベランダに出ても別段寒く感じられないのは、ここダソス王国は一年を通して温暖で過ごしやすい気候のためだった⋯⋯。
(ん? なんか今動いたぞ⋯⋯まだ夜明け前で通りには誰もいないように見えたんだけど)
俺はだんだんと目が慣れて通りが徐々に見えるようになった。
「あっ! ゴリラだ! ゴリラが通りで寝てる」
一瞬驚いた俺だったがゴリラが着ている可愛らしいパジャマからしてすぐにそのゴリラがアグロス辺境伯の令嬢リオーナだと分かった。
ウホッ⋯⋯ポリポリポリ⋯⋯、
(おわっ、動いた、間違いない、あの尻を掻いているゴリラはリオーナさんだ! しかし、一体なぜ通りの真ん中で寝てるんだろう)
その時リオーナに近づく影があった。
リオーナの従者グレゴリウスだ。
もちろんグレゴリウスも月の光を浴びるとゴリラに変身するゴリラ族、その姿はゴリラそのものだった。
「お嬢様、起きてください。こんな所まで寝返りを繰り返し来られるとは、風邪を引かれますぞ」
「えっ、寝返りであんな所まで?もう寝相が悪いっていうレベルじゃないな⋯⋯」
俺はそこでベランダから部屋に入るともふもふたちが寝ている自分のベッドに潜り込んだのだった⋯⋯。
◇
俺たちは食堂にある八人掛けのダイニングテーブルの席に着いた。
チラホラと他の客もいた。
俺たちは食堂の朝食として、それぞれ硬いパン、スープ、干し肉、スクランブルエッグを提供された。
テーブル中央にはリンゴが山積みの皿と店員が全員のカップに注いだシルバーポットのホットミルクが置いてあった。
アグロス辺境伯の令嬢、ゴリラ族のリオーナがリノの顔を見た。
「あの、リノさん、そこのリンゴ取ってくださる?」
「ああ、はい⋯⋯どうぞ」
「ありがとう。じゃあ、リンゴジュースを作るとしましょう」
グワシャッ!!!!!!!!
突然リオーナが持っていたリンゴが一瞬で潰れた。
「おい、どんな力してんだよ!」
俺がすかさずツッコむとリオーナの従者グレゴリウスが俺の方を向いた。
「はい、何しろお嬢様の握力は500kgございまして」
それを聞いたリオーナがフォークを人差し指と親指で軽く、くの字にへし曲げた。
「すごいな!」
「ちなみにお嬢様のパンチ力は軽く五トンを超えまする」
「いや、超えまするじゃねーよ! 本当に護衛いるのかよ、俺より強いだろ!」
その瞬間俺はリオーナから殺気を感じた。
「そんなルキさん、私はレディーですのよ、ウホッ!!」
(いや、ゴリラだろ!!!!)
俺は話題を変えることにした。
「そういえば気になってたんだけど、どうしてリオーナさんは王都に?」
「ルキさん、よくぞ聞いてくださいました。実はわたくし、今年成人を迎え初めてこの国の麗しのプリンセス・リノ様に謁見しようとやって参りましたのですけれど、リノ様はご不在らしく⋯⋯そんな時、辺境伯領からパパの手紙を持って使いが来たのですが、その手紙にはパパから、戦争が始まったのでそのまま王都プルーシオスに留まるようにと書き記してあったのです⋯⋯ですがパパのことが心配で居てもたってもいられず」
「なるほど」
俺はリノを見た。
リノは特に感情を表さずスープを飲んでいた。
俺は再びリオーナに質問した。
「ところでリオーナさんはリンゴジュース以外口にしてないようですが?」
すかさずグレゴリウスが答えた。
「ああ、お嬢様は偏食なもので、こちらをお召し上がりになります」
グレゴリウスは自分のカバンの中から紙袋を取り出すと紙袋の中の物をテーブルの上に並べた。
それはとぐろを巻いた細長いパンとハチミツの瓶だった。
その時突然パンが動き出し叫び声をあげた。
「ウヒョヒョヒョヒョ~! オハヨー! オハヨー! オハヨー!」
「おわっ!!!!!!!!」
「きゃあー!!!!!!!!」
「いやー!!!!!!!!」
それを見た俺たちは驚き叫んだ
俺は攻撃態勢を取りながらパンに近づいた。
「これは魔物か!!!!!!!!」
俺が叫ぶと慌ててグレゴリウスが俺に言った。
「いえ、ルキさん、これはゴリラ族の作る魔小麦から作った魔パンスネークでございます」
「えっ? いや、もうスネークはお腹いっぱいなんだよ!!!!!!!!」
パンはクネクネしながらテーブルの上を移動している。
「ルキさん何のことですか?」
「いや、こっちの話だから」
「はぁ、そうですか⋯⋯そしてこれはハチミツスライムを絞って抽出したハチミツスライムハチミツでございます。なにぶんお嬢様は偏食でございまして⋯⋯」
「たしかに偏食⋯⋯いやこれは偏食っていうのかな」
「ルキさんもおひとついかがですか?」
「いや、結構です!!!!!!!!」
◇
バタバタが収まるとリオーナは捕まえたパンをムシャムシャ食べながら俺に言った。
「それでアグロス辺境伯領までは遠いですけれど馬車はお持ちですの? なければ何とか用意しませんと」
「いや、馬車はありますので」
「あっ!」
突然リノが声を上げた。
「どうしたリノ」
「いえ、ルキ、ちょっと向こうへ一緒に来てもらえるかしら」
「なんで?」
「いいからちょっと来て、二人きりで話がしたいの」
「今じゃなきゃダメ? まだ食べ終わってないんだけど」
「は? いいから、ちょっと来なさいよ!! いい事してあげるから!!!!!!!!」
「えっ!!!!!!!!」
その瞬間、店内は静まり返り一斉にみんなの視線が俺とリノに集まったのであった⋯⋯。




