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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いきなり冷めたと言われましても~幼馴染に結婚直前の婚約相手を奪われたのですからこれはもう復讐しちゃいましょう♪~

「君に冷めたんだ」


 ヨナーシュ・フォン・オルヴェブル伯爵は無造作にそう言った。

 拒絶という矢を放つ相手には、射られる側(自分)の気持ちなんてわからないのだろう。

 かつて将来の愛を誓い合った相手からの冷徹な言葉にマーラディア・フォン・レートリー伯爵令嬢は冷静の仮面をかぶってただ立っていた。


「いきなりですわね」


 マーラディアはぎこちなく微笑する。呼ばれていよいよ結婚の話かと思えば、いきなり平手打ちを食らった心境だった。


「迷惑なのだ。婚約は解消する。もう来ないでくれないか。こういえばいかに鈍い君でもわかるだろう」

「私のどこがいけなかったのでしょう」

「君に悪い点はない。私の結婚相手が君よりも良すぎたのだ」

「欠点を直します努力してみせますと申し上げても?」

「それを判断するのが私である以上無益な努力だよ」

 

 頭のどこかでもしやの想像はしていた。送る手紙の枚数に反比例する形で返事の手紙が来なくなっていったのだから。どこかであきらめもしていた。けれど、


「結婚相手については、レオリア・フォン・ゲアヘーテだ」


 という言葉を聞いた瞬間、マーラディアの脳裏が真っ白になった。レートリー伯爵家とゲアヘーテ伯爵家とは領地がほど近い。二人は幼いことから、貴族の子女が通う学校での学友だった。


「私の幼馴染があなたに手を出したのですか?」

「君の過剰すぎる束縛等に比して、彼女はとても誠実で慎み深い。声をかけたのは私だよ」

「そうですか」


 マーラディアは自嘲した。そうですか、としか言えない自分はなんと滑稽なのかしら、と。


「客人をお送りするように」


 執事が呼ばれた。恭しいがどこか冷たい眼でマーラディアを退出を促す。

 マーラディアは最後にかつて心から愛した人間を見た。これが見納めであることを認めようとはしなかった。


「あなたはきっと後悔しますわ」


 そう言い残してマーラディアは部屋を出て行った。

 マーラディアが出て行ったあと、そっと彼の前に現れたのは純白の聖女を思わせる金髪と白肌の持ち主だった。内気な眼が不安そうに揺れ動いている。


「あまりもマーラディアが可哀そうです」

「いいのだ。私が決めたこと。そして矢面に立つべきなのは私だ。君には迷惑はかけない」

「ですが・・・・・私は後悔しています」

「それは過去形の表現にしてくれないか。今この時から君を片時たりとも後悔させはしない」

「・・・・・・・・」

「君のために花嫁衣装を用意させた。どうか私の前で着てみてくれないか」


 隠しきれない赤みが新たな婚約者の顔に浮かんだ。その手を取りながらヨナーシュはやさしく衣装部屋に誘った。




 幾重にも幾重にも奔流する思いをどういなして相手の目の前から退出したのかは覚えていない。

 気が付くと城の外に出ていた。

 自分は捨てられたのだと冷静に理解はできる。けれど、その副作用として当然のごとく湧き出る感情の本流を、どう処理すればいいのか。


「・・・・・・・・」


 重い足取りで歩を進める。

 怪訝そうな顔を向ける衛兵たちがそっとささやきかわしているような、町の人々が自分を見てそっとささやきかわしているような気がしてならなかった。


『捨てられたんだって』

『可哀そうになぁ。あんなに高慢な性格だから仕方がないだろう』

『顔がいいのですから、傲岸不遜な性格をなおせば気に入られたかもしれないわ』

『レートリー家の家名を傷つける恥知らずだこと』

『目の毒です。私たちにも移ってしまう』


 すべては幻聴なのだが、もはやそれが現実なのかどうかすらマーラディアにはわからなかった。


「可哀そうなお方」


 我に返ったマーラディアの耳にすっと入ってきた言葉があった。どこをどう通り抜けてきたのか、いつの間にか郊外に出ていたらしい。馬車やお付きの人間が待っている門とは違うほうに来てしまったようだった。


「可哀そうなお方。将来を誓い合った相手に・・・そして、何よりも幼馴染に裏切られたことお察しいたしますわ」

「誰?」


 一人の女性がすぐそばの木陰にたっていた。ブロンドがかった金髪を綺麗に項のあたりで止め、赤い縁の眼鏡をかけている。ドレスは着ておらず、活動的な軍服のようなものを着ている。一見すると有能な官吏に見えたが、それがこの郊外の、のどかな風景とは場違いな印象をマーラディアに与えた。


「私が誰かとはどうでもよい質問ですわ。私は貴女にご同情申し上げているのですから」

「差し出がましい」


 マーラディアは低いが鋭い声で吐き捨てた。ようやく我を取り戻した彼女は、相手の言葉を否定することも、なぜ見も知らぬ相手が自分の秘め事を知っているのかを問うことも忘れてワナワナとこぶしを震わせていた。


「ええ、そうでしょうとも。差し出がましいことは承知の上です。それでもなお申し上げずにはいられませんわ。『ご心中お察しいたしますわ』と。・・・・さぞ無念なことでしょう」

「知ったような口を利かないで!」

「貴女の一途な想いは報われるべきものでした。それを路傍に投げ捨てた相手のことを考えるのは無益ですわ。おやめなさい」

「あ、あなたに何がわかるというの?」

「なぜなら私もそうだからです。かつてある人を愛し、お慕いし、それでも捨てられた身からすれば、貴女の心情はよくわかるのです。いいえ、わかるというのはおこがましいですわね。私にも貴女の心の絶望の淵の深さはわかりませんわ」

「・・・・・・・・・」

「さぞ無念なことでしょう。貴女に力がありさえすれば貴女の才覚でオルヴェブル伯爵家は繁栄を遂げたでしょうに」

「・・・・・・・・・」

「幼馴染の方も何か故あって受け入れたのですわ。そうでなくては貴女を裏切るような真似をするとは思えません」

「・・・・・・・・・」

「私がいくばくか貴女の思いに寄り添うことができれば、少しはお気が晴れるのではなくて?」


 相手はそっとマーラディアのそばにやってきて何かをささやいた。マーラディアの眼が見開かれる。


「ええ、そうです。復讐をする権利は貴女にはおありになりますわ。私もいくばくかお手伝いができます。もっとも、身を亡ぼすお覚悟をなさってからですけれど」

「・・・・・・・・・」

「けれど、復讐などと考えるのはおよしなさい。貴女にはよいお相手が見つかりますわ。忘れるのです」

「いいえ」


 マーラディアはキッと相手を睨み据えた。抑えに抑えていた奔流が両方の目からほとばしり始めた。

 この身を焦がす炎はもはやどうしようもないほどに膨れ上がっている。


「あの男に・・・あの女に・・・私の人生を狂わせた者どもに復讐ができるのであれば、この身がどうなろうとかまわない」

「ですが」

「いいえ!!!もう私にはこれしか方法がない!!」

「おやめになったほうがよろしいと思いますわ」

「私に指図しないで!!そこの貴女。先ほどいくばくか方法を知っていると言っていたけれど、それを教えなさい」

「ですが」

「私の前に現れて無礼な口をきいたのです!!そうでもしてもらわなくては腹の虫がおさまりません!!」


 女性は承諾のしるしに黙って頭を下げた。




 2日後の夜。

 オルヴェブル伯爵家の城下町の城門の一つを警備している衛兵2人は眠気覚ましの雑談をしていた。

 やけに生温い風が吹き、眠気を誘う晩だった。

 

「おい、何だあれは」


 衛兵の一人が、眼を闇夜に向けた。灯火を掲げると、一歩一歩こちらに近づいてくる人影を認めた。


「とまれ!」


 声に応じ、ほんの一瞬足が止まったが、人影はまっすぐこちらに歩いてきた。

 衛兵たちは緊張したが、ほどなくして、赤いドレスをまとった赤毛の女であることが分かったとき、安堵の息を吐いた。


「おいお嬢さん、こんな晩になんだい?迷子になったのか?」

「俺たちがいいところに案内して差し上げようか」

「はは、そいつはいい。もうすぐ交代」


 だからな、と言いかけた刹那、胴が勢いよく血を噴き上げた。

 勢いよく飛んできた何かをもう一人の衛兵が抱きとめる。

 それが相棒の首だとわかった瞬間、悲鳴があたりにこだました。


 警報が城下町に鳴り響いていた。

 その中を復讐者と化した一人の女が歩いていく。

 近づくもの、制止するものは無残に瞬時に殺されるか、抵抗するものは生きながら胴を払われ、手足をもぎ取られ、首をへし折られて地面に壁に叩きつけられた。

 家に隠れ、狙撃銃撃を試みるものは、家ごと粉砕され、焼き尽くされた。

 復讐者の視線を浴びた若い女性が、服をはぎ取られ、陰部を抉り出され、あるいは衛兵の槍で串刺しにされて殺された。


 復讐者の着ているドレスも顔も髪も、生贄の血で塗りたくられる。

 飛び散る血が塗られた手の甲をなめとり、復讐者は凄惨な笑みを浮かべる。


「殺せ!近づけるな!」


 もはや一人の女などと侮る者はいなかった。

 武器も持たず、ただ素手だけで人間の体を引きちぎり、殺すのは女でもましてやただの人間ではない。

 皆恐怖と殺気とを半々に浮かべた顔で立ちふさがってくる。

 復讐者は3人をまとめて胴を薙ぎ払い、上半身と下半身とを別々にさせてから、残った一人に静かに詰め寄った。


「城主とその結婚相手は城内のどちらにいるか白状しなさい」

「知らぬ・・・・グカゴッ・・・・!!」


 衛兵の口に容赦なく手を突っ込み、舌を引き抜き、次いで首をつかんで城壁にたたきつけ、鮮血と臓物の壁画をまた一つ完成させた。

 復讐者はちらと後ろを振り向いた。

 自分がなしてきた芸術作品(遺体)がそこかしこに展示されている。


「貴女にある種の強化術をかけましょう。貴女の望みをかなえるには十分と思います。ただし、肉体限界を超えないことですわ」


 復讐者の脳裏に泡沫のように浮かんだ警告はすぐにはじけて消えた。

 肉体と内なる精神の悲鳴など考慮することなく、復讐者は歩を城内に進めていく。


 城内に入った復讐者を衛兵の一団が襲撃するが、いたずらに壁に塗られる人間の塗料を増やすだけだった。


「あぁ・・・あぁ・・・あぁ・・・」


 うめき声をあげて倒れ伏す執事から場所を聞き出すと、壁に何度もたたきつけて虫のように始末する。

 最後にただの血みどろの肉塊になった遺体から鍵を奪い、足蹴にして、目指す目的地へ歩を進める。


 城主の寝室には誰もいなかった。

 つい先ほどまで主とその相手をのせていたであろう寝乱れた敷布とベッドを見るや否や、あらん限りの力で蹴とばす。

 轟音とともに城主の寝室は吹き飛んだ。


 最上階付近、衣裳部屋。

 復讐者はここに来るまでに出くわした、あるいは隠れている人間を見つけ出し、ことさらにいたぶって悲鳴を出させる。

 扉越しにかすかな絶望に満ちた息遣いが聞こえるのを確認した復讐者は笑みを浮かべる。

 息が荒くなった。槍2本を杖代わりにどうにかここまでやってきた。

 あと少し。

 執事から奪った鍵を鍵穴に回すと、キィ、というかすかな音とともに扉が開かれた。

 

「ウォォォォ!!!」


 獣じみた声がして振り下ろされた剣を指2本で受け止める。ひょいと剣が奪われたオルヴェブル伯爵はよろめいてしりもちをついた。


「その程度でしたか、仮にも私が心を許した相手ですから、もう少し期待しておりましたのに」

「化け物め!!出ていけ!!」

「化け物」

「そうだ、貴様は化け物だ!!ああ神よ!!どうかこの異形の化け物に神罰を!!」


 殺戮の化身、殺した人間の血と臓物で血だるまになった復讐者をマーラディアと識別できる人間はいなかった。


「レオリア」


 大好きなケーキを前にした時の甘い声が出た。

 ひっ、という押し殺した声が聞こえた。恐怖を顔に貼り付けて、半裸でへたりこんでいたのは自分の幼馴染だった。


「残念ですわ。貴女だけは信じていましたのに。色仕掛けで親友の結婚相手を奪うなど、とんだ泥棒猫ですわね」

「違う・・・・違うの・・・!!」

「マーラディアか、違う。私がやったんだ、レオリアは」


 肩と腹に衝撃と灼熱の痛みを覚えたオルヴェブル伯爵は壁に縫い付けられていた。


「浮気男には、少々オイタが必要ですわね」

「あ、あぁ・・・・あぁ!?・・・・あぁ・・・・!!」


 陰部を自分の剣で貫かれた伯爵は獣じみた咆哮を上げる。黒血が壁を伝い、床に流れ落ちる。


「さて、そこで自身が心をささげた相手がどうなるのかを・・・・見ていなさいな」

「や、め、やめ、やめろ・・・!!」


 マーラディアはレオリアに近づいた。観念したのかぐったりと気を失っている幼馴染を、張り倒して目を覚まさせ、衣装を引きちぎる。


「ごべんなひゃい・・・・ごべんなひゃい・・・・!!許じて・・・・許じ・・・て・・・・」


 血に濡れた顔で懇願する幼馴染に対し、もはや考慮すべき何ほども残っていなかった。

 復讐こそ快楽。

 すべきことをする。

 ただ、それだけだ。


 響き渡る悲鳴と絶望の悲鳴、その合間に聞こえる懇願が城内にこだまし、完全になくなるまでかなりの時がかかった。


 場外の木立の合間でたたずむ人影が、音もなく微笑し、城を見つめていた。


 マーラディアは足を引きずり引きずり、城から降りてきた。人間の塗料で彩られた城のホールを後にし、城から外に出る。

 月光。

 か細くあおい月光が城の吊橋を渡り切ったマーラディアを照らし出した。


「ゴハッ・・・?!」


 大量に吐血し、自分の立っていた地面を濡らしたマーラディアは、なおも口から吹き出してくる鮮血を手で押さえながら両ひざをついた。

 体はとっくに限界を超えていた。

 痛みが四肢を切り裂き、神経を肉を骨を粉砕し、脳天を走り抜ける。

 協力者の忠告が再度脳裏をかすめたが、もはやどうでもよかった。

 体が崩壊する。

 利き腕でないほうの腕が血の噴出を伴って胴から離れる。次いで右足が。バランスを崩した復讐者は瓦礫と化した城の内門の跡地に仰向けに転がった。


「やったわ!!ヨナーシュは誰にも渡さない!!あのアバズレにも誰にも渡さない!!渡さない!!渡さない!!」


 鮮血を伴った勝利の悲鳴が人一人いない城に、城下町に響き渡った。


「アハハハハ!!!アハハハハ!!!アハハハハ!!!!」


 黒い黒い血の涙を両の眼から流しながらマーラディア・フォン・レートリー伯爵令嬢は嗤う。

 どうして涙が流れるのか、マーラディアにもわからなかった。人間の心を手放し、復讐鬼と化した自分には。

 マーラディアは嗤う。

 自分を捨てた元婚約者を、その結婚相手を、その領民を、そして、自らを嗤う。

 それこそが復讐の最後の仕上げというように。


「アハハハハ!!!アハハハハ!!!ア~~~ッハハハハ!!!!」


 狂気の笑いとともに、限界を超えた体は硬直し、痙攣し、そして砂上の城のように化石とかして崩れ落ちていった。

 狂気の笑いの残滓が消え去ると、あたりは静けさを取り戻した。


「怨恨の声なき声が聞こえるわね。なんと滑稽なことかしら」


 暫くして微笑とともに現れた一人の影が放った言葉は夜空に溶けて消えていった。


「恨むなら自分たちを支配する軽率な領主様を、その領主様を受け入れてしまった愚かな女を、そして身勝手な復讐によって自滅したこの女を、そして軽率な領主に繋がれるだけの才覚しか持たなかった自分たちを恨みなさいな」


 赤い縁の眼鏡をかけなおし、灰を足先で蹴る。散っていった灰は悲しげに舞い、折から吹いてきた血生臭さをはらんだ微風によって運ばれていく。


「私は警告したはずよ。復讐というものは身を亡ぼす、と。貴女はそれを承知しながらその炎に自らを投じたのだから満足でしょう。そして自らが望むものは果たして手に入れられたのかしらね」


 そして、無条件に相手を信用しすぎないことね、と心の中でつぶやく。

 クックッ、とこらえきれないような笑いが浮かんだ。

 嬉しい。嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 人の破滅を見届けるのは、なんと華美で甘い娯楽なのだろう。

 身勝手な思いからほとばしり出た復讐が生み出した地獄ほど滑稽で面白いものはない。

 

「アハハハハ!!!!アハハハハ!!!!アハハハハ!!!!!!!」


 狂気をはらんだ新たな笑いは、夜空を漆黒で包んだ。



 後日――。


 漆黒の煙が収まらぬ中、レオルディア皇国から派遣された憲兵隊副総監補佐ヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマーシュは現地の惨状に顔をしかめた。

 並の人間なら即刻気を失うか、発狂するか、多少芯が強い人間であっても胃液を吐いて顔を覆うほどの惨状である。


 半分崩落した城。

 焼け焦げた家々。

 それを彩るように置かれた無数の遺体。

 半分焼け焦げた首が地面から生えている。

 自分たちを歓迎するかのように、地面から手が手招きをするかのように生えている。

 生贄でもしようとしたのだろうか、血に交じった臓物が家の壁に塗りたくられるようにしてぶちまけられている。

 槍に貫かれ、手足を切り取られた衛兵たちの遺体が広場の噴水の銅像前に並べられている。

 犠牲者の中に若い女性はいたものの、子供やその母親がいなかったのは不幸中の幸いというべきか、それとも故意に殺人者が見逃したのか。


 声なき怨恨と悲しみの声があたりを霧のように覆っており、いつまでも皆の脳裏にリフレインし続けていた。

 部下たちについては、芯の強い者を選んできたが、それでも顔面蒼白でないものは数えるほどしかいなかった。


「損壊をとどめていない遺体は検分に回すので棺に収容し、損壊した遺体の破片については身元分析薬を使用してできうる限り丁重に集めること」

「かなりの広域にわたって被害があるものの、城が最も損傷個所が激しいため、動機は被害者への怨恨と思われる。城内において被害が特に著しい個所を特定し、犯人の痕跡について、手掛かりを発見すること」


 と、淡々と指示を部下たちに下したヴァリエは自らは城内へと向かった。正確には城であったものの名残であるが。

 城内に入ったところで後ろを振り返り、ついてきた人物に話しかけた。


「誰がこんなことをしでかしたのか、心当たりはあると思うけれど?」

「使嗾した人間のこと言っているのであれば、想像がつくわよ・・・・」


 むしろ怫然ともいえる表情を浮かべながら、ティアナ・シュトウツラル・フォン・ローメルドはヴァンパイアを思わせる赤い瞳でヴァリエを見返す。

 二人は歩を進めて城内の部屋をあらためはじめた。

 ところどころにまるで見せつけるように無造作に置かれた遺体の惨状に表情を硬くしながら。

 追いついてきた部下たちが検証にあたりはじめる。

 城主の寝室跡と思しき場所には大きな穴が開き、下界と青空が広がっていた。二人はそれを見届け、

なおも歩を進めた。


「使嗾した人間のこの所業について、私に一端の責任があるとでも言いたいわけ?」

「私はあなたが隠し立てをしていないかを確かめたいがために連れてきたのよ。使嗾した人間として候補の筆頭に上がっているのは、何しろ貴方の元教官なのだから」

「この期に及んで隠し立てをするように思われたのか。それほどの軽蔑を貴方から受けているとは思わなかったわ」

「癪に障るけれど、貴方がそのような人間でないことはよく知っている。貴方はフィオーナの親友だから。万が一のために聞いてみたまでよ」


 ヴァリエの言葉に相手は鼻を鳴らしたが、不意に唇をかんだ。一瞬ティアナは目をそらす。

 横を向く直前に、後悔と怒り、そして悲しみが瞳にいっぱいにたまっているのをヴァリエは見逃さなかった。


 二人はあけ放たれた扉の中に広がる光景を目の当たりにしていた。


 全裸で陰部と腹部を血に染めた女性が絨毯の上にあおむけに倒れ、恐怖と苦悶と絶望の表情を浮かべてこと切れている。腹部からは様々なものが抉り出されていた。

 それを腹部と陰部と肩と槍と剣で壁に縫い付けられ、血を流し、手足を切り取られた男が絶望と怒りに目を見開いたまま見つめる形でこと切れている。

 近くには血に染まった元は純白であろう花嫁衣装がズタズタに引き裂かれて落ちていた。


「最悪ね。生きたままなぶり殺しにされたのがわかる。一番凄惨な殺し方だわ」


 じっとそれを見ながら放たれたつぶやきは嫌悪以外に何の色もなかった。

 ヴァリエは遺体に近寄り、素早く調べはじめる。

 長くはかからなかった。顔を上げて、


「この人たちがいったい何をしたというの」

「事前情報から、この人たちはオルヴェブル伯爵とその結婚相手だと思うわ。怨恨か嫉妬か・・・いずれにしても、尋常な報復の仕方ではないわね」

「狂気そのものよ」


 まだ血生臭さと据えた臭いとが充満する、数秒いるだけで常人であれば発狂しそうな空間に静かな怒りの声が吐き出された。


「この件のみならず、犯した愚行については私が徴税請負人となってきっちり取り立てて見せるわ」


 ヴァリエの耳に、静かな決意の声が風と共に返ってきた。

 

 その後――。


 わずかな生き残り(城内に2名、城下町に1名)から、マーラディア・フォン・レートリー伯爵令嬢がヨナーシュ・フォン・オルヴェブル伯爵及びレオリア・フォン・ゲアヘーテを殺したことは疑いのない事実となった。

 オルヴェブル伯爵事件として捜査の詳細については、今後第一級情報として管理されることとなる。

 死者は数百を超え、ほぼ城下町一つが壊滅したという所業は悪魔そのものであり、これに責任を取らされる形でレートリー伯爵家は断絶させられた。

 血に彩られた家名を存続させる余地はなかったのである。




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