4.波動
コンコンとノックが鳴った。それは、この部室では聞かない音だった。部員たちはノックをせずに何も気にせずに部室に入ってくる。
「はい、どうぞ」誰だろうと、不思議に思っていると、田中先輩が返事をした。
「失礼します」男子学生が入ってきた。上履きの色から考えるに、3年生のようだ。
「秀君?どうしたの?」伊藤さんはその男子を見ると親しそうに話しかけた。
「花、聞いたんだけど、科学部からシャーレを持って行ったよね?」
「うん」
秀君と呼ばれた相手は、伊藤さんの素直な返事を聞くとため息を付いた。
「すみません、失礼しました。自分は科学部の部長をしています、3年の西秀樹と言います。伊藤さんが科学部から、シャーレを持って行ったと後輩から聞いたので伺ったのです。シャーレを返して頂いたらすぐに帰りますので」上級生らしく、丁寧に用件を伝えた。
「わざわざありがとうございます。私は2年の田中です」田中先輩はいつもの部活での姿と反し、敬語で挨拶をした。それに驚いていると、先輩は「佐藤、挨拶」と言った。
「あ、1年の佐藤です」田中先輩の違う一面には予想外だった。
「秀君、私はちゃんと、科学部の人に聞いてから持ってきたよ、盗んできたわけじゃないよ」伊藤さんは言い返した。西先輩は少し考えると、口を開いた。
「科学部も、学校から道具を借りてるんだ。それを又貸しするわけにはいかないから。借りるなら学校から借りてくれないか。ちゃんと確認しなかった後輩が悪いけど」
「勝手に言わないでよ、もう実験に使ってるんだから」
「実験?」
「そう、実験。水を凍らせてるんだよ。悪い言葉を掛けたら汚い結晶になって、きれいな言葉を掛けるときれいな結晶になるっていう」
「花、それって」西先輩は何かを言いかけると、部室内を見渡した。部室内は部員が好き勝手にものを置いたり、ポスターを張っていた。宇宙人のポスターや鍵十字のポスターが貼ってあった。周りを十分に見渡すと僕と田中先輩の顔をチラリと見た。
「花、水に何かを話しかけて、結晶の出来が変わるわけないだろう。水が言葉を理解できるのなら、猿とだって会話が出来ることになるじゃないか」
「だから実験してるんじゃん」伊藤さんは少しイラついたように語尾を上げた。
「実験しなくても、少しは考えれば分かるだろう。科学的じゃない」西先輩はため息を付き言った。
「でも、沢山の有名人だって、紹介してたし、本にも載ってたんだよ」
「ああ、そう。だいたい、どういう仕組みでそんなになるんだよ」
「波動だよ。人間の意識からは波動が出てるんだよ。その波動を水が受け取るんだよ」
「ああそう、せっかく、勉強して高校に入ったんだから、そんなしょうもないことなんかせず、もっと意味のある事をしたら?」
「秀君!」伊藤さんは睨んだ。
「部活も辞めたほうがいいと思うよ。中学の頃はバトミントン部だったじゃん。今からでも再開したら?」
「西先輩、少しいいですか?伊藤さんが言ったように、氷を作るだけなので、明日にも返すことが出来ます。壊すようなことはしませんから、それでいいですか?」田中先輩は見かねたのか、間に立った。そう言われ、少し冷静になったのか西先輩は考え込んだ。
「分かりました、壊さないように、してくださいよ。それに、実験と言うのなら、ちゃんと実験してくださいよ、その実験結果も受け止めるんだよ、花」そう言うと先輩は、部室を出ていった。
「伊藤ちゃん、友達なの?」田中先輩が聞いた。
「うん、幼馴染。家が隣で、お兄ちゃんのようにずっと一緒に過ごしてたんです。ここ数年は、コロナもあって会うことが少なかったんですけど」
「幼馴染、いいね。ウチもそんな仲のいい友達が欲しいよ」
「はい、自慢の幼馴染です。でも、最近、優しくなくなったんです」
伊藤さんは西先輩が出ていったドアを見て言った。