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3.水からの伝言

 翌日、部室に行くと田中先輩が一人、けだるげにスマホを眺めていた。部員全員が集まることは少なく、ばらばらの活動が多いため、部室に人がいること自体が珍しい。周りからは、陰謀論部は似た人の集まりで、結束が強いと思われている。しかし、実際はそこまで仲がいいわけではない。というのも、みんなが探求したいことは大きく異なっているからである。蛇イチゴから野イチゴぐらい異なっている。それゆえ、一緒に活動することは少ない。多少、手伝うことがあっても、お互いの主義主張の食い違いが表面化するほど関わりあうことはない。しかし、陰謀論について語り合える場所はここ以外にないので、みんなはその微妙な関係を続けていた。

「田中先輩、こんにちは」

 僕が挨拶をすると、チラリと僕の顔を見た後、またスマホに目線を戻した。

「佐藤ちゃん、後で伊藤ちゃんが来るよ、今、実験道具を取りに行ってるって」

「実験道具って何ですか?」

「さぁ、なんだろうね?」

 田中先輩は無気力に返答し、それ以降何も言わなかった。僕のことをちゃん付けで呼んだり、3年の先輩を下の名前で呼んだりと距離が近い先輩だが、会話が弾むことはあまりない。猫のような人と言えるかもしれない。無言の時間が流れ、気まずいなと思っていると、ドアが開き、両手にシャーレを抱えた伊藤さんが入ってきた。

「あ、佐藤君、お疲れー。私の実験手伝ってくれる?」

「いいよ、伊藤さん」

 伊藤さんは、同級生ということもあり一番よく話す人だった。

「あ、うん、何するの?」

「私が実験するのは水からの伝言!」

「水からの伝言?それは何?」

「えっとね、水からの伝言ってね、昔授業でならったんだけど、水に綺麗な言葉を話しかけると綺麗な氷の結晶になって、汚い言葉で話しかけると、汚い結晶になるんだって、それを実験してみようよ」

「ああ、それでシャーレを持ってきたんだね」

「そう、科学部から借りてきた」

 伊藤さんは人懐っこい笑顔でそう言った。

「じゃあ、とりあえず水を入れればいいんだね?」

 僕が水道水を入れようと蛇口をひねると伊藤さんが止めた。

「まって、佐藤君、水道水はよくないよ、いろいろ、薬品が入っていて良くないんだって。それで壊れた結晶しか出来ないんだって、私がいつも飲んでる水は綺麗だからそれににしよ」

 伊藤さんは、水筒を取り出した。

「この水は神聖な水で、カルキとかの薬品が入ってないんだよ。山の中の神社に湧き出てる水を汲んだもので、飲むと元気になれるんだよ」

「あ、そうなんだ」

「私の飲みかけだけど」

「へぇー、飲みかけの水で実験するの?なんかエッチだねぇ」

 ずっとスマホを触っていた田中先輩が、ちゃちゃを入れた。

「た、田中先輩、別にエッチじゃないです。もお」

「どちらかというと、汚いような」

 そう言うと伊藤さんは僕をにらみ、綺麗だよと言った。

「あ、ごめん別に伊藤さんが汚いって言いたかったわけではなくって、口内菌とか、唾液とかが」

「もしかしてー、佐藤ちゃんって、潔癖症なのぉー?」

「いや、違いますよ、でもなんか嫌じゃないですか、回し飲みとか」

「回し飲みー?間接キスって言いなよー、枯れてるねー。唾液とか、エッチじゃーん」

 田中先輩は、ずっと静かだったのだが、饒舌に話し始めた。スイッチのオンオフがあるみたいに急に話す人だったが、大抵、人をいじれる時にいじってくる先輩だった。

「もぉ、いいです、汚くないですし、エッチじゃないです。水道水で実験しますよ」

「あ、すねちゃったじゃーん、佐藤ちゃんのせーだー」

「田中先輩のせいでもあると思いますよ」

「はい、水道水、入れてきました。じゃあ、紙にいろいろ綺麗な言葉、汚い言葉を言ってみましょう」

 伊藤さんは少し怒っているように、大きな声で言った。

「バカ、デリカシーない、変態」

「い、伊藤ちゃん?それってもしかしてウチらのこと言ってる?」

「いいえ、別に違いますけど、」

「ごめんてー、伊藤ちゃんはいつでも綺麗だよ、機嫌直してよー」

「いいから、紙になんか書いてください」

 「分かったよ、綺麗、可愛い、声がいい、いい匂いする、優しい」

「べ、べつにそんなに褒められたって、機嫌直しませんけど」

 すると、田中先輩は続けて言った。

「お人形さんみたい、髪サラサラ、大きな目に、可愛い口。ほら、佐藤ちゃんも言って」

「えーと、優しい、いつも気を使ってる、親切、頭がいい」

 僕も思いついた言葉を言った。

「ま、まぁ、そこまで言うなら、許してあげてもいいですよ」

 伊藤さんは顔を赤くして、照れながら言った。

「え、何のこと、シャーレに向かって言ってただけだよぉ」

 田中先輩は悪い笑顔で言った。

「うー、」言葉にならない声をためる。

「え、伊藤ちゃん、自分のことだと思ってたの?うわぁ、自意識カジョ―ってやつ」

 田中先輩は人をいじっている時だけ、満面の笑みを浮かる人だった。

「わー」伊藤さんはぽこぽこと擬音が鳴りそうな殴り方で手を丸め、田中先輩を殴った。

「あ、ちょ、ちょ、痛いって。ごめん。ごめん、ほんとごめんて、ちょ、佐藤ちゃん、ちょっと止めてくれない?」

「すみません、さすがに、今のは田中先輩が悪いと思います」

「えー」

 田中先輩は楽しそうに笑った。

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