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地球平面説と気球

「成功だ」

 部長が大きく手を挙げて叫んだ。

「部長、あまり動かないでください」

「なーに、心配ない、ちゃんとロープがついているから」

「え、何て言いました?」

 部長は籠から身を乗り出し、大きく息を吸って叫んだ。「あー、だから、大丈夫だって」

 籠が地面から3メートルほど地面から浮かび、部長がその中で気球の操作をしていた。

 空は雲一つない快晴で、風もほとんど吹かない。数週前から準備し、部活のみんなで気球を飛ばしていた。


「お、おおー、すごい、不安定で立ってられないぞ、やば、やばいぞ。紐は、ひもはちゃんと付いてるよなぁ」

 籠にロープが結び付けられ校庭の地面に固定されている。

「大丈夫ですよ、安心してください」

「よし、実験の第一歩目は成功だな、」

 部長はスマホを取り出した。

「せっかくだし、みんな、写真撮るぞ、みんな集まって。ハイ、ピース」

 部長の正面にみんなで集まって、写真を撮ってもらった。

「でも、わざわざ気球に乗る必要ありますかね?」僕は隣にいた、高橋先輩に聞いた。

「ああ、最初は普通にヘリウムガスで風船を飛ばしてたんだよ。それにカメラを付けてたんだけど。上手くいかなくって。それでね、結局、目視で観測したほうがいいだろう、ってなったんだ。つまり、自分の目で見えるものだけが、信じられる唯一の現実ってことだよ」

「そうなんですね」

 気球制作は部長と高橋先輩が1年の頃から始まった。その間、色々なことがあったのだろう。部長はいつも以上にはしゃいでいる。気球に乗ることが出来て楽しいのだろう。



「お前たち、ちゃんと僕のことも撮ってくれてるか」

「ひとみちゃん、逆光で上手くとれないよー」

 田中先輩がけだるげそうに言った。

「じゃあ、回り込めばいいじゃないか」

「えぇー、めんどーだよ」

「田中先輩、そもそもカメラ開いてないじゃないですか」

 先輩はいつもみたく、SNSをチェックしていた。あまり周りのことに興味がなく、マイペースなのが先輩らしい。

「あ、バレちゃった。代わりに伊藤ちゃんとっといてぇ」

「はいはい、分かりましたよ」

 伊藤さんはちゃんと回り込んで、逆光にならない位置で撮影している。

「部長、こっち向いて下さい」

「お、伊藤君、ありがとう」

「はい、ピース」

 部長は離れたここからでも見える、屈託のない笑顔を向けている。子どものような笑顔だ。



「な、なにしてるんですかー」

「まずい」高橋先輩が何かに気づいたようで、叫んだ。先輩の目線の先を見ると、生徒が一人こちらに駆けて来ていた。

「部長、誰か来ますよ」

「ああ、分かってる、今降りる」

「しまった」

「どうしました」

「昇ることばかり考えて、降りる時のことを忘れていた。」

 部長は小さな籠の中でオロオロとしている。

「ああ、」

「空気を抜けばいいんですよ」

「ど、どうやって」

「ロープ、空気を抜く用のロープがあるでしょう」

「こ、これか」

 目の前に垂れていたロープがとぐろを巻いて地面に落ちた。

「お、おい、おい、なんだかだんだんと昇って行ってるような気がするぞ」

「先輩、間違えて地上とのロープを解いていますよ、空気を抜く用のロープはその横です」

「気球から降りなさい」走ってきた生徒は肩で息をしながら言った。

 高橋先輩は僕の後ろに隠れて、風紀委員だ、面倒だぞ。と僕につぶやいた。

「ど、どれだよー、正しい奴は」

「どうしよう、どうしよう」伊藤さんもパニックを起こしている。

「落ち着いて伊藤ちゃん、こういう時は逃げればいいんだよ」田中先輩が言った。

「田中先輩は逃げないでください、部長、だからその右のやつです」

「右、それは、お前から見て右か、こっちから見て右か」

「だからその、ロープです」

「も、もう、無理だ―、怖くてもう何もできないよ」



「危ないでしょう、早く降りなさい」

 風紀委員は来たばかりで、状況が掴めず、困惑とした表情で言った。

「だから、降り方が分かんないだって、誰か降ろしてくれよー」

「早く、降りなさい」「降ろしてくれー」「部長、落ち着いて」

 悲鳴と、怒鳴り声が交互に校庭に響いた。

「わぁああ、う、動いてるよ」

 風が吹き、気球が大きく横に動いた。

「部長大丈夫ですか」

「だいじょーぶじゃない。こ、怖いよー」

「あなた達は、いったい何をしているんですか?」風紀委員は疑問をぶつける。

「気球を飛ばしています」

「見れば分かりますよ、それがなぜなんですか?危ないでしょう」

「ち、地球が平面だってことを証明するためさー」

 部長が震えながら返答してきた。

「ん?はぁ?」思ってもない返答らしく、風紀委員は困惑している。

 すると、僕の後ろにいる高橋先輩に気づき、高橋君と呼びかけた。

「陰謀部ですか、高橋君も何をしてるんですか?」

「いいだろう、なにしたって」

 先輩は僕にだけ聞こえる小さな声で反論した。

「先輩、僕にだけ聞こえる声で言い返したって意味ないです」

「とにかく、早く、気球から降りなさい、許可は得ているのですか?」

「許可なんか、貰えるわけないだろー、学校は嘘を教えているんだから」

「だそうです。」

「じゃあ、降りなさい」

「降り方が分からないんだよー、降ろしてくれー」

「え、どういうことなの」

「どうもこうもないさ、お前が急に出てきて驚かすからだろ」

「あわわ、あわわ」

「部長、なんかどんどん昇っていますよ」

 地面と結んでいたロープを解いてしまったため、枷を失った気球は自由に浮いている。

「え、何て言ったかー」

「ぶ、部長―。どんどん、昇って、ますよー」

「ほんとじゃないか」

「それに、風に流されてますよ」

 風で流れていく気球をみんなで追いかける。

「どうすれば、いいんだよー」

「とにかく、ロープを引っ張って、空気を抜いてください」

「これか、これだな、きっとそうだ、ふぅ、大丈夫、大丈夫、よし、」

 ロープが解かれ、地面に重りが落ちる。部長の意思に反し、気球の高度は高くなり続ける。

「こ、これか・・・」

 籠の4本の紐の内、1本がはずれ、籠が不安定になる。揺れる中、部長は籠を掴んで座り込んでしまっている。



「部長、前、前」

 流され続けて、気球は校庭のフェンスにぶつかった。

「部長、大丈夫ですかー」

「ひとみちゃーん」

 部長には聞こえていないようだ。

「さすがにまずいよ、佐藤君」

 田中先輩はスマホを取り出し、電話をかける。

「大丈夫?ひとみちゃん」

「あ、ああ、大丈夫さ」

「ま、まずい、なんか焦げ臭いぞ」

「え、」

 見上げると、気球がフェンスに引っかかって傾いている。籠はさらに不安定になり、振り子のようにグラグラとしている。バーナーの火がどこかに触れているのかもしれない。耐熱性の布としてもまずい。

「ひとみちゃん、まずは火を消すんだよ、大丈夫、深呼吸して」

「も、もう、頭真っ白だよー」

「部長が、今目の前にある、火の部分のレバーをすべて横に倒してください」

「全部?」

「全部です。そうすれば、火が消えますから」

「うん」

「ああ、火が消えたよー」

「じゃあ、じき空気が冷めて降りてくるはずです」

「何分くらい?」

「さぁ、分かりません」

「え、えぇーこ、怖いよー」

「自業自得です」

 いつの間にか、グランドには生徒たちが集まっていた。ゆっくりと降りていく気球の中で部長は好奇の目にさらされ続けた。その後、先生にこってりと叱られた。

 そして、高橋先輩はいつの間にか逃げていた。

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