ファスナーの中身 【月夜譚No.259】
中途半端に開いているファスナーが気になる。
彼女はテラス席に腰かけて冷たいドリングのストローを咥えながら、日向で子ども達に群がられているウサギの着ぐるみを見遣っていた。その大きな着ぐるみの背中にあるファスナーが、上部数センチほど開いているのである。
こういったテーマパークのキャラクターとして、目立つようにファスナーがついていること自体問題だと思うが、どうやらそういった趣向がウケているらしい。個人的にはどちらでも構わないが、あれでは後ろから誰かに簡単に開けられてしまうのではないだろうかと、どうでも良い心配をしてしまう。
ウサギが右に左に動く度に、僅かに開いた隙間から中が見えそうだ。大人達は僅かな緊張をもって、しかしどうにもできずに見守っているが、子ども達はウサギに構ってもらうことに夢中で気にはならないらしい。
しかしながら、そんな中にも悪戯な者もいるわけで。
「――あ」
彼女が小さく声を上げると同時に、飛び上がった少年がファスナーの持ち手を掴んで、重力に任せたまま引き落とした。
流石のウサギも異変に気づき、慌てて背を壁につけ、忍者よろしく横歩きにスタッフルームへと消えていく。
数秒の静寂の後、それを目撃した全員に笑いが弾ける。ウサギには申し訳ないが、衝撃的で面白い思い出にはなった。
彼女は目元の涙を拭って、白い雲が浮かぶ真っ青な空を仰いだ。