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初投稿になります。よろしくお願いします。


 一体これからどこへ向かえばいいのだろう。

 回らない頭のまま、滝野仁(たきのひとし)は通り過ぎていく幾つもの電車をぼうっと突っ立って眺めていた。

 家に帰るつもりだった。だが、家とはどこだ? 実家は両親の葬儀を行った後、維持するのは大変だろうからと売却する方向で進んでいる。今は大学進学を期に上京し、都内のアパートに居を構えているのだ。

 ではそこに帰れば良いのではないか。だが電車に乗ったものの、足が動かずただ突っ立って幾つかの駅を超えていた。今立っている駅のホームは普段降り立つことのない場所だ。ただ単に、後ろの乗客に押され降り立っただけの名も知らない駅だった。

 本当なら大学に進学し新入生として今が一番楽しい時期だった筈だ。だが四月の終わりに両親が死亡し、葬儀やら手続きやらでてんやわんや過ごしていた。これが高校在学中のことだったら担任やらクラスメイトに気を使われたり助けられたりしたのだろうが、生憎高校は卒業し同級生の多くは地元を離れていた。大学ではまだそこまで深く付き合いのある友人もおらず、親身になってくれる師もいない。両親ともに親戚と没交渉であったので、頼れる身内もおらず何をどうすればいいか分からないまま葬儀屋と四苦八苦して諸々の手続きを終えたのだ。

 当座の生活資金はなんとかなった。幸い両親が旅行保険に入っていて、その受取人が仁だった。おそらくこれが一番早く手元に入金される資金となる。その後は両親の残した遺産、あと生命保険金など。大学に通う期間分の学費と生活費は十分足りると考えられる。だが、金は何とかなりそうだと安心しても、心だけはどうにもならなかった。

 父と母。当たり前にあった生活基盤が突如崩壊し、いきなり宙に放り出され足元にぽっかりと黒い穴が開いているようだった。不安でたまらない。今自分はどこに生きて立っているのか。自分を知る人はいるのだろうか。

 今自分は、本当に生きているのだろうか。

「あの、大丈夫ですか?」

 くいっと袖を引かれそちらを見やる。紺のブレザーに胸元にはネイビーブルーのストライプのリボン、電車の中でよく見る女子高生の制服だ。仁を見上げる顔は心配そうに眉が寄せられている。手入れの行き届いた癖のない黒髪が肩先で踊る素朴な美少女だった。彼女が見上げてくる黒い瞳は仁に対して心配を滲ませていた。

「顔色が悪いです。気分が悪いなら座りましょう」

 腕を引かれてホームの奥にあるベンチへと誘われた。思いのほかホームギリギリのところに突っ立っていたようだ。この駅のプラットホームにはまだホームドアは設置されていない。

 少女に促されるままベンチまで歩き、座らされる。肩を押さえるように二度ほど叩かれ、ちょっと待っててと声を掛けて少女は離れていった。

 もしかして自殺を疑われているのかもと考える。だが仁に死ぬ気はなかった。たぶん、そうだ。死ぬつもりなどない。だが逆に、生きる気はあっただろうかと自問してみる。

「はい、コレ! どっちがいいですか? あったまりますよ」

 戻ってきた少女が両手に持った缶を差し出してくる。右手にコーンポタージュ、左手におしるこ。確かにどちらも温まりそうだが、どうしてこのチョイスなのか。瞳を揺らして正面に立つ少女を見上げると、少女は照れ臭そうに笑った。

「すみません、おしるこは私が飲んじゃいますね。はいコレどーぞ!」

 スープ缶を仁に押し付け、隣に座り込む。かしっと缶の開く音と、おいしそうに嚥下する気配が伝わってくる。渡され握りこんだスープ缶は温かく、冷え切った仁の手にじわりと熱が移った。

 見知らぬ少女と二人ベンチで隣り合い、温かい飲み物を持つ。何となく、隣の少女は自分の話を聞いてくれるような気がした。

 ぽつりぽつりと、仁は話した。この春から大学進学のため上京したこと、両親が死んでしまったこと、最寄り駅はここではなく気付いたらホームに立っていてどうすればいいか分からなくなっていたこと……。

 いつの間にか泣いていたらしい。ぼたぼたと膝に涙が零れ落ちるのを何の感慨もなく眺めていると、隣の少女が戸惑いがちにハンカチを差し出してきた。吸水性の良さそうな、だが小さなハンカチだった。可愛らしい花柄のそれをぼんやり眺めているとスープ缶を取り上げられ、空いた手に握らされる。それでもどうにも動けないまま握らされたハンカチを眺めていれば、少女は手を取りその手ごと仁の目元にハンカチを当ててきた。

「大学生なんですね。今日は学校行ったんですか?」

「あー、どうだったかな。いや、今日昼に地元からこっちに来たんだったか……ゴールデンウィーク挟んだけど、結構休んじゃったんだっけ……」

「ごはんは? 食べました?」

「……」

 何も答えられない。食べたとは思うが、それがいつだったか思い出せないし、何を食べたかも分からない。無言のまま悩んでいると少女がプルタブを開けたスープ缶を仁に再度渡してくる。

「顔色悪いの、食べてないからじゃないですか。少しはカロリー取ったほうがいいです」

 なるほど、それでおしるこかポタージュスープの二択だったのだなと今更に納得した。有難く渡された缶に口を付ける。指先を温めてくれた缶は生憎冷めてきていたが、ぬるいスープが胃に入るとじわりとそこから温もりが広がるように感じられた。

「私はまだ身近な人を亡くしたことがないので、慰めの言葉も上手くないし偉そうなこともほんとは言えないんですけど」

 泣いたこと、そして胃に何か入れたことで、仁の精神はかなり落ち着きを戻していた。言葉を選ぶ少女が口にするものを、真摯に受け止めようと耳を傾ける。

「生きてる限りは、生き続けなきゃいけないと思うんです。ひとまず今日はごはんを食べて、夜はゆっくり眠ってください」

 とても簡単なことを伝えられ、仁は思わず笑ってしまった。

「ははっ、人間の三大欲求のうちの二つだね」

「おろそかにしちゃいけないことなんですからね」

 笑う仁に少女が咎めるような口調で言い募る。もしかしたら拗ねたような表情をしているのかもしれないが、目元が熱くて当てたハンカチを外すことが出来なかった。

「生きていかなきゃいけないなら、だったら楽しく生きていかなきゃ損ですよ」

 確かにその通りだと思った。どうせなら楽しく生きていきたい。辛い悲しいと嘆くばかりの人生など、本当に損しているとしか言いようがない。

「その通りだと思うけど、じゃあどうすればいいと思う?」

 少女との会話を続けたくてそんな風に聞いてみると、少女はうーんと声を漏らした。

「高校で何か部活動とかやってました?」

「中高とバスケ部だったね。弱小だけど」

「ああ、だから背が高いんですね」

 確かに仁は平均より高い身長だ。だからこそ中学生の時にバスケ部に勧誘されたのだった。だが極めて高いとは言い難く、また周囲にも高身長のものが多かったので自分としてはそこまでデカイ自覚はない。バスケ部イコール背が高いという理論には思わず首を傾げてしまった。

「だったら、大学でサークルに入るとかは?」

「ああ……」

 思わず深く項垂れてしまう。

「四月にサークル入ってた……けど、ゴールデンウィークのイベント全部ブッチしてる……」

 現在五月の下旬である。ゴールデンウィーク中は葬儀やらなにやらでばたばたしていたため仕方ないのだが、そう言えば忙殺されて何も連絡できていなかった。

「顔を出して、事情を話しましょう。大丈夫、分かってくれますって」

「ウン、ソウダネ……」

 少女の言う通りだ。折角活動内容が緩くちょうど良さそうなサークルだったのだ、可能であれば今からでも受け入れてもらいたいし、ならば自分から行動するのみだ。事情が事情だけに、情状酌量の余地はあると信じたい。

「落ち着いてきましたね。もう帰ります?」

 そうだな、と自然と思えた。彼女が立ち上がるのにつられるように仁も腰を上げた。こっちですよと先導され、隣のホームへと移動する。

「ここから電車に乗って、四つ目の駅が最寄です。今度は間違えずにちゃんと降りてくださいね」

 入ってきた電車に押し込まれ、にこりと笑って手を振られる。つられて仁も右手を上げたが、その手には彼女のハンカチが握られたままだった。もう片方の手にはスープ缶。どちらも彼女に渡されたものだ。

「あ、コレ」

「そのまま使ってください。じゃあ気を付けて!」

 少女に見送られ、電車は動き出した。己を気遣う言葉を受けて、何だか胸の内が熱い。

 何を思ってこんな駅まで来たのか分からないが、全くの無駄足ではなかったのだ。絶対に。何せここに来なければ、救済の天使に出会うことはなかった。

 まずは天使の言った通り、食事をとってしっかり睡眠を確保することにしよう。生憎自炊は全く出来ない仁だが、今の世の中何とかなるものなのだ。



どんな風に投稿できるのか試してみました。これからもよろしくお願いします。

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