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しばらくして、わたしから少し離れたところでふたりは剣の打ち合いを始めた。
木と木のぶつかり合う甲高い音があたりに響く。
剣の打ち合いは前評判どおり、終始ラナが圧倒していた。
ラナは豪快なステップで、距離をつめ体重の乗った一撃でメーロルの急所を狙う。
メーロルは事前の読みとフェイントでなんとか攻撃を防御する。
しかし、地力が違うのか、一発もらうごとにメーロルの体勢が少しづつ傾いていくのが目に見えてわかった。
ラナは重心の移動はできているが、腕の動きが安定していないし、一発一発が大味なため防御面ですきだらけだ。
メーロルは分析力があるのか、終始ラナの動きを見切ってはいたが、体の動きがそれについていけていない。
正直、子供の練習だからかレベルはあまり高くない。
スケッチブックを開き、横に縦に線をひいていく。漫画でいうコマ割という行為だ。
このコマひとつひとつに絵を描いて、キャラクターの行動や場面の描写を表現していく。
どうやったら、目の前の二人の戦いをかっこよく描けるか考えていた。
しかし、いいものはかけずにいた。
適当に描いたそれは、キリンっぽい何かが首を振り回して戦っているようにしか見えない。
「はああ~、疲れたよ~。ちょっと休憩」
「ぜえぜえ……ふえん、いたいよ……」
わたしが自分の描いた絵に絶望していると、一通り、打ち合いをし終えた二人がこちらへと戻ってきた。
「ふたりとも、お疲れさま。だいじょうぶ?」
二人に労いの言葉をかける。
メーロルは案の定というか、ラナにぼこされている。
「うん、大丈夫だよ。村の魔導士さんに治療魔術をかけてもらえれば治るし。でも、ラナはやっぱりやりすぎだよお」
「ごめんごめん! 本当はすんでのところで止めるつもりだったんだけど、勢い余っちゃって」
頭に大きなたんこぶができちゃっている。
やっぱり、剣の練習なんてやらなくて正解だ。こんなやばんなことやっていたら、女の子だというのに生傷が絶えなくなる。
それに防具もつけていないので、最悪、うちどころが悪ければ死ぬ可能性だってある。
「ふたりはやっぱり強いんだねっ。わたしじゃ全然かないそうにないよ」
さりげなく、二人をほめる。
もちろん本当にそうおもっているわけではない。
二人は高みにいて、わたしなんかが敵う存在じゃないって言っておけば、今後誘われることはなくなるかもしれないからだ。
「ん、まあねえー。でも、ぼくたちが強くなれたのは半分くらいはリリィのおかげだからねー」
「ふえ、わたしのおかげ?」
「リリィちゃん、昔からアドバイスは的確だったのよ。どこがダメだったとか、どうすればもっとよくなるとかよく教えてくれていたの」
「そうだね。リリィは自分はてんで弱々なのに、アドバイスだけは的確だからねえ」
ラナたちはそう言って、ドサリと勢いよく寝転んだ。
ふーん、そうだったんだ。意外な一面だ。
リーリアはドジな娘だったそうだから、全てにおいて、ダメな娘というイメージが強かった。
どうも観察眼だけは優れていたらしい。
指揮官タイプってことかな。
「でも、こんなところで満足してちゃダメだよね。夢を叶えるためにはもっと強くならなきゃだよ!」
「そうだね。早く一人前になって夢を叶えなくちゃ!」
ラナとメーロルは拳を天に突き出し、目を輝かせながらそう言った。
「ラナたちの夢って何なの?」
「そりゃもちろん、剣士になることだよ。剣士はこの世界で魔術師や魔女と並んで誰もが目指す最高職だからねっ!」
「剣士になって活躍したら一躍スターだよ! わたしはね、剣技大会で活躍するような剣士になりたいのよ」
ふたりは大層、楽しそうに夢を語る。
二人は剣士になりたいらしい。
剣士っていうのは、そんなにも魅力的なものなのかな。
この世界にきて日が浅いわたしにはよくわからない。
たしかに漫画やアニメでも剣士はちょーカッコイイ存在であることが多い。
この世界でもそうなのだろうか?
「そんなに剣士って憧れるようなすごいものなの?」
疑問に思ったわたしは二人にそう問いかけた。
「そりゃあ、そうだって! 剣士ってだけで一目置かれる存在なんだから。とくに冠位の称号なんて持ってる人は全世界に名前が知れわたるぐらい有名なんだよ! 王様や各国の政府から直々に頼み事をされるくらいになれるんだよ!」
「さらに言うとね、剣士っていったら今までは冒険者さんか国に所属する宮仕の兵士さんだけだったんだけど、最近は平和になったから剣士たちが己の強さを競うべく大会を開くようになったんだ。それで剣士の人気はうなぎ登り! 剣技大会で活躍すれば、それだけで有名人だよ」
「さらに言うと、剣士には実戦派と呼ばれるエリート集団がいて、剣技大会で活躍するような競技派剣士でもすら、ものすごく強いのに実戦派の剣士たちはさらに輪をかけて強いんだ。とくに霊熾院に所属する剣士は実戦派の中でもトップに君臨していて、剣の一振で地面を割る程らしいよ! 憧れるよね!」
「「それでね……!」」
「ふえっ、わ、わかったよっ……ふたりとも、少し落ち着いてよ……」
二人は目を輝かせながら捲し立て、わたしの方にせまる。
ちょっと恐怖を感じるほどだ。
とりあえず、二人を両手で制止し落ち着かせた。
剣術に関して熱く語る村人はたくさんいたが、剣士に関してもこの世界ではメジャーな存在であるらしい。
剣技大会というのは、口ぶりから察するに地球でいうところのスポーツの大会みたいなものかな。
競技として大会が開かれていたり、実戦で戦ったりする戦士がいたりと、剣士というのは様々なかたちで活躍しているのだろう。
「十三歳になったら、トルトのルペリア学園に入学できるようになるんだよねえ。ああ、早く来年にならないかな」
「ラナ、その前に勉強して、テストに受からなきゃ。名門だから学園に入るの自体が難しいし、お金もすごくかかるし……。剣術部に入るのも相当な剣の腕前が必要だよ。入門するのにもきびしいテストがあるって話だし」
「ああ、そうだった。入学のテストはともかく、入門のテストは自信ないなあ……でもがんばるぞ! ルペリア学園にいかないとわたしたちは剣士になれないしね!」
王都トルトにある名門学園に入れば、剣士になれるみたいだ。
十三歳になればということはあと半年くらいか……
ふたりは来るその日を待ち遠しく思っている。
未だ見ぬ未来に目を輝かせながら。
二人がとても羨ましく思えた。
わたしには無いもの、わたしが失ってしまったものを持っているから。
「…………」
うつむいて、膝の上で開いたままの紙束を呆然と見つめていた。
涙が頬を伝うのがわかった。
涙が落ちて、鉛筆の線が染みになってにじむ。
「ちょっと、リリィちゃん! どうしたの!?」
「わっ、リリィなんで泣いて、大丈夫!?」
二人が突然涙を流したわたしのもとに急いで寄ってくる。
ふたりとも心配してくれているみたいだ。
こんな何でもないようなことで泣いてしまうなんて……情けない限りだよ。
「やっぱり体調悪かったのよ……リリィちゃんずっと元気なかったし」
「ご、ごめん! ほんとに体調悪かったなんて! お腹痛いって言ってたの嘘だとおもっててて……ん?」
すぐそばまでやってきたラナがわたしの持っていた紙に目を落とす。何かに気づいたようで短く声を漏らした。
「へええ、戯画絵か……リリィさっきまで戯画絵を描いてたんだ」
興味深そうに覗き込んで驚いた声で少し身を近づけた。ずっと一緒に連れ添っていた仲良しの友達の意外な一面が見れて、少し嬉しそうな感じだ。
「リリィちゃん立てる? 今日も家まで送って上げるよ。ほら、ラナもちょっかいだしてないでリリィちゃんを心配して上げてよ」
「あっと、ごめん、ごめん! そうだね! リリィとりあえず家に帰ろっか」
ラナが絵に少しでも関心を示してくれたのが嬉しかった。
わたしの中で、嫌な気持ちが少しましになる。
…………。
ちょっと、待って……ラナは今なにかとても、重要なことを言わなかった? わたしの絵を見て何かとても意味ありげな言葉を……
紙束に目を落とす。
線と線で囲ったわくの中に、絵が描かれている。
キリンがネッキングで戦っている絵……いや、違う! そうじゃない。
ラナとメーロルが剣を振って戦っている絵だ。
たしかにキリンに見えなくもないほど、下手くそだが、枠の絵を順に追っていくと、ちゃんと話の流れがわかる程度には理解できる。
これは漫画として描いた。
すなわち、ラナはこの絵の連続が何を指すのか認識していたというわけで!
「……ねっ! ねえ、ラナちゃん! ラナちゃん今なんていったの?! このスケッチブックを見て何て言ったの?!!」
開いた紙束の両端を持ち、絵を強調するようにして、ラナの目の前に押し付ける。
ラナとメーロルは唐突に立ち上がったわたしに驚いてのけぞった。
「えっ、何って……戯画絵だよ。リリィ変わったことしてるなあって」
「戯画絵って何かな?! この絵のこと?! もしかして、こういう絵の連続のことをこの世界では戯画絵っていうのかな?!」
「い、いきなりどうしちゃったの? それ以外何があるのさああ。……そんなに気になるんだったらちょうど、メーロルから借りて返す予定だった戯画本があるから貸してあげるよ」
ラナは自分もってきた袋の中から、一冊の本を取り出す。
それをわたしの方に差し出してきた。
「ちょっと、ラナ! 本の表紙がしわしわになってるじゃん!」
「ごめん! 剣やらトレーニングの道具やら、他の荷物と一緒に入れてたから、ぐちゃぐちゃになっちゃって」
紺色の表紙には、ドラゴンのような生物と複数の人間の絵が描かれている。
真ん中には見慣れない文字で書かれた表題が。
ドラゴン討伐記と書かれている。
どうやら文字も理解できているようだ。
それを引ったくるように受け取って、ページを開いた。
「なっ! こ、こ、これは……! これはマンガだっ! マンガだよっ!」
四角形の線の中には、様々な角度から描写された人や建物や怪物の絵があって、そのとなりには吹き出しの中でセリフが踊る。
間違いなくこれはもとの世界で言うところのマンガというものだ。
思わず、大きな声をあげてしまった。
「すごいっ! これ世紀の発見だよ!」
この世界にも、もとの世界でいうところの漫画に該当するものがあるのか!
もし、マンガという文化がこの世界にあるのなら、マンガ家という職業もあるはずだ。
ならば、まだ希望は完全に潰えたわけじゃあない。
わたしの夢は終わっていないはずだ。
わたしはまだ、戦えるよ!!
「わたしねっ! その戯画本ていうのを作る仕事がしたいんだっ! もっと教えてよ戯画本のこと! 戯画本って他にもあったりするの?! 戯画本を描く人って、この世界には結構いるの?」
「えっ、そ、そうだと思うよ。トートルペリに行けば、これ以外にも面白いのものが本屋にあると思うし、これを作っている人も他にもいると思うよ。戯画作家とか戯画士っていうんだけど。まあ、戯画本じたいはそんなにメジャーな娯楽ではないんだけど……」
「ラナは活字ばっかりの本は読めないしね。子供でも読めるような本しか興味ないんだよ」
「なっ! そんなことは……あるけど!」
自分の所有物をしわしわにされたメーロルはラナをしかりつける。二人のやりとりを尻目にわたしはぐっとガッツポーズをして、喜びを露にした。
よし、やったぜ!! これでわたしも漫画家になれる可能性がまだあるっ。異世界だけどっ。
二人がわたしを見て目を丸くする。
いきなりハイなテンションになったわたしを見て驚いているようだ。
しかし、これはやむを得ないじたいなのだよ。
こんなことあるとは思っていなかったしっ!
「メーロルどうしよう……リリィがおかしくなっちゃった……」
「腹痛が極限に達して、変なテンションになっちゃったのかしら……」
「…………まあ、けどこっちの方がなんだかリリィっぽいからいっか」
「うん、たしかに記憶をなくす前は毎日元気だったしね」
その瞬間、今後の方針が決まった。
漫画という文化がこの世界にあるなら話は早い。
失われた画力を取り戻してもう一度マンガを……いや、こっちの世界ではマンガのことを戯画本というらしい。
つまり、その戯画作家というのを目指せばよいのだ。
それがこの世界におけるわたしの人生の目的だ。
「リリィ、ところでさあ、描いてた絵もう一度、みせてよ! あのキリンの魔物が戦ってるやつ」
気を取り直したラナが、わたしの持っている紙束に手を伸ばそうとする。
ラナとメーロルは、テンションの上がりきったわたしにもすぐに順応したみたいだ。
さすがは昔から友人といったところだね。理解が早くて助かるよ。
「……あははは、何いってるのっ。あれは、ラナちゃんとメーロルちゃんだよ。キリンだなんて、おかしなこと言うんだからもう」
「ええ……? ぼくたち? どうみてもキリンにしかみえないんだけど……。ああっ! 痛い痛いっ。ちょっとリリィ、ストップストップ、ごめんって」
落ちていた木の剣を拾いあげ、笑いながら、しばらくラナの脇腹を小突き続けた。
こうして、わたしのこの世界での第二の人生が始まったのだった。