2
あれから5日たった。
調べた結果、わかったことがあった。
第一に、わたしが転生したこの世界はフィネゾニアというらしい。
フィネゾニア大陸にある大国の一つ、トートルペリ王国。
その中の比較的大きな村、ノイナ村。それがわたしが今いるところだ。
この世界には魔力が存在し、剣士や魔術師、魔導士といった職業が存在する。
いわゆる剣と魔法の世界というやつだ。どこにでもありそうな設定のザ・ファンタジーて感じの異世界だ。
多分、大勢の魔術師や剣士がドラゴンと戦うようなこともあるのだろう。
わたしはそんな物騒なことには興味がないが……
第二に、わたしはリーリア・ナ・ルレットという12歳の少女の体に転生してしまったこと。
リーリアの愛称はリリィ。村のみんなからリリィと呼ばれることが多かった。
聞いた話ではリーリアはかなりドジな性格で、運動神経もあまりよくなかったらしい。
わたしが転生してきたときも、ちょうど剣術の練習をしていて、こけて頭を打ったみたいだ。それで死んでわたしと入れ替わったのだろうか。
真相はわからない。
しかし、他人の体に転生とはいかがなものか。
いわばこの転生はいたいけな少女の体を乗っ取るような形で起きてしまったものということだ。理由はどうであれあまりいい気分にはなれない。
幸い生前のわたしの風貌とリーリアの風貌は似ているため、この体がしっくりくるというのは助かった点ではあるのだが……
第三に、リーリアには二人の幼馴染みがいて、わたしが最初に出会った彼女たちがそうだった。
幼馴染みの二人はそれぞれ、ラナとメーロルという名前だった。なんでも三人は剣士に憧れていたらしく、毎日剣術の特訓していたらしい。
正直、剣を振り回すなんて、やばんなことわたしなら絶対にしたくない。
リーリアという少女はそうは思わなかったらしく、熱心に二人と特訓を頑張っていたそうだ。
#######
「はあ、これからどうしよ。かえる方法なんてあるわけないよね……」
わたしは束ねてた紙と使い古された鉛筆を手にして、とぼとぼと畦道を歩いていた。
歩いた末、目的の大きな木のある丘の上までたどりつく。
ここは周囲より高さがあり、軒を連ねる村の様子や遠くで輪転する水車が見えたりと、一面の麦畑と相まって非常に景色がよい。
この5日の間に見つけたお気に入りの場所だった。
深いため息をついて、そこに腰をおろす。
「なんで、わたし死んじゃったんだろ……」
わたしはひどく絶望していた。
理由は当然、死んでしまったこと、それと異世界に放り出されたことだ。
たしかにわたしは生前、もし事故とかで死ぬんだったら異世界転生してみたいとか。
一生に一度でいいから異世界転移してみたいとか思っていたこともあった。
でも、それでほんとに異世界転生する羽目になると思うか普通?
周りに知ってる人はだれもいないし、マンガもゲームもスマホもない。
コンビニもAm◯zonもないからほしいものがあってもなんにもかえない、そもそもお金がない。
飯はまずいし、便所はくさいし、虫は100センチぐらいのデカさのやつが、夜わたしの寝床に襲撃しにくる。
夜寝ようとしたら、100センチの黒いウネウネがわたしの顔に張り付いてきた。
リーリアのお母さんが巨大なこん棒のようなものをふるって撃退する。
わたしはそのまま白目を向いて朝まで気絶する。
というのを5日間繰り返した。
水道は王都に行かないと通っていないらしい。
水は貴重なものらしく、体は井戸の水を組み上げて1日に一回流すだけだ。
わたしが普段愛用しているトリートメントとスキンケアローションは存在しない。
村で唯一の魔導士(自称)に水を出してくれとせがみにいったら、今日はもう魔力がないから出せないと言われた。
糞の掃き溜めのような世界だ。
「……ふえぇ、やっぱり全然うまくかけないし……」
そして理由はもうひとつある。
わたしは紙の束を開いて、眼下に広がった風景を描写しようと鉛筆を握る。がさがさと腕を動かした。
だが、何度線をひいても、うまくかけない。
幼稚園児が描いたような稚拙な絵が量産されるだけだ。
前世の記憶はちゃんとあるし、なんならこの世界の言語だってなぜか最初から理解できる。
なのにわたしの体は肝心な絵の描き方そのものを忘れてしまっている。
「リーリアちゃんの体だからかな……」
どうやら、わたしが生前持っていた能力はリーリアの能力によって上書きされているようだった。
思い出などのエピソード記憶は生前のものを引き継いでいるが、手続き記憶のような技能的な能力はリセットされているといったところだろう。
体がリーリアのものだから、能力もリーリア準拠だと考えれば解らなくもないが。
「これからどうしよう……どうやって生きて行けばいいのかな……」
わたしの夢は漫画家になることだった。
あのときトラックに引かれてさえなければ、その夢がかなっていたはずだった。
だが、その夢は完全に閉ざされてしまった……
絵の描き方を忘れたのであれば、また練習すればいいじゃないかと思うかもしれない。
でも、ここは異世界だ。
例え画力が復活したとしても漫画という文化がなければ漫画家にはなれない。
このファンタジーじみた世界にそれがあるとは到底思えない。
夢が叶うことはもうないのだ。
「……せめて最後に今週のジャンプとマガジンを買ってから死ねばよかったなあ」
「夢は必ずかなう!」
あの言葉は「異世界と幸せを呼ぶ剣」のメッキというキャラクターが発した言葉だ。
あれは嘘だったのか……
自暴自棄な気持ちになって、仰向けの体勢で寝転がる。
なんかすべてがもうどうでもよくなった。
「多分こっちだよ! 人生に絶望したような顔の少女が歩いていったっておっちゃん言ってたから間違いないよ」
「ホントにリリィちゃんなのかしら。有り金全部溶かしちゃった顔って言ってたし、リリィちゃん普段そんな顔しないとおもうんだけどなあ~」
「ほら、リリィって喜怒哀楽がめっちゃ顔に出るタイプだしさ。お腹でも痛かったんじゃない」
わたしがふてくされながら空を見上げているとどこからか話し声が聞こえてきた。
有り金全部溶かしちゃった人みたいな顔ってどんな顔なのかな……
有り金どころか、人生そのものを溶かしちゃったんだけど
とっさに起き上がり姿勢を正す。
丘陵の坂の下から、二つの人影がのぼってきたのが見えた。
どうやら来客のようだ。
「ああ、やっぱりここにいた!」
「探したんだよ。リリィの家に行ったら、もう外に出掛けたってきいたからっ」
見上げるとそこには二人の少女が立っていた。
一人は木でできた模造剣を両手に握りしめ、もう一人は肩から重そうな袋を引っ提げている。
「あ、えと……ラナちゃんとメーロルちゃん……」
少し戸惑って、二人の名を呼んだ。
「ふうう、疲れた。リリィちゃんはよくこんなところまで来れるね。いつもの練習場所から結構距離あるよ」
そう言ったのは、メーロル。本名は、メロール・リンラ・マリッジ。
長い茶髪と左右で結ったおさげが特徴の大人びた印象の少女だ。
普段はメガネをかけていることが多い。
「ホントそうだよ。よくここに一人で来ようって思ったよね。いままでのリリィだったら、必ずリリィの方からわたしたちの家に迎えにきてくれるくらい寂しがりやで、ぼくたちにべったりだったのにさ」
どこか寂しそうに言うのは、赤髪短髪のラナ。
本名はラナ・ミア・ルイスだ。
活発な印象を受ける威勢のいい女の子だ。
自分のことをぼくという所謂、ぼくっ娘である。
ラナは基本的にこの三人のなかではムードメーカー的な存在だ。
剣の腕前は三人のなかでは一番うまく、とても強いとメーロルが言っていた。
やってきた二人はリーリアの幼馴染みのラナとメーロルだった。
いつもの集合場所にこないリーリアをわざわざ探していたといったところだろう。
「んー、まあ、でも記憶喪失なら仕方ないよ。いきなりいろいろ忘れてしまって、道だってわからないだろうし」
「たしかにねえ……命があっただけでももうけものだよね」
わたしは頭をぶつけて記憶を失ったということになっている。
異世界からやってきました別人ですって言っても信じて貰えないだろうし、例え信じて貰ったとしても自分の友人の体を乗っ取ったわたしを許しはしないだろう。
だから嘘をつくしかなかったのだ。
「まあ、心配しても始まらないし、そのうち何かの拍子にふっと思い出すかもしれないしねっ。ほら、リリィ。リリィの分も持ってきたよ!」
ラナがそう言いながら、手に持ったブツをこちらに投げつけてきた。
ゴロンと重そうな音がして、その塊が目の前に転がる。
「リリィ、今日こそは一緒にやろうよ! 絶対面白いからさっ」
「ふえっ、ああ、それは……うーん」
やっぱりかと思って目を反らす。
昨日もおとといも、誘ってきたので、今日もおそらくはと思っていたが、予想どおりだ。
目の前に転がった物体は二人の持っているのと同じボコボコに凹んだ木の剣だ。
ようするに彼女たちはわたしと一緒に剣の練習がしたいのだ。
だから、わたしを探していたのだろう。
「いやあ、今日はちょっとおなかの調子がよくなくて……。だから、剣の練習は今日もできそうにないかな、なんて、えへへ……」
剣の練習なんてぶっそうなもの、参加するつもりなんて毛頭ない。
今日一人でここへきたのも半分は、彼女たちの勧誘から逃げるためだ。
「ええ~、ホントかなあ。昨日もおとといも同じような理由で断ってたよね。昨日は頭がいたいって、おとといは筋肉痛で腕が上がらないってさあ~」
ラナがいぶかしむような目をしてこちらに顔を近づける。
「ふふふ、ラナがいっつもリリィちゃんのことボコボコにするから、練習が嫌になったのかもしれないね」
「なっ! ちょっと、メーロル、何いってんのさ!」
どうやら、リーリアは普段練習でボコボコにされていたらしい。
いじめかな? とても不憫だよ。
「本当のことでしょ。ラナは強いくせに手加減とかしらないし」
「むー、それを言うならメーロルだってリリィのこといつも気絶するまでぶっ叩いてたじゃん!」
あれどういうこと? 三人はいつも一緒にいる仲良しの幼馴染みだったんじゃなかったの?
今の話を聞いている限り、虐待を受けていたようにしかきこえないんだけど……
「あの……わたしやっぱり練習はパスで」
ゆっくりと手を上げて、二人の会話から遠ざかろうと試みる。
二人と一緒に行くなんて自殺行為に近い。
「ほら、メーロルのせいでこう言ってるじゃん……」
「わたしは本当のことを言っただけだよ。だって、ラナいつも手加減なしで、わたしのこともボコボコに殴るんだもん」
剣の練習ときくと何だか異世界っぽくて聞こえは言いが、話をきく限りただの殴りあいだ。
なぜ、知らない世界にきて落ち込んでいるときに、殴り会いをしなければいけないのか。
「はあ、まあ仕方ないか。とりあえず二人でやろう。ぼくたちの練習を見せたら、かっこいいってやる気をもどしてくれるかもしれないし」
「そうだね。今日はちょっとは手加減してよね!」
二人はわたしの勧誘をあきらめたようで、肩に背負った荷物をおいて向こうに歩いていく。
ラナは去り際に「けど、やっぱりリリィ変わっちゃったよね。前なら剣術の練習と聞けば、嵐のときでも高熱を出していてもどんな状況でも目を輝かせて、やったあーって参加してたのにさー」なんて愚痴をこぼしていた。
リーリアっていたぶられて喜ぶタイプの人だったのかな……
ちょっと心配だよ……