15
「ちくしょう……どうしたらいいの……一体……」
頭を抱えて、さっきと同じベンチに座る。
一体どうしてこうなった?
ただわたしは、【戯画士の集い】に入りたかっただけなのに。
気がついたら、剣術部に入部させられて……
いや、原因はわかっている。
剣士ミハニア。
やつのせいだ。
やつが裏で糸をひいてわたしを罠にはめたからこうなった。
そもそもの原因は半年前、ミハニアと村であった時にやつの口車にのってしまったことだ。
上手い話には裏があるとわかっていたはずなのに。絶対に何かあると警戒していたはずなのに、みすみすやつの策略を許してしまったわたしが原因なのだ。
「誰かと握手したら、タイムリープできる能力……わたしにもそんな力があったらなぁ……」
だが、今そのことを考えても意味はないだろう。
原因がやつだったとしてわたしにはどうすることもできない。
過ぎてしまったことはどうにもならないし、あのフードを被った女が仮にミハニアだったとしても、こちらからやつとコンタクトを取る方法は一切ないのだから。
「だとすると、やっぱり先輩を剣で打ち倒すしか……」
アベリア先輩を剣で打ち倒す。
それは戦いを意味することだ。
剣を使って相手を武力でねじ伏せる。
わたしにはわかる。
アベリア先輩は恐ろしいくらいの強者だ。
あのアリスと比べても比較にならないくらいに。
先輩の動きは一瞬しか見えなかったが、それだけでアリスとは比べ物にならない剣術の腕をもっていることがわかった。
全ての動きが洗練されていた。
アリスの剣術がまるで子供のものだと言えるぐらいには……
「そんな相手に勝てる気なんてしないよ……」
いかにわたしの魔力が建物を壊すくらい強大だとしても、付け焼き刃で手に入れたこの力で先輩のような”本物の剣士”に太刀打ちできるとは思えない。
観察眼に優れていた”生前のリーリアの能力”を引き継いでいるからこそ分かることだ。
「それにわたしは……下手すればまた人の命を危険にさらして……」
それにわたしは自分の力量についてわかっていないところがたくさんある。
万に一つ、何かの間違いでわたしが勝つようなことがあったとしても誰かが大怪我することは避けられないだろう。
下手すれば死んでしまうことだってある。
それはわたしかもしれないし、先輩かもしれない。
もしくは戦いに巻き込まれた第三者かもしれない。
何にせよ、先輩ほどの圧倒的な実力者と、わたしのような強大なパワーを持つ者が戦って、何もかも無事で済むなんて絶対にありえない。
「せんぱいっ、こんな感じですか?」
「うーん、ちょっと弱いかな? 体の奥の魔力を意識してみて」
「あの、私の方も見てください!」
目の前の開けた場所でローブを着た人たちが杖のようなものを振るって、何やら作業をしている。
「君は思い起こす魔方陣を頭の中でもっと鮮明に描いてみて」
「はい!」
「せんぱい……こんな感じですか?」
「そうそう! そんな感じ、そんな感じっ」
先輩と思わしき人が周りの人に何かを教えている。
みんな杖の先にはまばゆい光が灯っている。
昼だというのに、かなりの明るさだ。
魔術の練習?
ということは魔術部の連中かな?
みんな仲が良さそうでほほえましい限りだよ。
「わたしも、もし戯画士の集いに入っていたらあんな感じだったのかな……?」
ぼんやりと杖の先の光を見つめながら、漠然と考える。
ならば、わたしはどうすべきか。
この学園のルールとして所属できる部は一つまでと決められている。
すなわち、剣術部に入ったら、【戯画士の集い】にはもう所属できないということだ。
だが、剣術部に入れと脅されている上に、【戯画士の集い】の場所さえわからない。
そして、アベリア先輩と戦って勝利するという選択肢は限りなく不可能に近い。
である以上、わたしの取るべき道は決まったも同然だろう。
「はあ……剣の練習なんて、野蛮なことしたくないよ……」
特大のため息をついてしなだれる。
ずっとフィクションの中だけだと思っていたこと。
それが現実のビジョンとなってわたしを蝕む。
「きゃあああ!! だ、大丈夫ですかっ!!? あなた!?」
「魔術師の先生を!! 回復魔術の先生を誰か呼んで!!」
「えっ? 何……?」
うつむいて地面を眺めていると、前から悲鳴が聞こえてきた。
魔術の練習をしていた人たちが何やらパニックになっている。
何か起きたのかな?
魔術で失敗してケガ人が出たとか?
けど、そんなに危険な魔術を練習していたとは思えないんだけど。
「あなた、どうしたの!? そのケガ! 血まみれじゃないの!?」
「あの通して下さい。……いかなきゃ行けないところがあるんです……!」
「そ、そのケガでどこに行くっていうんですか? 治療をうけないとっ」
「いいから放っておいてくださいっ。ちょっと転んだだけだからっ」
どうやら、ケガをしている人がいて、ケガ人と周囲の人でもめているようだ。
おそるおそる近寄って顔をのぞかせる。
学園ではお尋ね者のようなのであんまり声はかけたくないんだけど。
そうも言ってはいられない。
もしケガをしている人がいるなら、人手は多い方がいいし。
「あ、あの? どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「いや、それが……ひっ」
後ろから声をかける。
わたしに気づいた魔術の人たちがびびって距離を取る。
そうすると声に反応して意外な人物がこちらを見ていた。
「うっ、リリィ……?」
「え……? ら、ラナっ!? ど、どうしてここに!?」
そこにいたのは血まみれで傷だらけのラナの姿だった。
ど、どういうこと!?
ラナはさっき先輩にこてんぱんにされて、保健室に連行されたはずじゃ……!
「ら、ラナ? なんでここにいるの? 先輩の取り巻きたちに保健室に連れていかれたんじゃ!? それにそのケガ……!!」
「ぬ、抜け出してきたんだよ……大したケガじゃなかったからッ」
大したケガじゃない……?
どう見ても、血まみれで重症だ!
一体何が目的で抜け出してきたんだ?
この子はっ!
「安静にしておかないとっ。そのケガで動くのは無理があるよっ!」
「それよりメーロルたちがすでに戦ってるはず。早く助けに行かなくちゃ!」
「え……?」
何を言っているんだ?
戦ってる?
一体何と?
状況が全然わかんない。
「アベリアさんは相当手加減してぼくたちを攻撃した。斬られたのは表面の浅いところだけ……おかげでぼくたちはまだまだ動けるっ。メーロルやハゲの人が先にリベンジしに向かってるんだ! アベリアさんを打ち倒すためにっ……! ぼくは脚の傷のせいで出遅れたけど。必ず追い付いて一緒に戦うって……!」
ラナは必死の形相で捲し立てた。
非常に強い目をしている。
「ちょ、ちょっと待ってそのために脱走したの?!」
「そうだよっ! あの人ともう一度戦うためにみんなで抜け出して来たんだッ! このままじゃ終われないからッ!」
「その傷で戦うなんて無茶だよっ!」
「無茶でもなんでも! 動けるんだったらやらなきゃ! 」
もう一度、先輩と戦うために脱走したのか!
しかも、メーロルや他の人たちまで!
しかし、いくらなんでも無理がある。
たしかに先輩は手加減して攻撃したかもしれないが、傷を見る限り重症だ。
今見てわかったが、ラナの傷は腱や筋などを狙ってつけられたものだ。
正直立っているのも辛い状況のはずだ。
なのにどうして?! こんな無茶を!
「それにアベリア先輩はアリスなんかとも比べ物にならないくらいに強いって! ラナたちでは絶対に勝てない存在だって! さっき戦ってわかったはずだよ!? そうまでして何で戦おうとするの!?」
実際にアベリア先輩と戦って、自分たちの体で身を持って理解したはずだ。
戦っても意味ないって。
何度戦っても、同じ結果だって。
何を考えているんだ! ラナは!?
「それは……わかってる……わかってるけどっ」
ラナは両手を地面について、うつむいた。
しかし、次の瞬間には落ち着いた表情でゆっくりと口をひらいた。
「ねえ、リリィ……? アベリアさんが今どこにいるか知ってる?」
「え……?」
唐突に……
なぜ今そんな質問をしてくるの?
「ええっと、多分あっちだけど……」
何となくあっちの方向から気配がする。
ふいに聞かれたのでとっさに指さした。
もしかして、わからないから聞いてきた?
なら、答えない方がよかったかな。
「そうだよね……やっぱりリリィもわかってるんだ」
だが、そんなことはラナもすでにわかっていたようで、とりたてて反応する様子もなかった。
だったらなぜ聞いてきたんだ。
「ぼくさ、アリスやアベリアさんと戦ううちにわかるようになったんだ。相手の力っていうの? オーラっていうか気配みたいなものが」
ラナもわかるのね……気配みたいなもの。
わたしの場合、分かるっていっても本当に微々たるもので、ほぼ直感に近いものだが。
「これってさ、多分魔力だよね?」
ラナはゆっくりと言った。
「ま、魔力?」
意図しない意外な言葉に呆気にとられた。
というかこの気配みたいなものって魔力によるものだったのか
その発想はなかった。
そう言えば、今まで気配を感じた時も、ミハニアの野郎やアベリア先輩のような強い魔力を持っていそうな人に対してだった気がする。
だったらたしかにその通りなのかもしれない。
「アリスやアベリアさんと戦ううちに、体の奥に何か力が眠ってることに気づいたんだ。奥から沸き上がってくるような、活力を感じる不思議な力があることに……すぐにわかったよ。これが魔力なんだって……」
ラナもそうだったのか。
強い人と戦うことによって、内に秘める魔力に気づくってのは共通の認識なのかもしれない。
「めっちゃ嬉しかった! 噂には聞いてたけど、これが魔術や武術で強い人がみんな持ってるとされる魔力なんだって! ぼくにも潜在的な魔力があったんだって! 」
ラナは嬉々として語る。
しかし、わからない。
結局、彼女が何を伝えたいのか。
「でもさ、同時にわかってしまったんだ……アリスやアベリアさん、他の人たちとの間に圧倒的な実力差があることに」
「え……?」
「魔力に気づいたとたん、今まで見えなかった周りのいろんなことがわかるようになったんだ。あの人たちの魔力は圧倒的で、ぼくの魔力は足元にも及ばないほど小さくて……ぼくはいかにちっぽけな存在だったのかということがッ!!」
「だったらなんで……」
だったら、なおのこと先輩と戦いたくないって思うはずだ。
そう思うわたしにラナは言い放った。
「それでも約束したんだ……ぼくたち三人で、剣士になるって! 剣士になって世界最強を目指すんだって! そう誓ったから!」
必死で訴えるラナの目には涙が浮かんでいた。
三人で誓った……
どういうこと……?
わたしはその時のことについて何にも知らない。
その時、その場にいなかった……
「リリィは覚えていないかもしれないけど、昔ぼくとメーロルはリリィに誘われて、剣士を目指すことを決めたんだ。親の教育でうんざりしてたぼくとメーロルをとなり街で開催される剣士の野良試合に連れていってくれて……そこで目を見張るようなすごい剣技を見せつけられて、憧れて……
「リリィが三人で剣士を目指さないかっていって、2人の両親も剣士を目指すなら、過度な教育は諦めるだろうっていって……
「その時、リリィが言ってくれたんだよ? 夢は必ず叶うからって」
夢は必ず叶うから……
あまりにも月並みな言葉だ。
誰もがどこかで必ず一回は耳にしたことがあるような普遍な言葉。
わたしにはとても特別な言葉に聞こえる。
しかし、思い出せない。
どこで見たんだっけ? それとも聞いたんだっけ?
「リリィは全部忘れちゃって、もう剣士に興味がないのかもしれないけど……
あの時の思い出、あの日三人で誓った約束がぼくにとっての宝物なんだっ。そして、あの時に見て憧れた剣士の姿がぼくにとっての全て。だから、剣士になる夢を捨てることはできないっ! 何度やられたって諦めることなんてできないんだ!」
例え、リリィが変わっちゃって、三人がバラバラの道を行くことになっても、ぼくだけは剣士になってみせる。
そんなことをラナは口にした。
ただただ、胸が痛かった。
そんな過去があったのか。
そんな強い想いも……
何にも知らなかった。
考えてみれば当たり前だ。
わたしは本物のリーリアではないのだから。
そして、何より今の言葉を聞いてもこれっぽっちも理解できなかった。
それも当たり前だ。
だって、わたしは……
ラナが声をかけた相手は……リーリアではない
まったく別人の誰かなのだから……
「だから、ごめん……はやくいかなきゃ……」
憧れの形は様々だ。
だから、どれほどラナがその時の約束を大事にしているかは感じ取れる。
おそらく妥当な動機であることも……
だが実際にその場にいなかったわたしにはわからない。
三人のかけがえのない時間に何があったのかを。
わたしはリーリアという人物の体を奪ってしまったドッペルゲンガーだ。
ラナたちを騙してここにいる。
ラナが約束した相手はもうここにはいないんだ。
その事実がまるで、わたしが三人の絆に不当に入り込んだ異物である、と言っているかのような気がして後ろめたい気持ちになった。
「ごめん、ラナ……ごめん……」
魔術の練習していた人たちが、動きを止めながらも興味深そうに聞き入っている。
「何でリリィが謝ってんのさ……」
その隙間から這い出るように歩きだすラナの前にたち、進路を妨害した。
「それでも、ここを通すわけにはいかないよ……」
せめてもの償いだ。
そう思った。
「なんでっ!? 今の話聞いてなかったの!? そこを通してよッ!!」
「やだ……」
「なんでだよっ!? もう合格したリリィには関係ないことじゃん!!」
たしかにそうかもしれない……
わたしには関係ないことかもしれない。
けど、関係あることなんだ。
「関係ないことじゃない……これ以上ラナが傷つくところみてられない。それに……」
それにわたしはリーリアじゃない、
本当は……
なんて言えるはずもない。
「わたしがラナの変わりにアベリア先輩のところに行くから……」
ラナは意外な言葉に目を丸くする。
はじめから、全て自分たちだけで解決するつもりで、第三者の介入なんて微塵も考えて微塵にも考えていなかったようだ。
「そ、それってリリィが変わりに戦ってくれるってこと?」
変わりに戦う……か……
わたしは答えない。
沈黙を貫いた。
「とにかく、大人しくしてて……周りのみなさん、回復魔術師を呼ぶか、保健室に連れていって上げて下さい。お願いします」
ただそれだけを周囲の人たちにお願いした。
驚きつつも、頷いてくれる。
ラナも溜飲を下げて引き下がった。
後は、メーロルたちを連れ帰るだけだ。
無事だといいが……
気配のする方向に歩きだす。
「お願いリリィ……アベリア先輩を倒して」
ラナがわたしの背中に、何か呟いているのが聞こえた。
「…………」
結局、みんな戦うことしか考えていないんだね……
わたしは聞こえないふりしてその場を去った。




