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10(世界の終わりと青信号)

 ――その電話に気づいたのは、勤務時間が終わって帰ろうとしているときのことだった。

 もちろん、職場では呼び出し音は切ってあるので、気づくことはない。着信は三回で、どれも同じ相手からだった。

 携帯の画面には、それは志花の家からだと表示されていた。携帯ではなく、彼女の自宅からの電話だ。

 僕はいつものように市役所の裏口から外に出て、そこから電話をかけた。遠くの空にも、近くの街路樹にも、世界にはいつもと同じように大急ぎで後片づけをするような気配があった。まるで帰港した船が帆を畳み、碇を降ろしているみたいに。

 呼び出し音が、何度か続いた。信号は赤になったところだった。車は耳障りな音を立てて通りすぎ、少し冷たい風が吹いていた。歩道の向こうを、部活帰りらしい近くの高校生が、何人かふざけながら歩いている。

 しばらくして、通話がつながった。

「――――」

 僕は相手と、短いやりとりをした。思ったとおり、相手は志花ではなく、母親の衣枝さんだった。僕はうなずいたり、簡単な質問をしたり、いくつか確認をしたりした。

 電話を終えたときには、信号は青になっていた。

 青――進んでよし、進むべき、あるいは、進め。

 でも僕の足は、地面にくっついてしまったみたいに動かなかった。これでは、世界そのものを動かさないかぎり、僕はどこにも行けなかった。でも地球ごとその体を動かすことなんて、誰にもできはしない。今なら帆柱に体を縛りつけたりしなくても、危険な海の上をやりすごせるかもしれなかった。

 自分の体によく言いきかせるために、僕はさっきの通話内容を頭の中で反芻した。

 僕の耳が確かなら、その電話は志花が倒れたことを伝えていた。

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