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魂の舟 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 魂の重さは21グラム。

 そういう実験結果が広まって、もう100年以上が経っているのよね。でもあくまで仮説、魂の重さは科学的にまだ立証はされていないみたい。

 21グラム。言葉だけ聞いて、それがどれほどの重さだか想像できるかしら。

 私ははっきり刻んでいる。そら豆4個分。小さいころにおばあちゃんが、お裏の庭からとってきて、見せてくれたから。その時のことを、ずっと覚えているの。


 そして、おばあちゃんは魂のありかについて、幼い私にひとつ教えてくれたことがあるんだ。いま思い出しても、不思議な話。

 つぶらやくんのネタになりそうだけど、聞いてみない?



 幼いころの私は、おばあちゃんに尋ねたことがある。

 死んだ人がお星さまになるのは、どうして? と。

 おじいちゃんはすでに亡くなっている。その時にお母さんは、「おじいちゃんはお星さまになったのよ。お空からあなたを見守ってくれるのよ」と教えてくれたんだ。

 表向きはうなずいた私だけど、心の中ではどこか納得がいかない。

 同じ見守ってくれるなら、どうして地上にとどまってくれないのか。どうしてお空のような遠いところへいってしまうのか。


 早くも相手の顔色をうかがうことを覚えだした私は、一度諭してくれた人へ質問を返すことはしない。代わりに別の人へ尋ねるようにしていたわ。

 その相手がおばあちゃん。お母さんに聞かれないよう、二人きりになれる時間と場所で、私は疑問を投げかけた。

 すると、おばあちゃんはこう答えてくれる。

 生きている間、魂は体という入れ物に護られているから、地上にいられると。

 私たちの毛、皮、肉、血液、水分、神経その他もろもろに至るまで、すべてが身体を動かす力であり、魂をかばう鎧。

 魂そのものは非常にもろく、汚れやすい。ゆえに清浄な空気の待つお空へ向かうのだと。だから悪いことをした魂は汚れをこびりつけ過ぎて、地面のずっと奥。地獄へ向かうイメージをもたれるのだろうと。


「じゃあさ、じゃあさ。魂だけになれたなら、お空を飛ぶことができるの?」


 私の言葉に、おばあちゃんはちょっと困った顔をした。

 もしかしたら、私が自殺をはかるんじゃないかと、思ったのかもしれない。生前のおじいちゃんに私はだいぶなついていたからね。

 でも、私にそんな気はない。「もっといい子になって、またおじいちゃんに会いに来な」って、亡くなるすこし前に言われたからね。

 生きている限り、いい子になり続けなきゃ合わせる顔がないもの。だから純粋に、魂だけでお空を飛べるのかという質問だったわけ。

 

 

 で、おばあちゃんが思案の末に、持ってきたのが件のそら豆4つだったのよ。

 私をともなって、豆を4つ準備したおばあちゃんは、重さを測る。きっちり21グラムであることを見せた後、ボウルに豆たちを入れてラップをし、自分の寝室へ持ち込んだ。

 そうして言葉を継ぐ。「ならおばあちゃんが、空を飛んでみせる」とね。

 おばあちゃんは早寝早起き。私が寝るよりも一時間以上早く、床へ入ってしまう。だから私はおばあちゃんの寝室で、眠りにつくときまで一緒にいたの。

 おばあちゃんは、昼間にとったそら豆をテープで自分に貼り付けていく。おへそを中心に四角形を描き、その四隅を豆たちが陣取るような形でね。


「彼らがおばあちゃんの心胆、いわば大事なところを支えてくれるのさ。魂の代わりさね。そうすればおばあちゃんは生きながらにして空を飛ぶことができる。」


「布団と一緒に持ち上がるの?」


「いんや、意識だけさ。とはいえ、それじゃあんたには信じられないだろう。

 そうだねえ、おばあちゃんが寝息を立ててから30分したら、さそり座のアンタレスを見上げな。おばあちゃんが手を入れてやるから」


 そう告げて、自ら明かりを消して10分足らず。おばあちゃんは静かに息をするばかりになり、顔の前で指を鳴らしても一切の反応を見せなくなった。

 部屋を出た私は時計を確認。30分経ってから、アンタレスを見やる。

 夜空に浮かぶ、いっとう赤い星。この時期はとても目立ってすぐに見つけられたけど、不意にその赤がまぶしくなったように思えたの。

 つい顔を背けちゃうけど、まなこの奥に像が残っている。私は妙に思いながらも、寝るまでにテレビをつけながらお菓子を食べて、たっぷり2時間ほどゆったりして、遅めに布団へ入ったの。


 次の日、私が起きて二階から降りてくるのを待っていたように、ちょうどおばあちゃんと顔を合わせた。

 そっと寝間着のお腹をめくってくれる。昨晩、貼り付けた4つのそら豆、元は薄緑色だったそれらが、完全に黒くなってしまっていたの。

 おばあちゃんは、そら豆が魂のお舟になってくれたと、話したわ。それに乗っておばあちゃんは空へ行ってきたのだと。

 その証拠といわんばかりに、おばあちゃんはあずかり知らないはずの、私は寝る前に見たテレビ番組とお菓子の銘柄さえ、ぴたりと的中させてきた。

 いわく、お空からなら見えるとのこと。


「でも、まだあんたには早い。もっともっと大きくなってからにしなさい」


 さすがは夫婦というか、おじいちゃんと同じようなことを口にする。


 ――大丈夫、早まったことなんかしないよ。ただちょっとマネをするだけ。


 その晩、私はおばあちゃんにならって、そら豆を用意した。

 4粒で21グラム。セロテープでおへその周り、4隅を四角く抑える。あとははがれないよう、そのまま布団の中へそうっと横になったわ。



 その日の夢ははっきり覚えている。

 私は視界いっぱいの夜空をとらえていた。少し顔を左へ向けると、私の身体に数倍する赤く大きな光が、手を伸ばせば届きそうな距離にたたずんでいる。

 私は指で、光をつんとつついてやる。熱も重さも感じず、図体に反して幕に触れたようなかすかな手ごたえとともに、光は揺れた。

 押されて奥へ、戻って手前へ。私に触れない程度の小さな振り子運動。それを見て私は、おばあちゃんと同じことができたんだと、顔をほころばせちゃったわ。


 でも、落ち着いていられたのはそこまで。

 ほどなく、私はある音を耳にする。アニメとかで誇張されて聞こえる、げっ歯類が実をかじるときの、こりこりという音。

 私はこのとき、ようやく気付く。腰より下を自力で動かすことができないことに。

 そして私のつま先より脛にかけてが、ぽろぽろと崩れて行っていることに。

 握りつぶしたカステラのように、細かい粒となって下へ落ちていく両足を、私はただ見ていることしかできない。腰は曲がらず、そのまま伸ばす手では、崩れる箇所へとうてい届かなかった。

 痛みもない。ただ私は崩れ落ちていく、自分を見守るしかなかったの。


 ――悪いことをした魂は汚れをこびりつけ過ぎて、地面のずっと奥。地獄へ向かう……。


 おばあちゃんの言葉が頭をよぎって、にわかに私は涙がなじみそうな思いにかられる。

 やっぱり、私がやるには早かったんだ。これはその報いなんだって。

 夢の中で涙があふれ、視界を完全に歪ませたとき……私は布団の中で目覚めていたの。


 すぐ寝間着をめくって、お腹を確かめる。

 4つつけたお豆のうち、3つは黒ずみながらも貼りつけられたまま。でも、残りの1つはどうしても見つからない。

 布団の中、部屋の中、背中側へ落ちて私が踏みつぶしているわけでもない、行方不明だった。私は他3つのお豆もすみやかに処分し、もう同じことをやりはしなかった。


 それから十数年の時が経って。

 私はお医者さんに指摘されたことがあったの。子宮の外側に筋腫ができている、とね。

 大きさは数センチ。自覚症状はなかったけれど、もし大きくなって、ひどい症状が出るようなら手術も検討してください、とのことだったわ。

 身の程をわきまえずに飛ぼうとした、バチなのかしらね。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんとも不思議で、少し怖くて、そしてロマンチックなお話なんでしょう。 おばあちゃんは本当にお空を飛んだんでしょうか。魂の重さの話からこんなストーリーが展開されるなんて、感動しました。 まるで…
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