プロローグ
俺は後悔の真っ只中にいた。
一つのことしかしてこなかった。勉強しかしてこなかったのだ。
だが社会出てしまえば、勉強ができる人間は幾らでもいる。そんなことを就職してから気が付いた。企業で朝から晩まで扱き使われ自由な時間もない。
起きて仕事に行って寝る。休日は特にすることもなく寝て過ごすことで終わってしまう。
頭の中では理解している。
何か出来ることを探して、行動すればいいのだ。
その何かを探すにはどうすればいいか。
簡単だ。手当たり次第に色々やっていけばいい。そうすれば自分に合ったものがきっと見つかるはずだ。
後は行動すれば良いだけだ。
「……だるい」
布団の中から一歩も出ようとしない。やはり一人だけではどうしても行動しようとは出来ないものだ。
季節はまだ冬。外に出ればまだ寒い。
せめて誰か友達がいたなら変わっていたのだろうか。
「もっと人間関係を築いていたなら」
そんな言葉が自然と溢れおちる。
俺はすべてを勉強に捧げてきたのだ。休み時間。周りが喋っている中黙々と知識を高めるため参考書を読み、休みの日は勿論勉学に打ち込む。そんな青春を送ってきた。一人で何かをすることがほとんどだった。だから……。
いや強がるのをやめよう。一人でいたのではなく、一人でいるしか出来なかったのだ。
幼少期から勉強ばかりやっている甲斐もあってか、学年でもトップの成績を出していた。
勉強ができることがクラスに知れ渡ると、気が付くと俺は人気者になった。
だがそこに目を付けられた。勉強しか取り柄がなかった俺はどうすることもできなかった。
気が付けば俺の周りには誰もいなくなっていた。クラスの中ではのけ者にされ、机が隠され、出席で名前を呼ばれるたびに周りに笑われる。
学校の体育の時間で並んだ前後でペアになれといわれると、何故か俺だけ一人になるように仕向けられ、教師とペアにされる始末。
体調も崩しがちになり、休みがちになった。だがここで、引きこもると負けだ。
そう思い、取りあえず学校に行き続けることにした。それが小、中、高と続いた。
高校も運が悪かったのだ。あえて地元から離れた高校を選択したのに小学、中学と同じだったクラスメイトも同じ学校だったのだ。
人の噂はあっという間に広がるもので、一ヶ月経たずして同じ環境になった。
そこで転校してしまえば良かったのだ。だがそこまで勇気がなかった。
しかし、俺は有名な大学に進学し、卒業した。
結果は今の現状だ……、勉強が全てではない。今だったらこの言葉の意味を理解出来る。
「……生まれ変わりたい」
出来れば剣と魔法の世界で、そんな世界で夢と希望のファンタジー生活を送りたいものだ。この世界に夢などなく、あるのはただ生きているだけの現実のみ。
もしもそんな世界があったならもっと楽しい生活が送れるかも知れない。
この世界のように大まかの形ができあがっている訳でもない世界。
いいやそんな世界じゃなくてもいい。
この腐った世界のように見せかけだけの世界ではなく、見せかけすら碌にない世界、
その方がよっぽど生きやすい。
大人の可能性という安い言葉に騙されることもない。子供の夢を応援すると見せかけ、金を儲ける大人達もいない。
そんな世界に憧れる。
「って、そんなことを考えても仕方ないか。取りあえず飯でもコンビニで買ってくるか」
一人でいるとどうしても色々と考え込んでしまう。今日は特に予定もないのでコンビニで昼ご飯と夜ご飯になるものを買ってきて部屋で一日暮らすことにした。
一人暮らしで住んでいるアパートから出て、コンビニまで歩いていると、嫌な人物と出くわしてしまった。
それはクラスで虐められるようになった現況。
元クラスメイトの男だった。彼は今は遠く大学に行っている。実家に帰ってきたのだろう。
出会う確立は非常に低いはずだ。何か因縁でもあるのだろうか。
彼以外も人がいる。片方は知っている。彼の妹。確かスポーツをやっている。だからなのか髪はさほど長くはないショートボブだった。恐らくすっぴんなのだが、それでも町ですれ違ったなら一度は振り返ってしまうほど容姿が整っている。
その彼女とは対照的な女性がいた。バッチリとメイクを決め、もはや本当の容姿など関係がない。だが彼のことだ、不細工な人間と付き合うことはしようとしまい。彼と腕を組んでいる所を見ると彼女だろう。地元に帰ってきたのは大学でできた彼女を親にでも紹介しに来たのだろうか。
「久しぶりだな。元気にやっていたか」
俺に気が付くと、いい話のネタを見つけたとばかりに近づいてきて話かけてきた。
本当は無視して立ち去りたい。だが喋りかけられたのに無視なんてすれば、あの頃と何も変わらない。
「……久しぶり」
俺は決意を持って返事することにした。嫌な思いするとしてもたかが数分ですのだ。
それならばわざわざ背を向け逃げることによりそれを振り返って嫌な思いするよりも良いだろうと思ったのだ。
「誰なの、誰なのあんたの友達か何か?」
彼と腕を組んでいる女性が問いかけると。彼は。
「そんなわけないだろう。こいつは俺の……」
そう考え込み。
「玩具だ」
そう言った。その言葉に納得してしまった。確かにそうだ。こいつにいつもいいようにネタにされ、笑いものにされる。そして青年が嫌われるほど彼が好かれていく。どう考えても理不尽な関係。
「そっか、玩具か。流石は私の彼氏。人を玩具にするなんて普通は出来ないよ。人の心を掴むが昔から上手かっただね。やばい私惚れ直したちゃった」
「だろ、もっと惚れ直しちゃっていいぞ」
じゃれ合うカップル。
いかれてやがる。人のことを玩具にしていたと聞いて惚れ直すなんて可笑しい。いやそうとも言い切れないか。上に立つ人間と言うのは憧れ抱いてしまうものだ。それは生物として当然のことだ。俺のような弱者に付く人間はいない。
誰もが自分のために動く世の中なのだ。自分さえ良ければそれでいい。
今までだってそうだった。俺の気持ちなど関係なく、話が詰った時の笑い種。
芸能人の悪口を言って喜ぶような、そんな感覚で俺は使われてきた。
だが。
「何を言ってるんだ。俺はお前の玩具になった覚えはない。相変わらず口だけは減らないな」
言いたいことははっきりと。
堂々と。これは昔から変わらない。どんな状況でも言いたいことは相手の目を見て言う。
陰口ではなく、相手の前で堂々と言う。これが青年の決意だった。
「あ、ああん。何口答えしてんだよ!」
元クラスメイトの怒鳴り声と共に拳が飛んでくる。そう暴力。これこそが彼の恐ろしい所だった。自分に刃向かってくるものには暴力を持って制圧する。
しかしここは田舎とはいえ町中である。誰かが警察に追放するだろう。そんな淡い期待をしていた。だが誰も関わろうとはしない。交差点の近くで、人が多くとはいえないがそこそこいる。だが誰も連絡を取ろうとはしなかった。
これは昔と一緒、これは学校であろうが違う所であろうが同じことなのか。そんなことをまたしても知った青年だった。
どいつもこいつも傍観者気取り。時間がないのに面倒ごとに首を突っ込むことなどするはずもない。
それならば、やり返すしかない。殴られるだけではなく殴り返せば良い。
そう思い、拳を握り殴りかかって見たがその拳は誰に当たることもなく宙に舞う。俺は運動神経が良くても喧嘩はもの凄く弱い。
もしも喧嘩が強ければそこまでいじめられることもなかったのかも知れない。
「弱い、弱い、弱すぎる! 何も変わらね~な。お前は弱いままだ」
一方的に殴りつけられる。
だけど今更心が折れることなどない。
「ったっく。その目だよ、どんなに殴っても、殴っても、その反抗的な目は変わらないな。ああしょうもね~」
そう言うと、もう用はないとばかりにこの場から立ち去ろうとする。それに付きそう様に二人の連れも歩き出す。
格好悪いな。
これでは前と一緒だな。何年経っても、過去から逃れることは出来ていない。
殴られ仰向けに倒れた俺は青空を眺めて思った。
あいつ死ねば良いのに。
まあそんなこと考えても意味がないことは分っているけども。
身体を起こしあいつらが向かった先に目を向ける。さほど距離はない。数メートルぐらいだ。信号が赤になったので待っているのだろう。
青年も信号を渡りたいのだが、一刻も早くあいつから離れたい。踵を返して他の道を行こうとした。
そのときだった。
トラックがこちらに向かって突っ込んで来るのが分った。運転手はハンドルに俯せになっているようで意識がない。脳梗塞や心臓発作だろうか。いやそんなことよりもこのままだとこちらに突っ込んでくる。ガードレールが運悪くない。俺は運良くその場にいれば跳ねられることもないが前で信号を待っている三人は違う。
いい気味だ。これが因果応報というものだろう。助ける必要なんてない。
自分を嬲って辱めきた男とそれと連んでいる奴らがどうなろう知ったことじゃない。
でも。
青年の身体は咄嗟に動いていた。考えるよりも先に。動き出していた。
スムーズに元クラスメートのところまでたどり着く、もうトラックが後ろに迫ってきているのを感じる。
押してしまえば、前では走っている車に跳ねられその場いればトラックに跳ねられる。
後ろに引くしかない。
彼らの手をとり、後ろに引く。すると入れ替わるように俺がトラックに跳ねられた。
俺の身体は空中に投げ出され、視線はぐるぐると回る。
何やってるんだ、俺は? どうして助け必要があった。
今まで散々言いようにやられてきたんだぞ。
ここで見殺しにしても誰も文句は言わないだろ。
どうして、瞳の中から痛みからなのか、悔しさからなのか涙が溢れ落ちた。
そして何時までも飛び続ける鳥がいないように俺も地面に身体を付ける。
二度目の衝撃に止めていた息が吐き出させる。
「っくっは」
手足があらぬ方向に向いている。彼らはどうなった。助かったのだろうか。
最後の力を振り切るように視線をそちらに向ける。
そして俺は再び思った。
何やってるんだ!? 俺は。
そこにあった光景は俺と同じように手足があらぬ方向に向いている彼の妹の姿があった。
一番助けるべき奴だろうが、何もしていない奴を助けられず、俺をいじめてきた方を助ける。これでは報われるに報われないじゃないか。
そんなことを考えながら俺は意識を失った。
俺が意識を取り戻すと、あまりにも明るくて目を開くことが出来なかった。
しかし耳は聞こえる。何か焦っている様だ。言語はどこの言葉なのか分らない。
目が慣れてきて薄らと開けてみると自分よりも大きな人たちがいた。
巨人族だろうか。4倍、5倍のでかさだ。
これはギネスに載るだろうな。
そういえば俺は車に跳ねられたんだっけ。生きていたのか。
いやもしかして、目を懲らして自分の身体を確認する。そうすると驚くことに身体が縮んでいた。それどころか若返っていた。
顔の周りがベトベトする。ああここまで来たら理解した。
転生来た---------------------------------------------!!
そう思うと同時に産声をあげた。
「テッギャアアア、テッギャアアア」
俺が産声を出すと周りも一安心といった雰囲気になった。
今回の人生は失敗しない。
そう決意した。
10年ぐらい前に書いていた作品になります。暇つぶしになれば幸いです。