5.最低な出会い。
そうしてやって来ました旧神様の祠。
天然の岩棚を削り出した荒い石造りの階段に、細く長く続くデコボコとした道が見える。元は神様を祀る祭殿だったのだろうか、手入れこそ入り口とその道だけしかされていないが、左右を見渡せば何かの神様の像らしき彫刻が見て取れる。
「はい、ここが二千年ほど前までは旧神…オリュンポスの神々を祀っていた拝殿の跡。」
やっぱり。
「ここは基礎の作りはかなりしっかりしているから崩落の危険はほぼ無いけど…魔法による保護も切れているから、ゆっくりとだが装飾なんかが腐食して千切れそうなままにぶら下ってたりするので落下物には注意する事。」
「「「はーい。」」」
だんだん引率の教師みたいになってきたな、司祭様。
いや、その表現は間違いではないか?
村の子たちに勉学を仕込むのも教会の仕事ではあるのだし。
…しかし、単純な疑問だが。
十字聖教が祀るのは唯一の神、絶対的な主であり、ひとつの神性の筈だ。
だと言うのに「旧」とつけるにせよ異形の神々を祀っていた場所を残し、あまつさえ成人の儀に使っているのはおかしな話だ。
「ん、どうやらアタシの相方は貴方みたいよやね、ファルクロスのお坊ちゃん。」
などと考え事をしていたら、猫の獣人ーーキャットピープルの女の子が話しかけて来た。
手にはこの肝試しじみた儀式の相方を決める木札を持っていた、番号は4、たしかに僕が引いた物と同じだ。
「え、あっうん、宜しくね。」
「アタイはヌッコ、キャットピープル界のスーパー歌姫、ヌッコとはアタイの事なのやよ!」
ん????
「あ、ハイ…歌姫?」
「そ、アタイ将来は吟遊詩人になりたいんだ…それも今までに無い弾き語りの!」
と、背中に背負っている楽器を差し出した。
これは…ギター、か?
「ふふ、これは最近手に入れた異国の楽器でね、ニャ頭琴って言うのやよ!」
え?それを言うなら馬頭琴じゃねーの?
あと確かにヘッドには猫?があしらわれているけど楽器としての形はどう見てもクラッシックギターだ。
「こんな感じに弾くんにゃよや!」
ギュイーーンッ、ギャギャァァン!!!
うわ、煩っ!?
いやメタルとかならそうかもしれないけどクラッシックギターの弾き語りってそう言うのだっけ!?!?
「は、ははは…が、頑張って、ね?」
「おうよやよ!」
明るく言う彼女だが…司祭様に即怒られていた。
「ヌッコさん!あれほど落下物に気をつけてと言ったはなから騒音とは死にたいのですか貴女は!」
ごつーん、と拳骨を貰って涙目になるヌッコ。
「ぐぐぐ、この音の良さがわからないにゃんてアタイが有名になってもサインあげないんよやっ司祭様ァ!」
「結構です、でも儲けた時は教会にご寄付はください、1キュロスにもならないサインよりも。」
「………守銭奴よやよ!?」
「……いいようにあしらわれてるなー」
ていうか司祭様も結構な声量ですよね。
落下物…落ちなくて良かった。
「さ、じゃあ行こうか。」
気づけば僕らの番となり、先に行ったペアが戻って来た。
──なんか妙に仲良くなって。
「怖かった怖かった怖かったぁ!」
泣きながらペアの男にしがみつく女の子。
そんなヤバイのこの中?
「あ、中で何があったかは話しちゃいけませんよ、入る前に試練の中身がわかったら興醒めですからね。」
「あ、はい…でも本気で怖かったでず、ぐすん、ちょっと…」
ちょっと?何???
何があったのさ、気になる言葉の切り方しないで!?
「……なんか匂うやよ?」
ヌッコがそう呟いくと、二人して戻ってきたペアが若干顔を強張らせた。
ああ、そうか絶叫マシンとかお化け屋敷的な…あの手のアトラクションの近くに下着の自販機とかあるってマジかな。
いや、この世界に転生した今では確かめようもないし、そもそもどうでもいいけれども…ふとそんな事を思い出した。
真っ暗な通路、地下へ続く階段が儀式の試練の開始場所だ。
ヌッコはうきうき顔で僕の手を握り、歩き出した。
「さーー、キリキリ行ってみるやよやー!」
「……慎重にね??」
「わかった!じゃ、ゆっくり急いで慎重に走って行こうと思います、よや!」
語尾無理矢理だな!
キャラ作りなの!?なんなの!?
「……全然慎重に聞こえないよソレ。」
「そうなのよや???」
だめだこの猫、早くなんとかしないと。
********
カツーン、カツーン。
反響する足音。
真っ暗な通路…と言うか階段。
明かりは僅かで、光苔らしきものが時々あるのだがそれも辛うじて足元がわかる程度。
進むほどに暗く、見通しは悪くなり正直気は抜けない。
天井はある、のだろうけど真っ暗で見えないし時々唐突に落下物が飛来したりするので危険極まり無い。
「…流石に古いだけあってあちこち傷んでて危ないなあ…」
足元からして階段も苔むしていたり、欠けていたりと危ない事危ない事。
「んー、まあしかたないよゃよ、とにかく行くにゃー。」
語尾ぶれとりますよ。
「ん、なんだ?」
そうして進む事数分。司祭様曰く道自体は一本道、最後に祭壇にたどり着いたら後はもう一つの通路から上がれば最終的には入り口に再び戻れるとの話だった。
しかし。
見えたのは祭壇、そして二本の通路だと?
「…一本道で、帰りも通路は一つって話じゃなかったっけ。」
「……何言うよゃ、道は一本道やよ?」
「は?」
何を言ってるんだヌッコさん。
どう見ても道は二本ーー
いや、もしもそれが僕にしか見えないなら理由はともかく多分ロクな話にならない。
ギリシャ神話じみた神様の名前って時点でこの神殿跡はやばい匂いしかしないのだ。
ギリシャ神話の神様ってさ、人間臭いと言うか…最低の発想を煮詰めて固めた上で、人の業をそのまま形にしたかの様な…そんな神様が多数居るんだよ。
いや、確かに偉大な力はあるんだけど使い方とか思考が人間からしたら最低な発想をする話が多い。
まあ、この世界のオリュンポスの神様ってのが自分が前世から知る神々と同じかはわからないけどね。
「…ねえ、ヌッコさんには道はどこに見えるの、右?それとも左?」
なら、特別とは思われない道を行くべきだろう、そうすべきだ。
何、面白くも無いって?
いいんだ、面白味なんて要らない。
堅実な方が人生最後には楽になるってものさ。
「…んー、なんのことやかわかんないけど道ならm………きゅう。」
そう、言いかけたと思ったらヌッコさんがいきなり倒れた。何か、悍しいものを見たって顔で。
「えっ、ちょ!?」
とりあえずヌッコさんを支えると同時に殺気じみた気配を感じ、慌てて振り返る。
するとそこに居たのはーー巨大な百足だった。
ポイズンセンティピード……猛毒百足!
蟲怪に分類されるモンスターの中でもとりわけ厄介な毒を備えた現代で言うなら多足亜門、百足綱に属する節足動物ーー
ただ、その巨大さは現代の百足の比ではない。
まさに過去、御伽噺に語られる俵藤太……藤原秀郷が退治したと言う三上山の大百足を彷彿とさせるモンスターだ。
「いやまあ、三上山のは山ほどでかかったらしいからまだまし、か!?」
そう呟いて飛び退ると、一瞬前まで僕が立っていた場所が白煙を上げて溶けていた。
不思議に明かりがあるなあと思ったらそれは百足の目が爛々と赤く光っているからで、まるで非常灯に照らされた真夜中のビル内みたいな、ほのかな視界が確保できていると言う皮肉だった。
やばいやばいやばい!
これ、死ぬんじゃない!?!?
「……!」
そう、決めたくもない覚悟を決めかけたその時、やおら左側の通路から声が聞こえた気がした。
『……我が、適応者よーー応えよ、されば汝に危機を脱し、全てを粉砕せしめる剛力を、数多の敵の悪意から身を躱す素早さを与えてやろう…!』
なんだこのテンプレートな囁きは!
──これ絶対応えたらあかんやつぅ!!
とりあえず右側の通路へと逃げようとした瞬間、それを塞ぐ様に現れたもう一つの、巨大な影。
百足は、一匹見たら必ずつがいが居るとは言う、けどーー
「今ここでそんなの実感したくなかったよちくせう!?」
必死で、本気で必死にヌッコさんを抱き抱えたまま走る。
因みにお姫様抱っこなんて気の利いた抱え方では無い。
完全に丸太を抱えた彼岸◯の宮本なにがしのポーズである。
走りにくっ!!!
『ふふふふふ、ふひっ、やっと、やっと来たか我が適応者、我がーー魂の相棒よ!』
必死に逃げる最中、鬱陶しいくらいにその声は耳に、耳孔内に響く様に聞こえてくる。
「ああああああああああああああっ、うっ、とおっ、しいっ、ん、だ、よぉぉ!?」
誰かに届け、悲痛な叫び!!!
しかし、誰も助けはこないまま。
俺とあのクソ野郎の出会いとなった話は続くのだった、まる!