第16話 検証
「行け!」
「……ガ…」
樹の陰に身を隠し、司はゴブリンゾンビに小声で指示を出す。
指示を受けたゴブリンゾンビは、小さく呻き声を上げて返事をすると、その場から動き出した。
「ゲギャ?」
「…………」
「……ゲッ?」
ゴブリンゾンビが向かったのは、司が見つけたゴブリンだ。
近付いてきたのが仲間だと思ったのか、ゴブリンは警戒せずにゴブリンゾンビへと話しかけて来た。
しかし、ゴブリンゾンビは反応することなく距離を縮めていく。
「ギャッ!?」
話しかけているのに反応がないためゴブリンが首を傾げていると、距離を詰めたゴブリンゾンビが襲い掛かる。
不意打ちを受けたゴブリンは、ゴブリゾンビが手に持った石で殴られ昏倒した。
倒れたゴブリンに対し、ゴブリンゾンビは馬乗りになって追撃をする。
何発目かの殴打によって、ゴブリンは全く動かなくなった。
「よし! お疲れさん」
「……ギッ…」
ゴブリンが動かなくなったのを確認した司は、ゴブリンゾンビの所へと近付く。
労いの言葉をかけると、ゴブリンゾンビは返事をするように小さく呻き声を出した。
司がゴブリンを倒させたのには理由がある。
スキルで動かす死体が、戦闘で使えるかを検証するためだ。
襲われたゴブリンも、ゴブリンゾンビの後頭部が凹んでいるのを確認しなければ、異変に気が付かなかったようだ。
人間だったら、白目をむいている時点で警戒するが、知能の低いゴブリンだから通用した作戦かもしれない。
何にしても、結果的に戦闘面ではゴブリンもゴブリンゾンビも大差ないようだ。
「こいつも試すか……」
ゴブリンゾンビに倒させたゴブリン。
何発も殴ったことで顔面がグチャグチャになっている。
しかし、戦闘に使えると分かった以上、このゴブリンも放置するのはもったいない。
「そうだ! スケルトンだ」
顔面がグチャグチャなのが近付いて来れば、いくらゴブリンの知能が低いと言っても警戒するに決まっている。
それに、単純に司がそんなのを連れて歩きたくないというのが本音だ。
ならばと思いついたのがスケルトンだ。
アンデッド系の魔物と言ったら、ゾンビの他にスケルトンが思いつく。
死体使いというのなら、スケルトンも使えるのではないかと司は考え、とりあえず試してみることにした。
“ベリッ!! ベリベリッ!!”
「うげっ! グロっ!」
司が顔を顰めて呟く。
というのも、スケルトンのでき方が不快になるようなものだったからだ。
実験結果として見れば成功だ。
魔力を流してスキルを発動させてみると、頭蓋骨の所々にひびが入っているが、ゴブリンサイズののスケルトンが出来上がった。
肉や皮が裂けるような音がして、脱皮をするように骨だけが動き出し、内臓をボトボトとこぼしながら立ち上がったのだ。
「……動けるか?」
“コクッ!”
生前にゴブリンゾンビの攻撃でひびが入ったのだろうが、何だかすぐに壊れてしまいそうだ。
少し不安に思った司は、ゴブリンスケルトンに動いてみるように話しかける。
その指示に従い、司に頷いたゴブリンスケルトンは近場をウロウロと歩いて見せた。
ゴブリゾンビの時もそうだったが、ゴブリンスケルトンもどういう訳だか言葉が通じているような反応だ。
その辺は気になるが、今はそれより問題ないことが確認できたので良しとしよう。
「じゃあ、魔物を見つけて戦えるか試してみよう」
ゾンビかスケルトンかの違いだけで、問題なく指示に従うことが確認できた。
次は戦闘で使えるかが気になる所だ。
それを確認するためにも、司は魔物を探すことにした。
「ピギッ!!」
一角兎の背後から、ゴブリンスケルトンが襲い掛かる。
気付いた時にはすでに遅く、一角兎はスケルトンの攻撃を受けて動かなくなった。
「スケルトンでも問題ないみたいだな。でも筋肉がある分ゾンビの方が少しだけ動きが速い?」
不意打ちで魔物を倒した漢字を見ていると、スケルトン方は動きが鈍く感じがした。
その理由を考えると、思いついたのは筋肉。
両方とも死んでいるとは言っても、ゾンビには筋肉が付いていてスケルトンにはない。
「相手にもよるだろうが、とりあえずどっちも使えるから良いか」
不意打ちだったから倒せたが、一角兎はそこそこ動きの速い魔物だ。
念のため、不意打ちが失敗した時のためにゾンビの方を側に置いていたので問題ないが、もっと動きの速い相手になったら少々不安が残る動きだった。
どうやらこの周辺は比較的弱い魔物しかいないようなので大丈夫そうだが、もしもの時のことを考えておいた方が良さそうだ。
何にしても、戦闘に使えることには変わりはないので、司としては満足した。
「今日はこれくらいにして拠点に帰るか」
一角兎を解体した司は、疲労を感じたため拠点に帰って寝ることにした。
魔物を探し回っていただけだというのに不思議に思ったが、スキルを使うのに魔力を使ったからだろうと思い至った。
「スキルで動かしているからかダンジョンに吸収されないし、このスキルで数を増やしていけば、外に出た時帝国兵相手とも戦えるはずだ」
今日1日の行動で、魔物を倒せば倒すほど眷属を増やせることが理解できたし、スキルで動かしているせいか、ダンジョンの吸収能力も反応しない。
それだけで、このダンジョンで生き抜く目処がたった。
囮にされて逃げ込んだ先がダンジョンなんて、自分の不運を嘆きたくなったがそうでもなかったようだ。
奴隷紋を付けられているとは言っても、命令をされなければ意味がない。
囮にした奴らも、自分と健司は死んだものと思っているはずだ。
奴隷状態から逃れる方法は後回しにして、司はこのダンジョン内で帝国を相手にするための力を蓄えることにした。
「んっ? どうした?」
ダンジョン内尾生活を始めて数日が経った頃、ゴブリンスケルトンに異変が起きた。
突然動かなくなり、その場へと倒れた。
急に何が起きたのかと思って倒れたゴブリンスケルトンへと近付き、声をかけてみるがこれまで動いていたのが嘘のように全く反応がない。
ゴブリンゾンビとゴブリンスケルトンの存在はありがたい。
拠点で熟睡しても、魔物による襲撃を心配しなくてもよくなった。
奴隷にされてから初めて熟睡できたかもしれない。
それが急に動かなくなるとなると、今後眠る時も気を付けなくてはならなくなる。
「……もしかして、流した魔力が切れたのか?」
動かなくなったゴブリンスケルトンの様子を見ていて司が思ったのは、スキルを発動する時に送った魔力が切れたのではないかということだ。
死体に流した自分の魔力が感じられない。
それから考えられたのが、動力である魔力切れだ。
「でも、ゴブリンゾンビの方が長く動いているんだ?」
ゴブリンゾンビとゴブリンスケルトンには、同じ量の魔力を送ってスキルを発動させた。
にもかかわらず、先に動かなくなったのはゴブリンスケルトンの方。
動かしているのは自分だというのに、この違いが司には判らなかった。
「……筋肉? それとも……」
ゾンビとスケルトンの違いと言ったら、筋肉があるかないかの違いだ。
他には何か違いがないか、司はゴブリンゾンビの全身を下から上へと眺めた。
「……もしかして、魔石?」
ゴブリンゾンビを見ていて、司が思いついたのがこれだった。
魔石とは、魔物の体内にある核のようなもので、魔力を蓄えたり放出したりすることができる。
人間とは違い、魔物はその魔石の魔力を使って戦ったりしている。
倒してそのままゾンビとして利用したため、ゴブリンゾンビの体内にはまだ魔石が残ったままだ。
体内に残ったままの魔石の魔力と、スキルで動かす時に自分の送った魔力を使って動いているのではないかと司は考えるようになった。
それに引きかえスケルトンの方は、剥ぎ落した肉と共に魔石も落としてしまったため、最初に送った魔力だけで動いていたのだろう。
それならば、この2体の差が説明できる。
「面白い。このことも検証してみよう」
死体使いの能力はこの国では忌避される能力だというのに、何故だか司には面白く感じてきた。
この能力をもっと知るために、司は毎日検証をおこなうことにハマっていったのだった。