第10話 疑心暗鬼
「…………どういうことだ?」
何日経っても、セヴェーロの所には青垣砦へと向かったエレウテリオからの情報が入って来ない。
女遊びにしても遅すぎる。
さすがに待ちきれなくなったセヴェーロは、部下を数人青垣砦へと向かわせた。
その部下たちは、何故か木箱を持って帰ってきた。
持って帰ってきたその木箱のことを聞いてみると、部下たちはエレウテリオの首が入っているという話だった。
何の冗談かと思って開けてみると、本当にエレウテリオの首が入っていた。
信じられないものを見た気分だ。
訳も分からず、セヴェーロは木箱を持って来た部下に、詳細の説明を求めた。
「……まぎれもなくエレウテリオ将軍の首です。副将軍であるビアージョ様から渡されました」
「ビアージョ様もエレウテリオ将軍の戻りが遅いと、青垣砦へと数名の兵を送ったそうです。きっとエレウテリオ様がお楽しみになり過ぎているのかと思っていたら、青垣砦は存在しており、修復もされていたそうです」
セヴェーロの指示で確認に向かた兵たちは、見聞きしてきたことを報告するべく、代わる代わる話し始めた。
帝国の将軍の下には、右腕左腕という意味で副将軍となる者が2人いる。
エレウテリオから、青垣砦の南に位置する町の管理を任されたコージモと、西に位置する町の管理を任されたビアージョの2人だ。
青垣砦に近いビアージョの方が部下に確認に行かせると、青垣砦は現存しており、王国兵たちが修復活動をしていたということだった。
それを見る限り、戦いはあったが王国側が勝ったということになる。
「兵たちが戻ってビアージョ様へ報告したすぐ後、王国側からこの木箱が送られてきたとのことです」
「その紙には、攻め込んで来たエレウテリオ様を返り討ちにした。王国は帝国と違い、敵でも死人を丁重に扱うという文章と共に、中身がエレウテリオ将軍の首だという説明が書かれていました」
信じられない思いのまま、偵察に行った兵たちはビアージョへと青垣砦のことを報告した。
そこへ、偵察が来ていたのを気付いていたのか、タイミングに合わせて木箱と中身についての説明が書かれた紙が王国側から送られて来た。
たしかに、エレウテリオの首は腐敗しないように防腐処理されていた。
「我々が到着した時、ビアージョ様もようやくエレウテリオ様の死を受け入れたとのことでした」
「この情報を我々がセヴェーロ様への報告をする時、言葉だけでは信じてもらえないかもしれない可能性があるため、この木箱を持って行くように仰りました」
最初エレウテリオに似た者の首かと思ったが、偽物には見えなかった。
その首を見なければ、ビアージョはエレウテリオの死と軍の壊滅を信じなかっただろう。
セヴェーロも同じ思いをすると判断したビアージョは、指示を受けてきた彼らにこの木箱を渡したのだった。
「……たしかにこれがなければ、俺はエレウテリオの死を信じなかったな」
エレウテリオが率いた軍の兵数は、王国の軍と比べてかなり差があったはず。
油断をしていたとしても、負けるなんて信じられない。
しかし、この首を見せられては、信じない訳にはいかない。
「しかし……、奴らはどうやってエレウテリオの軍を倒したんだ?」
「……たしかにそうですね。それに関してはビアージョ様も分からないそうです」
エレウテリオが殺されて、軍は壊滅したということはとりあえず理解した。
だとして、王国軍はどうやって兵の数の差を覆したというのだろうか。
セヴェーロが問いかけるが、近くの町にいたビアージョが分からないというのに、セヴェーロの部下たちが分かる訳もない。
「もう一度攻めるにしても、それが分からなければ同じ目に遭いかねない」
エレウテリオの軍が負け、王国の人間はまだ生き残っている。
この国を掌握するためには、もう一度攻め込む必要がある。
とは言っても、エレウテリオが大群を率いて攻め込んだというのに負けたのだから、その原因が分からないのでは話にならない。
せめて生き残りの者がいたのなら良かったのだが、全滅したというのだから面倒な話だ。
「……何か特別な兵器でも作り上げたのでしょうか?」
「新兵器か? あり得なくはないが……」
威力を上げようとすると、人間を使い捨てることになる合成魔法。
その合成魔法を発動させる兵器である魔導砲。
それを作ったのは大和王国だ。
あの兵器があれば、かなりの戦力になるだろうが、魔導砲を持っていたのは帝国も同じだ。
倒した王国の公爵家から奪い取ったものだ。
同じ兵器を持っているのでは、戦力差を埋めることなどできなかったはずだ。
なのに、王国側が勝利したということは、たしかに部下の言う通り魔導砲を越える威力をもった新兵器ができた可能性がある。
「研究機関はここに集まっていただろ?」
「そうですね……」
大和王国の中で、今セヴェーロたちがいる王都が一番研究施設が充実している場所だったはず。
そこを掌握されているのに、東北地区の中でも田舎の地で新兵器を開発できるのだろうか。
可能性がないとは言えないが、かなり低いと言わざるを得ない。
「おのれ、水元! 余計な手を煩わせやがって!」
あとわずかという所で躓き、負けた理由を悩まされている。
そう考えると、セヴェーロは王国軍を指揮する水元家に対して段々と腹が立ってきた。
こめかみに血管を浮かび上がらせながら、セヴェーロは拳を強く握りしめた。
「こちらはどうなさいますか?」
「……本土にいる家族へ送ってやれ」
「畏まりました」
いつまでもここに置いておくわけにはいかないため、部下の男はエレウテリオの首をどうするのかをセヴェーロへと問いかけてきた。
悩まされていることには腹が立つが、首を丁重に扱ってくれたことには感謝する。
同じ将軍ということで競い合う仲ではあったが、一応仲間意識はあった。
死体が見つからないことが多い戦場で、首だけとはいえエレウテリオをきちんと弔うことができる。
自分はまだここにいなければならなくなったため、セヴェーロはこの首を家族の下へと送るように指示を出した。
「首を渡された時、ビアージョ様からセヴェーロ様へ伝言がございました」
「何だ?」
「エレウテリオの敵を討つのは、コージモと自分の役目。協力して事に当たるため、青垣砦へと攻め込む許可を出して欲しいとのことです」
「そうか……、許可する!」
直属の上司であるエレウテリオがやられて、副将軍の2人が黙っているわけにはいかない。
自分たちが敵を討ちたいと思うことは当然だ。
女好きのロリコン野郎だったが、部下には慕われている男だった。
副将軍の2人も充分な指揮能力があることは知っているため、セヴェーロは少し考えた後、許可を出すことにした。
「その代わり、俺の偵察隊を同行させる」
「なるほど」
「了解しました」
あの2人が協力するならば、今度こそ勝てるだろう。
しかし、王国軍がまた勝つようなこともあるかもしれない。
そうなったら、この国に残っている自分が動かなければならなくなるだろう。
そのもしもの時のために、自分の配下に原因を突き止めさせておく。
そのために偵察隊を同行させる。
セヴェーロの考えを聞いた部下たちは、理解すると共に行動へと移ったのだった。