公爵令嬢が選ばれた理由
「エミレア・ランドン。お前にはほとほと愛想が尽きた」
周囲を取り巻く、貴族たちの視線が集中するホールの中央で。
金髪碧眼の見目麗しい青年……この国の王太子であるマグナードが、凛とした声を張り上げた。その腕の中では、明るいふわっとした髪と幼気な容貌を持つ少女が怯えている、ように見える。
「この俺の婚約者でありながら、母親が違うとはいえ妹であるジナーヴァに対し暴言を吐き、悪行を働くとはな」
「……はあ」
「ひ、ひどいですわお姉さま! まるで、自分は何も知らないなんていうお顔をして!」
マグナードが、そしてジナーヴァが非難を浴びせている対象……ランドン公爵令嬢エミレアは、感情を表に出すことなくその二人を見つめている。まるで、他人事であるかのように。
その反応に抗議するジナーヴァをまあまあとなだめ、マグナードは鼻を鳴らした。
「よって、この場においてお前との婚約はなかったものとする。その代わり、このジナーヴァを改めて婚約者とし、周知期間の後に婚姻を結ぶこととする。これは既に父上たる国王陛下、及びお前の父親である公爵とも話し合った結果である」
「ご病気のお父さまに代わり、お母さまからの命令を伝えますわ。ランドンの名を使うことは今後許しません!」
マグナードの宣言と、そして妹ジナーヴァによる宣告を聞いてもなお、エミレアはぼんやりと彼らを見つめたままだ。ただ、ややあって彼女はドレスの裾をつまみ、深々と頭を下げた。
「……婚約の解消は、承りました。しかしながら、ジナーヴァに対しては暴言悪行はおろか、この数ヶ月ろくに顔を合わせてもおりません。ですので、全く心当たりのないことです故謝罪はいたしませんわ」
「まあ! お姉さまったら、いけしゃあしゃあと!」
淡々と紡がれた言葉に、ジナーヴァがいきり立つ。「落ち着いて、ジナ」と愛称で呼ばれて、唇を噛みしめる仕草はあくまでも可愛らしい、無垢な少女のものだ。見た目のみは、であるが。
そのジナーヴァを掻き抱いたままのマグナードが手を振ると、数名の兵士がエミレアの周囲を取り囲んだ。
「既に公爵の娘でないお前には、ランドン公爵令嬢ジナーヴァに対する悪行の罰として追放を命じる。連れて行け」
「はっ!」
兵士たちに腕を取られ、そのまま連行されていく中でもエミレアは、あくまでぼうと視線を揺らせているだけであった。
「さて、ここらへんでいいか」
「きゃっ」
無骨な軍用馬車で、エミレアの身柄は王都より少し離れた森の中まで運ばれてきていた。腕を取られ、まるでものを投げ捨てるように放り出されたエミレアに、抜身の剣が向けられる。
「悪いなあ。王太子ご夫妻の明るい未来のために、片付けさせてもらうぜ」
「……もう、ご結婚なさったのですか? マグナード殿下と、ジナーヴァは」
「まだだが、ほぼ確定だからな」
あいも変わらずぼんやりとした言葉に、兵士たちはニヤリと顔を歪ませる。そうして一斉に、剣を突き出した。それに対して、エミレアは無造作に手のひらを向ける。
「おかしな方々ですこと」
がきん、ばき、ばきと耳障りな音が響く。剣はエミレアの手に触れた瞬間自ら砕け、金属の欠片となって彼女の周りに散らばった。ぱんぱんと手のひらをはたきながら立ち上がるエミレアを取り囲んだ兵士たちは、ひっと悲鳴にもならない短い声を上げながら後ずさる。
「マグナード殿下の御身をお守りするために、殿下のお側に侍れという国王陛下からのご命令でしたのに。それ故の婚約でしたのに、殿下もジナーヴァも愚か、ですわ」
あくまでも、エミレアの顔にほとんど表情は浮かばない。あえて言うならば妹の、元婚約者の、そして家を乗っ取った妹の母の愚かさへの呆れ、だろうか。
「もっとも、わたしは殿下をそれなりにはお慕いしておりました。母から継いだこの力を、王家に入れても良いと思うくらいには」
指先で一つ、欠片をつまみ上げる。ぽいと捨てるように投げられたそれは、兵士の一人の胸を正確に貫いていた。
ぽいぽいぽい、と放り投げられた金属により、ほんの一分ほどでその場に立つ人間はエミレアだけとなる。彼女はくるりと周囲を見回して、小さくため息をついた。
「さて、これで王都には戻れませんわね。お隣の国にでも参りましょうか……傭兵としてなら、使っていただけるかもしれませんし」
乗員を失った軍用馬車に近づき、馬に笑いかける。そうして彼女はひょい、と御者台に座り込んだ。
「今の王家が滅んだりなさらぬよう、マグナード殿下には良い護衛がつくことをお祈りしますわ」
ぱしん、と鞭が鳴る。人間兵器とでも言うべき令嬢を乗せた馬車は、やがて森を抜けて消えた。
ほどなく、マグナード王太子は公爵令嬢を妃に迎えた上で即位した。しかしその父王の代からの強引な領土拡張に周辺国からは反感を持たれており、王の椅子にあった時間は短かったという。
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