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盗むのが得意な獣人の少年が世界を救う勇者になったけど何のチートスキルも身に付かず結局盗むことしかできなかったけど、なんとか頑張れそうだ【前編】

作者: 心乃助(未熟者)

 『俺女子(以下略)』1万PV達成記念第三弾です。

 この話は僕が中学生だった頃に考えていたストーリーをアレンジしたファンタジーものです。


 あまりにも一つにまとめきれなかったので、前編と後編に分けました。


 後編は近日公開します。

「はぁ~しけてるな~」


 剣を背中に背負った冒険者風の小柄で金髪の獣人の少年が財布を見ながら呟く。


 すると背後から女性の声が聞こえてきた。


「勇者様、また人様の金銭を盗んだのですか?」


「おわぁ!? びっくりさせるなよリーネ」


 勇者と呼ばれた少年が振り返ると、そこには槍を携えた青髪で長身な美女が立っていた。


 彼女もまた獣人であった。


「勇者様、盗んだ物は返してきなさい」


「いや、これ人通りの中で無意識に盗んだから誰の金かわからねぇんだ」


「………衛兵さーん、この人泥棒です」


「わー!? やめてやめて! 分かった! ちゃんと探して返すから許して!」


「分かればよろしいのです」


(チッ、真面目なデカ女が)


「何か言いました?」


「な、なんのことかなー? ささ、早く探そうぜー」


 




 この世界は『トランス・ビスタ』と呼ばれ、この世界の人口の殆どが『ビースト(獣人)』が占めており、獣人にも二種類存在する。


 一つは『オース・ビースト(亜獣人)』。


 人の姿と顔を持っているが、頭から獣の耳、そして尻尾を持つタイプ。


 もう一つが『ジェニュイン・ビースト(真獣人)』。


 人の姿をしてはいるが、顔が完全に獣な獣人。彼等の方がオース・ビーストより身体能力が高く、より獣に近いとされている。


 オースとジェニュイン、二種類の獣人が共存する世界。


 100年近く平和が続いていたこの世界にも最近になって平和が終わりを告げようとしていた。


 魔王の復活。


 500年前にオースの勇者が退治し封印した魔王と呼ばれるモンスターが一年後に復活すると言う予言がトランス・ビスタを震撼させた。


 そして、トランス・ビスタに存在する各国は、選ばれし者でしか鞘から抜けない勇者の剣を使って各国が協力して勇者探しを始めた。


 





 それから2ヶ月後、勇者は見付かった。


 だが、誰もが目を疑った。


 選ばれし者しか抜けない勇者の剣を抜いたのは、スラム街出身のオース・ビーストのチンピラ少年であった。


 しかもまだ13歳であった。


 何故彼が選ばれたのか謎だが時間がない為、彼を無理矢理勇者として魔王再封印の旅に出させるのであった。










 そして現在に至る。


 勇者に選ばれたオースの少年『ライ・グレイヴ』は、トランス・ビスタ五大帝国が一つ『マーシャル』最強のオースの女騎士リーネと共に旅に出てから3ヶ月後。


「もーやだ、帰りたい」


 街道を歩きながらライは愚痴をこぼしていた。


「勇者様、後半年で魔王が復活して世界は終わってしまいます、なのでさっさと魔王が眠る大空洞まで行って、その剣で魔王を封印してください。ワタシは貴方とはこれ以上旅したくないので」


「お前オレのこと嫌いだよな?」


「当然です。まさか勇者の剣を盗んで偶然にも抜いてしまった貴方のような下賎な者が勇者なんて認めたくありませんので」


「………………かー、貴族様の言うことは違うねぇ、オレだって好きで勇者になったんじゃないっつーの」


 こんな感じで二人の関係は最悪であった。


 リーネは代々王国に仕える名家の出身。


 オース・ビーストでありながらジェニュイン・ビーストよりも高い戦闘技術を持ってる彼女は周囲から尊敬される存在。


 スラム街で盗む技術ばかり鍛えたライとは正反対の相手だ。


 だからお互い相容れないのだ。


 両者の立場は元々違うのだから。


「オレこれ以上旅とかしたくないよー。リーネ、アンタがこの剣を魔王にぶっ刺せばいいじゃねぇか、オレより遥かに強いんだから」


「その剣は選ばれし者でしか真の力は発揮しません。ですのでワタシがやっても何の意味がないでしょう」


「真の力……ねぇ」


 ライは背中の剣を抜いて何もない所で振ってみせた。


 だが、何も起きなかった。


「勇者の剣とか言っておきながらオレが振っても何も起こらないじゃないか、これ本物なの?」


 ぶつくさ文句を言いながら剣を鞘に納めるライ。


 だが、それを聞いたリーネは激昂した。


「無礼者! ……あ、これは失礼しました。その剣は本物です、貴方が使えないのは単に実力不足では?」


「だってオレ剣とか魔法とか使えないんだから、しょうがねぇだろ?」


「だからワタシが旅をしながら教えてるではないですか。まぁ才能はハッキリ言ってありませんが」


「ハッキリ言うなぁ……おっ」


 街道を歩いていると村が見えてきた。


「よっしゃぁ! リーネ、村だ! 今日はあそこで休もうぜ!」


「……盗みはしないでくださいね」


「しねぇよ!(たぶん)」











 ライとリーネが到着した村、そこまで大きな村ではないが、なんだか村人達に元気がなかった。


「なんだぁ? このお通夜みたいな雰囲気は?」


「こら、口を慎みなさい」


 リーネがライに注意した後にリーネは村人の一人に声をかけた。


「もし、そこの御仁、我々は旅の者なのですが、失礼ながらこの村に活気がないように見受けられるのですが、何かありましたか?」


「あぁ旅の人か、悪いな、大した歓迎もしてやれなくて、実は昨日この村は盗賊に襲われましてな。村の金目の物と若い娘が何名か拐われてしまったのです」


「盗賊……」


 それを聞いたリーネから怒りが漏れる。


 元々真面目で正義感の強い彼女からすると盗賊などの悪党は許せない相手なのだろう。


「マジか、それは災難だったな」


 横からライが他人事みたいに話に入ってきてリーネはライに視線を送る。


「勇者様、仮にも勇者なのですから少しは同情を……何食べてるのです?」


「え? リンゴ」


「どこにありました?」


「民家にあった」


「この短時間に何空き巣みたいな事してんですか貴方はぁ!!」


 ブチ切れたリーネが槍を振り回しながらライを追い掛け回す。


「わーやめろー! 盗むのは癖なんだってばー!」


「貴方と言う人はぁぁぁぁ!!」


 10分後。


「大変取り乱して申し訳ございません。このバカにはきつく言っておきますので」


「あ、あがが」


 槍の柄の部分で脳天を叩きのめされて地面に倒れているライを踏みながらリーネは村人に謝罪した。


 そして、リーネはある提案をした。


「失礼を承知でお聞きしたいのですが、良ければ盗賊共の根城を教えては貰えないでしょうか?」


「それを聞いてどうするんだい?」


「無論、ワタシ達が盗賊共を退治して盗まれたもの全て取り返してみせます!」


 堂々と大見得を切ったリーネの言葉にライは呆れてしまった。


(やれやれ、まただよ。こいつしょっちゅう人助けをしたがる、そんなに周囲からチヤホヤされたいのかねぇ、吐き気がする)


 人助けどころか、自分自身が生きるだけでもやっとな人生を送ってきたライからすると、リーネの人助けは理解に苦しんでいた。


 人を助けられるのは心に余裕がある奴だけができる事だ。


 勇者になったとしても、ライの心には余裕と呼べるものがないので見ず知らずの他人を助ける気にはなれなかった。












「いいですか勇者様、ワタシが正面で暴れて注意を引きますので、その隙に村の娘達を救出してください」


「はいはい、いつもの事ね。オレ戦闘においては足手まといだからな」


 盗賊達が根城にしている山奥のアジト。


 その近くの茂みに隠れながらライとリーネは作戦を立てていた。


「いいですか? 相手はジェニュイン・ビースト、真獣人ばかりで構成された盗賊団です。単純な力比べでは我々オース・ビーストでは勝ち目はありません。なので絶対に戦わないこと、いいですね?」


「わかってるよ、もし遭遇したら上手く逃げるよ」


 段取りが出来たことでリーネは槍を構えながら正面から突貫した。


 リーネが見張りの盗賊を倒した後に大声で叫んで中に居る盗賊達を出させて盗賊達を次々と薙ぎ倒していく。


 リーネが上手く陽動してるのを見てからライは行動した。


「よしよしリーネの奴派手に暴れてるな。さてと、オレは金目の物だけ盗んで逃げるか」


 元々ライは村娘達を助ける気なんてなかった。


 彼は根っからの盗人。


 金目の物にしか興味がない。


 勇者となった今でも変わらない。


 盗まなきゃ死ぬ、盗まなきゃ生きられない。


 そんな世界で生きてきたのだ。今更生き方を変えられない。


(どうせリーネの奴が盗賊を全滅させてハッピーエンド。いつもの展開だ、アイツはマーシャル最強の女騎士だからな、オレは助けるフリだけして金銭をいただくとしますかねぇ)


 裏からアジトに侵入する前に正門で一人で数十人のジェニュインと戦ってるリーネを見てライは舌打ちをする。


「チッ、テメーらみてぇな貴族様にはオレ達みたいなクズの生き様なんて理解できねーだろうな、一人で正義の味方の真似しながら頑張ってろバーカ」













(………よし、アジトには誰も居ないな)


 裏から回り込んだライは安全確認をしてからこっそりと中に侵入した。


(リーネの強さのお陰で盗賊達は全戦力をリーネに集中させてるみたいだな)


 いくつかある部屋を覗きながら中を確認し部屋を物色する。これを一つ一つ繰り返しながら先に進んでいく。


(何もねぇな、もっと奥か?)


 奥にある部屋を覗き込むと、そこにはジェニュインとオースの娘、合わせて8名ぐらいが屈強なジェニュインの男二人によって隠し通路から連行される途中であった。


(まぁ普通こうなるよな。滅茶苦茶つえー奴が急に真正面から攻めて来たら金と女連れて逃げるわな)


 救出対象の娘達を発見したが、ライは最初から助けるつもりはなかったので扉をそっと閉めて見なかったことにした。


(さーてと、お宝お宝……)


「おい」


「ぎにゃーー!?」


 いきなりであった。ライの背後から誰かが近付いてきてライの尻尾を思いっきり掴んだのだ。


 どうやらまだ盗賊の仲間が残っていたらしい。


 そのままライは尻尾を掴まれたまま娘達が居る部屋に放り込まれた。


「正面に無駄につえー女がいると思ったら、やっぱ他に仲間がいて女共を助けに来たわけか」


「あ、いや、オレ……お宝に用があって……」


「ん?」


 ライを捕まえた盗賊がライの背中の剣をまじまじと見つめ驚愕する。


「そ、その剣はまさか伝説の勇者の剣!? バカな、その剣は今マーシャルにあるはず……まさかお前が選ばれし勇者!?」


 どうやらこの剣を知っていたらしい。自分が勇者であることがバレたら面倒だと感じたライは平気で嘘を付いた。


「チガイマース、オレユウシャジャアリマセーン」


「何故カタコト? いや、それは間違いなく本物だ! その剣の柄にはめられた宝玉が何よりもの証拠だ!」


(だぁぁぁぁぁ!! この盗賊なんでそんなに詳しいんだよぉぉぉぉぉ!!)


 心の中で絶叫するライを余所に娘達が歓喜の声を上げる。


「勇者様?」「本物!?」「勇者様が助けに来たわ!」


(うるせぇぇぇぇ!! テメェら助けに来たんじゃねぇつーの!!)


 正直ライはこの状況を切り抜けられる自信がない。


 リーネから剣と魔法を教えてもらったが戦闘経験が無さすぎる。


 この3ヶ月の旅においても、ほぼ全ての戦闘をリーネに任せっきりだったので屈強なジェニュインの男三人に勝てる気が微塵もしない。


(いやだぁ、痛いのいやだぁ、こうなったらコイツらに勇者の剣を差し出して見逃してもらうか?)


 ライは震えながら世界を救う鍵でもある大切な勇者の剣を盗賊なんかに差し出そうと剣に手を伸ばした時であった。


「勇者様! 剣を抜いて私の唱える呪文を叫んでください!」


 ライの背後に居る娘達の一人、フードで顔を隠した娘がいきなり叫んだ。


「は? え?」


 突然の事で困惑するライであったが、反射的に勇者の剣を抜いていた。


「告げる、我が親愛なる主に雷霆 (らいてい)の力を……『ライコウ・イッセン』!!」


「ら、『ライコウ・イッセン』!!」













「………………ん?」


 フードの娘の謎の呪文を叫んだ瞬間、ライが持っている剣が強く輝き、雷のような音が周囲に轟いた。


 音と光にびっくりして目を閉じていたライが恐る恐る目を開けると、屈強な男達が黒焦げになって倒れていた。


「え、えぇ!? なになに!? なにが起こったの!?」


 何が起こったのか理解できないライにフードの娘が近付いて説明した。


「今のは極東の雷神の力をお借りした一撃です。その剣の真の力を引き出すには、その剣に宿りし神々の声を聞く事ができる『巫女』の力が必要なのです」


「お前は……いったい……!?」


 フードの娘がフードを脱いで顔と頭部を見せた瞬間、ライは言葉を失った。


「ビースト(獣人)……じゃない?」


 濡れたカラスのような綺麗な黒髪に赤い瞳、整った顔立ち。


 そして極めつけは頭部にライ達のような獣の耳がなかった事だ。


「まさか、ノルマル……なのか?」


 ノルマル。


 500年前にトランス・ビスタでビースト以上に繁栄した種族。


 彼等にはビーストのような獣の耳も尻尾も持たない、分かりやすく言うと普通の人間なのだ。


 だがノルマルは絶滅したのだ。500年前の魔王によって、ノルマルが絶滅したから代わりにトランス・ビスタでビースト達が当時のノルマル以上に繁栄したのだ。


「ありえねぇ、ノルマルなんて、おとぎ話の存在だろ? そもそもノルマルなんてこの世に存在してたのかすら謎なのに……」


「確かにノルマルは滅びました。ですが生き残ったのです、トランス・ビスタ五大帝国ですら認知していない未開の極東の島国で、私は国を出て勇者様に会う為に旅に出ました。巫女として勇者様のお力となり、半年後に復活する魔王を再び封印するために」


「………………」


「…………あの、勇者様? ひゃあ!?」


 ライは目を白黒させながらノルマルの少女の頭をわしゃわしゃと掻き乱した。


「うわ!? 本当に耳がない!? どうなってんだ!? まさか尻尾もないのか!?」


 尻尾が無いことを確認する為に少女の尻に手を伸ばしすライ。


「わひゃぁ!? いい加減にしてください!」


「いたぁい!?」


 思いっきり殴られた。


 先程リーネに槍で殴られた場所を的確に殴られて悶絶するライ。


「ぐぉあああ……」


「セクハラです! 勇者様セクハラですよ!」













 その後、結局リーネが盗賊達を全滅させて、村の娘達は全員村に帰され、盗まれた金銭も戻ってきた。


「あれ? なんか金がちょっと少なくないか?」 


「気のせいだろ」


 金品を確認している村人が不思議そうに思いながら、ライは懐にくすねた金を隠していた。


「……勇者様~?」


「盗んでないよ! 勇者は嘘つかない!」


「ワタシ、まだ何も言ってませんが?」


「ぎくぅ!?」


 リーネに疑いの眼差しを向けられ視線を反らすライに、先程のノルマルの少女がフードで頭部を隠してライとリーネに近付いた。


「で? この娘が伝説の勇者に仕えし巫女本人だと?」


「そ、そうなんだよリーネ! コイツが唱えた、えーと、ら、らいこう・いっせん? だったっけ? どういう意味か知らんが剣が光って雷がドカーンてなったんだよ!」


「……にわかに信じがたいですね。そもそも巫女の存在なんて聞いたことないのですが……それでその『らいこう』? とやらを目の前でやってくれませんか?」


「いやいや! こんな村の中でやるのは危険だろ! 取り敢えずコイツもオレ達の旅に同行させる! いいよな! あ、そういや名前まだ聞いてなかった。お前なんて言うの?」


 ノルマルの少女の名前を聞いていない事に気付いたライが名前を尋ねると、少女は自身の名を答えた。


「『ミズリ』名前はミズリと申します」


「ミズリ? 変な名前ー、あぎゃぁ!?」


 ライの無礼な態度にゲンコツをお見舞いするリーネ。


「こちらのバカ勇者が大変失礼を致しました。ワタシはリーネ、こちらのバカはライと申します」


「こちらこそ、よろしくお願いします……じー」


 軽く挨拶をした後にミズリはリーネの青髪を凝視する。


「な、なんでしょうか?」


「あ、いえ、綺麗な青髪だと思いまして、私のミズリのミズは極東では『水』と呼びますので、リーネさんとは気が合いそうだと感じただけです」


「極東? ふむ、極東とは何かのか知りませんが、そうか、ミズは水とも呼ぶのか、悪くないですね」


 あっさり仲良くなったリーネとミズリの足元で痛がるライ。


 まさか一日に同じ場所を三回も殴られるとは思いもしなかった。


「いてぇ、暴力女同士気が合ったのか、良かったな」


「あ、あれはライ様が私のお尻を触ったのがいけないのです!」


「勇~者~様~?」


「ちがーう! リーネ槍を構えるな! だってコイツはノルマ……むぐぅ!?」


 ミズリがノルマルであることを言おうとした矢先、ミズリはライの口をふさいだ。


(……ライ様、私がノルマルであることは内密に)


(な、なんで?)


(だって極東以外ではノルマルは絶滅したのです。そんなノルマルが目の前に居ると分かったら大事になってしまいます!)


(え? そうなの? ……まぁ、ミズリが困るなら黙っておくか)


 渋々承諾したライ。


 ライとミズリのやり取りを見て不審に感じるリーネ。


「勇者様、今何を言いかけたのです? ノルマ?」


「あー、えーと、ノル、ノル……そう! ノルマ達成だ!」


「はぁ?」


「いやだから! 村の娘達も助けて盗賊団の一味を近くの国の兵士に突き出した! まさにオレ達勇者の一行としてのノルマ達したようなものじゃね!? な!」


「ん……まぁそうですね」


 腑に落ちない感じではあるが、リーネは納得してくれたようだ。


「それでは、今日はこの村に泊めて頂きましょう、ワタシが村の者に交渉してきます」

















「いやっふぅぅぅ! 久し振りのベッドだぁ!」


 村の一室を借りて久し振りにベッドに飛び込むライ。


「はぁ、最近野宿が多かったもんなぁ、ん~最高」


 ベッドのふかふかを堪能していると、ライは懐から盗んだ金銭を出して数を数えていた。


「大分貯まってきたな。これをリーネにバレないように仕送りしてスラムの連中に送ってやらねぇとな」


 ライが盗んだ金銭は私欲の為ではなく、かつて自分が育ったスラム街の住人達の生活の足しになってほしくて盗んでいるのだ。


 ライにとってスラムの住人は家族同然。


 ライは基本リーネみたいに人助けはしない主義だが、自分と同じ境遇の者には同情し、手を差し伸べることができる。


「この金でスラムのガキやじじばば達が美味い飯食えると良いな」


「なるほど、やはりライ様は優しい心の持ち主でしたか」


「べ、別に優しくなんか……ん?」


「こんばんは」


 ライが振り返ると、そこにはミズリがいつの間にか部屋に入ってきていた。


「でも、やはり盗むのは良くないと思います」


「ん、あー、違うから、これオレの戦利品だからな」


 もしかしてミズリもリーネみたいに「今すぐ返してきなさい!」とか言ってくるのかと内心ドキドキしたのだが、そんなことはなく、ミズリはライのベッドへと腰掛けた。


「ご安心を、貴方のような義賊は私大好きですので誰にも言いませんよ?」


「大好き!? んん、ごほんごほん」


 不意の大好きに変に意識してしまったが、勘違いである事に気付いて冷静となり、ライは体を起こしてミズリの隣に座った。


「で? オレになんの用だ?」


「はい、今後の旅についてのお話を……その前に気になっていたのですが」


「なんだ?」


「ライ様の『ライ』とは良い名前ですね」


「ッ!」


 良い名前、それを聞いた瞬間ライの血相が変わった。


「……ざけんな、ふざけんなよ、ライが良い名前? んなわけねぇだろ! アンタ極東から来たって言うからライの意味知らねぇだろ!」


 一呼吸置いてからライは答えた。


「ライは『嘘』て意味だよ。オレにお似合いの名前だ、だってオレは実質偽りの勇者じゃん? これと言って何か特別な力があるわけでもない、盗んでばっかりで勇者として最低最悪じゃねぇか? ……でもさぁ」


 ライはミズリの顔を見つめる。


「ミズリ、アンタと一緒なら、オレは本物の勇者になれるのか?」


「なれます、私が保証します」


「そっか……オレ、勇者になってからずっと惨めに感じてたんだよな、いつもいつもリーネに頼りっきりで、オレはこそこそ盗んでばっかりでよ、リーネを、貴族を勝手に目の敵にして正気を保ってたつもりだったけど……もう、自分に嘘つかなくて良いんだな?」


「はい、それにライは極東では『雷』を意味します。ライ様は雷のように光輝くことができます」


「雷……はは、そいつは良いな、はは、ははは」


 自分が輝けるなんて、そんなの想像もできなかった。


 スラム出身と言うだけで皆から煙たがられ、(さげす)まれ、まともな職に就くことさえ出来なかった。


 そんな自分が勇者に選ばれたのだから、何かが変わると期待してたが、現実は何も変わらなかった。


 しかし、ミズリとこうして出会えた。それだけで自分は勇者として救われたような気がしたのだ。


「……そうだな、ミズリの話を聞かせてくれないか? 極東ってどんな所だ? そこはアンタみたいなノルマルだけの楽園だったりするのか?」


「あの国をノルマルの楽園と呼んで良いのか分かりませんが、私は故郷が好き、そしてこの世界が好き、だから魔王なんかに壊されたくない。だから私は故郷を出てビーストだけの世界に足を踏み入れたのです」


「……怖くなかったのか? 極東以外にはノルマルはいないんだろ? 周りはビーストだらけだしさ」


「怖い……ですね、今でも怖いです。ノルマルと言うだけで、昼間の盗賊達に目を付けられ売られそうになったのですから。ライ様が来てくれなかったら今頃私は……」


「うーん、なんかその、大変だったな。あ、その『ライ様』てのやめてくれないか? なんかむず痒いからさ、呼び捨てで良いよ、それと敬語も禁止、オレ達大して歳変わらないみたいだからさ」


「そう……だね、私も敬語は本当は苦手だったんだ、そう言って貰えると嬉しいよ」


 こうして話し合う事によってライとミズリは打ち解けあった。


 ライは最初はミズリの事を珍しがっていた。500年前に滅んだはずの伝説のノルマル、その生き残りに出会えたのだから。


 だが、話してみるとノルマルと言うだけで、いたって普通の女の子であることが分かった。


 ノルマルだろうがなんだろうが、普通の女の子を好奇な目で見る方がよっぽど失礼だ。


「なぁミズリ、昼間の『らいこう・いっせん』? 以外に何が出来るんだ? アンタが傍に居れば他にも色んな技が使えるんだろ! これでもうオレは足手まといにならずに済む!」


「その事なんだけど、きゃ!?」


 突然であった。部屋の窓ガラスが急に割れて、何かが部屋に侵入してきたのだ。


「な、なんだ!?」


 ライは慌てて剣を抜いてミズリを守るように立つと、そいつはゆっくりと顔を上げた。


「なんだこいつ!?」


 そいつには顔がなかった。あるとしたら目と口らしき三つの穴があるだけであった。


 そいつは道化のような格好しており、ライ達にお辞儀をした。


「お初に御目にかかります勇者殿、そして巫女殿、我輩は魔王十二魔将が一人『トルネズ=アスキート』と申します。以後お見知り置きを」


「魔王十二魔将……て、なんだ?」


 それが何なのか分からないライの代わりにミズリが説明してくれた。


「500年前の魔王が産み出した十二体の自我を持つモンスターです。魔王と共に封印されてたはずでしたが復活していたのですね……そしてトルネズ=アスキート、その名を忘れたりなぞしません」


 ミズリは炎のような赤い瞳でトルネズを睨み付ける


「500年前に極東以外のノルマルを全て皆殺しにした張本人! 勇者の巫女を務められるのはノルマルの女性だけだと知ってたから殺したのだな!」


「おお、なんと聡明な巫女殿だ! 紳士として淑女を手にかけるのは(いささ)か残念に思いますが、巫女殿さえ居なければ勇者殿なんぞ、ただの無力な小僧でしかないのですからな、貴女を殺した後に今度こそ極東も滅ぼしてやろう、そうすれば魔王様は永遠にこの世界の支配者になれるのですからな! オホホホホホ!」


 それを聞いたミズリから怒りを感じたライもトルネズに敵意を向ける。


「おいおい、ミズリには指一本も触れさせねぇぞ、十二魔将だかなんだか知らんが、オレとミズリならテメェなんかあっという間に倒してやる!」


「威勢だけは良いですねぇ、ですが残念、もう指一本以上触れましたので」


「なに? ッ!?」


 背後の異変に気が付いたライが振り返ると、ミズリは黒い影のような触手に拘束されていた。


「んー! んー!」


 触手はミズリの口を覆ってライに勇者の力を使わせないようにした。


「ミズリ!? くそ、なんだこれ!?」


 ライが必死にその触手を剥がそうするがビクともしない。


「申し遅れました。我輩【シャドウ=スライム】と言うモンスターでございます。簡単に言ってしまえば影から生まれ、影を実体化して自由自在に姿形を変えられるスライムの上位種であるモンスターでございます」


 丁寧な自己紹介してくれたが、今のライにはどうする事もできなかった。


「勇者様! ミズリ!」


 すると、異変に気付いたリーネが部屋に入ってきて、トルネズに強烈な槍の一撃を喰らわせるが。


「なに!?」


 手応えがなかった。


「無駄ですよ青髪の美しきお嬢さん」


 槍で貫かれたはずのトルネズはドロドロに溶け液状となって影の中へと消えていく、そしてトルネズに捕まったミズリも影の中へと引きずりこまれていく。


「んー! んー!!」


 必死に助けを求めるミズリに手を伸ばすライ。


「ミズリぃぃぃ!!」


 だが、その手がミズリを助けることは出来ず、ミズリはトルネズと共に影の中へと姿を消してしまった。


「くそ、くそぉ!」


 床を殴って己の無力さを嘆くライ。


 すると、どこからともなくトルネズの声が響き渡った。


『んんん、このまま巫女殿を殺すのはつまらないですねぇ、そうだゲームをしましょう勇者殿』


「ゲーム?」


『明日の夜までにここから北に30km先にある旧魔王城に来て下さい。ご安心を、魔王城だからと言って魔王様は居ませんし、他の十二魔将も居ません、我輩一人で待ち構えておりますので早く来て下さいね。でないと巫女殿の若い体の色んな部分を味わってからゆっくりと殺しますので。オホホホハハハハハ!!』


 そして、今度こそトルネズはミズリを連れて完全に居なくなった。


「何がゲームだよ、ふざけやがって……」


「勇者様……」


「いくぞリーネ」


 怒りに燃えた目を輝かせながらライは叫んだ。


「トルネズ=アスキート!! 必ずお前からミズリを盗んでやるからな! 覚えてろぉぉぉぉ!!」


 体を休めることなくライとリーネは村を出て北の旧魔王城を目指した。


 ミズリを、勇者と共に世界を救う巫女を助けるために、ライ達は最初の十二魔将が一人『トルネズ=アスキート』に戦いを挑むのであった。





 【後編】へ続く。

 【補足】

 ミズリが滞在していた村の村人達はミズリがノルマルであることを知ってました。

 ですが、それを盗賊にチクった村人の一人によって村は襲われてしまいました。


 次回はトルネズとの対決です。


 それとこのストーリーは連載させる気はありませんので、後編で書きたいことはできるだけ書き込んでみます。


 それでは、後編をお楽しみに~

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