転生令嬢(他称)は前世を疑う
初投稿です。
「リーン・カーネイション子爵令嬢、貴女との婚約は破棄する」
理事長主催の学園卒業パーティーにて何をとち狂ったのか私の婚約者にあらせられる第三王子ランバージャック・セレスティアル=スターレイン様はパーティーの開始する直前に声高々にそう宣言なさいました。
「そしてここにいるチャームと、いやチャーム・イーンクリング公爵令嬢と婚約する」
突然の婚約破棄宣言の衝撃の抜けきらぬ内に今度は噂の公爵令嬢との婚約を宣言なさるとは控え目に言ってドン引き─ゴホン、大変不愉快ですわ。そのように内心で毒を吐きつつ周囲を流し見ますと先程までの賑やかに談笑なさっていた方々が宛ら故人の送別式の最中の様に静寂に包まれておいででした。そんなお通夜状態の中で口を開かなければならないとはどんな拷問でございましょう。そしてチャーム様はその娼婦のごとき凭れかかった体勢から淑女らしい体の預け方に姿勢を正して頂きたいです。
「殿下、どの様な経緯を経て婚約破棄を決意なさったのかお教え頂けますでしょうか」
「理由なぞ貴様がよく知っているだろう。女王の生まれ変わりと偽って王家を翻弄したくせに――」
女王の生まれ変わり───それが国内における私リーンの共通認識であり、何故そのようになったのかと言うと切っ掛けは齢3つの頃にお母様が自ら淹れた紅茶でございました。お母様は『紅茶狂い』と陰で揶揄される程に紅茶がお好きでお好きで美味しい紅茶を飲むためなら平民に頭を下げて淹れ方を教授されたこともあったらしいです。そんなお母様が淹れてくださった初めて飲んだ紅茶に対し当時の私は「もっとおいしいのしってる」などと宣ったそうです。その言葉にお母様激オコ─ゴホン、とても激怒なさって家令のエフォートが宥めるのに苦労したと後に語っています。エフォートの尽力で気分を持ち直したお母様に「そのように仰るならその大言を証明なさい」、と言われた私は初めてであったのにとても慣れた手つきでお母様の紅茶よりも美味しい紅茶を淹れてみせました。それを始まりとして私の年の割りに異常な料理の上手さが発覚し、更にエルフで庭師のロンが私の味付けが200年前の女王様のソレと同じだと言い放ったのです。それを知ったお父様の手配で星観人に守護星を観てもらった所、私は転生の星の下に生まれたことが判明いたしました。そこへ追い討ちをかけるようにロンからの報告を受けた王家からの婚約の打診が入り、それからの子爵家はもう大騒ぎです。何せこのスターレイン王国を世界有数の穀倉国へ押し上げた偉大な女王様の生まれ変わりであることがわかったのですから。とは言っても私は自身の前世が偉大な女王だったなんて微塵も信じてはおりませんが、国の生き字引たるロンの言葉を否定できるものもなかった私はそのまま王家との婚約に至ります。え、女王の生まれ変わりというだけで何故王族との婚約が決まったのかですって?なぜなら件の女王様は死の際に”いずれ再び王座に戻ってくる”([注釈]要出典)と言い残したらしいのです。その戯れ言―ゴホン、言伝えの体現者として私は祭り上げられたのです。
「――とこの様にリーンではなくチャームの方がバーレー女王の生まれ変わりに相応しいのだしたがって──」
どうやら私が内面に意識を向けている間、殿下はイーンクリング公爵令嬢との惚気話を延々と仰っていたご様子です。チャーム・イーンクリング公爵令嬢は確か今から3年程前にイーンクリング公爵家に引き取られた先代公爵が女中の一人との間にもうけた庶子なのだとか。緩くウェーブのかかった金髪に小動物を連想させる仕草、おまけにドライアイとは無縁といえる常に潤んだ瞳で見上げられると大抵の殿方は陥落すると幼い時分に悪戯を仕掛けあった友人は述懐しておりましたがそれは事実のようです。王族すらも落とすとは蜜小熊というよりはカズラスイレンに近いと私どもは思うのですがまあそれは心の内に秘しておきまして、どうやら婚約破棄の理由は私よりも女王の生まれ変わりに相応しい方を見付けたからのようですね。
「殿下の仰りたい趣意は解りました。『女王の生まれ変わりは私ではなく、そちらにいるチャーム様である』これが殿下のひいては王家の御判断に相違ありませんか?」
まだ惚気話に華を咲かせていらした殿下のお話を強制的に断ち切り、その様に問いかけると殿下は少々吃りつつも「そうだ」と返答なさいました。その反応からして殿下の独断であることが伺えますが、重要なのは不特定多数の目の中でそう発言したことなのですから。
「承知いたしました、婚約破棄慎んで承ります。つきましては子爵たる父に報告したく思いますので失礼いたします」
口速に婚約破棄に同意し急いで会場から離れる。去り際に殿下の声が聞こえた気がしたが、気にせずにその場を去って侍従の待つ馬車の元へ向かった。
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馬車の中でほっと一息つくと側仕えのデディが早めにパーティーを退出した理由を聞いてきた。
「お嬢様、卒業パーティーへの出席はもうよろしいのですか」
「ええ。パーティーを楽しんでいる場合じゃなくなったの」
「お嬢様、言葉遣いが崩れております」
6歳の頃より側仕えとして私の世話をし、時に礼儀作法の講師として有頂天で高くなりかけていた鼻を理路整然と叩き折り、あるいは護衛騎士として襲いかかってきた悪漢を文字通り一蹴したパーフェクトメイドなデディが口調が崩れているのを指摘する。けれども、
「もういいのよ。だって───」
──王家との婚約は破棄になったのだから。それを聞いた彼女は普段のパーフェクトメイド然とした態度からは想像できないデカイ声を出して驚いた。
「はぁ!?ちよちょちょっと、こ婚約破棄ってどうゆうことですか」
「声が大きいわデディ」
私が注意すると「申し訳ありません」と彼女はすぐさま冷静さを取り戻していつものポーカーフェイスに顔を整える。
「それでお嬢様、婚約破棄の事情をお訊かせ願えますでしょうか」
「何でも私よりも女王の生まれ変わりらしい人を見付けたかららしいわよ」
「どうして伝聞形なのですか!」
「だってあの王子の惚気話が長かったんですもの。あのまま喋らせていたら日が昇ってしまうか、内面(物理)の話にまで及びそうだったし」
それに騒ぎが長引くとそれを聞き付けた理事長がやって来て問題を有耶無耶にされてしまいそうだったし、と心の中でそう呟く。今、馬車は実家である子爵家に向かっているわけだが憂鬱だ。はぁ、両親に最初に伝えることが無事に卒業したことでも成績優秀者として表彰されたことでもなく、王子との婚約破棄に関してなのが何とも言えない。お父様はまぁ不承不承ながらも納得してくれるだろうけれどもお母様がなぁ、婚約破棄されたのを手放しに喜んで意気揚々と私を料理長に任命して美食を堪能する様が容易に想像できる。料理するのは嫌ではないので、別にそれは構わないといえばそうなんだけれども、他家の方をお招きする茶会で私に侍女の格好をさせて紅茶を淹れさせようとするのはさすがにやめて欲しい。一時期、それで裁判沙汰にまで発展しかけたのだから。
そもそも味付けがそっくりだからという理由だけで私を女王の生まれ変わりと断定したのは時期尚早だと思うのよね。だって私が覚えているのは料理に関することだけだし、時折誰も知らない見たことのない調理器具が思い浮かぶこともあるし、その事をロンに言っても子供の戯言だと思われてまともに取り合って貰えなかったのよね。それについて色んな人に聞いても、王城の制限図書室にも立ち寄らせて貰って記憶の中のそれを探してもついぞそれと思われる名称や記述の一つも見付かることは無かった訳だし。
などといったことを考えながらこれから待ち受ける災難に思わず溜め息をつくリーンであったがそんな彼女とは裏腹に馬車は優々と本邸へ走っていくのであった。
簡易人物紹介&設定
リーン・カーネーション
本作の主人公、前世がバーレー女王と言われている。
《フレーバーテキスト》彼女の前世は某食事店評価サイトで三ツ星を獲得したお店で働くシェフで結構波瀾万丈な人生を送ったらしい。
ランバージャック・セレスティアル=スターレイン
スターレイン王国第三王子、リーンを断罪した。
《フレーバーテキスト》樵の星の下に生まれた。稀少な星に生まれた兄姉達に嫉妬している。
チャーム・イーンクリング
リーンに替わって女王の生まれ変わりと呼ばれることになる元平民の公爵令嬢。
《フレーバーテキスト》彼女は世にも珍しい2つの守護星の下に生まれた人物であるが女王の生まれ変わりというわけではない。彼女を守護する星の1つである暗示の星の影響でそう勘違いされているだけ。
バーレー女王
スターレイン王国を世界有数の穀倉国へ押し上げた凄い人、後世に面倒な遺言を残している。
《フレーバーテキスト》彼女は別にそんな遺言を遺していない。
カーネーション子爵夫人
リーンの母、『紅茶狂い』の異名を持つ、紅茶の為なら悪魔に首から下を差し出せる位には紅茶を愛して止まない人。一番好きな紅茶は娘が淹れた紅茶。
《フレーバーテキスト》カーネーション子爵家に嫁いだ最大の理由は茶葉の産地だったから。王家との婚約に一番難色を示していた。
エフォート
カーネーション子爵家の家令。
《フレーバーテキスト》最近の悩みは執事見習いの頃から使用人達でかわいがっていた猫が1ヶ月ほど姿を現していないこと。
ロン
エルフの庭師。実年齢は少なくとも200歳以上。
《フレーバーテキスト》もうまもなく生誕1000年を迎えつつあるいつまでも童心を忘れていないパワフルお爺ちゃん。
イーンクリング先代公爵
チャームの実父。
《フレーバーテキスト》親バカ。入り婿。息子に爵位を継がせた後は愛人の元で娘共々スローライフを満喫する予定で内々に計画を進めていたがそれに勘づいた息子の調査によって露見されたことで娘を公爵家の一員として認めた。
デディ・ケイション
炊事・家事・護衛等々をこなすパーフェクトメイド。
《フレーバーテキスト》代々優秀な執事、女中を輩出しており、彼等が三代続けて仕える家は繁栄するなどの与太話があるくらい有名なケイション家の生まれ。
カーネーション子爵
リーンの父。
《フレーバーテキスト》良識のある貴族らしい貴族。夫人との結婚は政略だったが夫人の人柄に触れ、溺愛するようになる。愛人とかはいない。
守護星
スターレイン王国で産まれた人の殆どが宿している不思議な力。守護星に守られている者は肉体が頑丈になり寿命が通常の倍になる他、自身を守護している守護星が担っている概念を扱える、若しくはそれと関わりの深い一生を送ることになる。ごく稀に複数の守護星に守られて産まれる人がいる。
星観人
他人の星を観ることのできる人々。彼ら以外に宿っている星を確認できる者はいないのでとても重宝されている。
転生の星
幾多の守護星の中でも唯一現世ではなく来世で力を発揮する星。現世で獲得したモノを1つだけ来世に持ち込むことができるようになる。この力で持ち込めないモノは他者に所有権が移っていたり、守護星の様に与えられただけのモノ、運ぶことのできないモノ等が該当する。
お目汚しありがとうございます