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辺境再起編

 魔王軍強し!王国滅亡も秒読み!

 右下に小さく「……か?」と書かれた、ゴシップ記事感が溢れる号外が各都市にばらまかれた。

 ある日突然現れた魔王は、魔物の軍勢を率いて人間の国へと侵攻を始めた。瞬く間にいくつかの国が滅ぼされ、今まさに人間は滅亡の危機に瀕しているのであった。


 ここは魔王の侵略により命脈を絶たれんとしているとある王国。王都も主要な要塞も落とされてしまい、いずれ来る魔王軍の恐怖に怯える王国辺境の町。獣避けの木製の柵が町を囲い、小さなレンガ造りの家々はその門戸を堅く閉ざしている。警備をする兵士たちの顔にも諦めの表情がありありと浮かんでいる。


 その小さな町の中央に建てられた町長の家。その家の一室で、二人の男女が何やら騒いでいる。その二人とは誰あろう、先日より二度に渡り勇者召喚を執り行い、失敗してきた姫とじいである。騎士団の決死の護衛と時間稼ぎによって、砦を襲う魔王軍から何とかこの辺境の町まで逃げ延びることができたのであった。


 姫は繰り返される逃避行によってボロボロになった衣服は脱ぎ捨て、町長の娘から借りた麻の服を着て、分け与えられたパンやスープを一心不乱にかきこんでいる。水浴びでさっぱりはしたものの、かつては美しかった金髪はかなり薄汚れた様子である。もう一人のじいは、継ぎ接ぎだらけの黒のローブを身にまとい、床に向かって何やら模様を刻んでいる。


「うっ、うっ……ご飯食べられるのってこんなに幸せなのね、じい」


 姫は涙を流しながら延々とパンとスープを食べ続けている。給仕に専念する町長の妻の視線は先ほどから冷たいを通り越して氷点下にまで落ち込んでいる。じいはそんな姫をすっぱりと無視し、床に幾何学模様を刻みつけた。出来上がったのは複雑怪奇な模様を組み合わせて形成された魔法陣である。


「ふぅ、なんとかできましたな。姫。食事を終えられましたら早速勇者召喚の儀式を行いましょう」

「そうね、じい。三度目の正直。今度こそ勇者召喚の儀式を成功させてみせる」


 姫は口にご飯を目いっぱい詰めながらも何とか返事をする。口の周りには食べかすが点々とこびりついている。王族としての優雅な振る舞いはもはや一切感じられない。


 勇者召喚の儀式。

 それは世界の危機において、異世界から強力な力を持つ勇者を降臨させるという、この国の王族に伝わる秘儀である。ここにいるポンコツ姫はその脳内お花畑っぷりを遺憾なく発揮し、これまで召喚した二人の勇者を即座に送り返すという偉業を成し遂げている。その結果、魔王は王国の領土をほぼ掌握し、もう間もなくこの辺境にもその魔の手が迫ろうとしているのであった。そのような苦境を打破すべく、必ずや勇者召喚は成し遂げられなければならない。


「ごちそうさま。これで気力も体力も十分よ!儀式は問題なく執行できるはずよ」

「……」


 これまで二度裏切られてきたじいの視線は歴戦の戦士を思わせるかのように鋭く、図太さに定評のある姫もさすがにたじろいだ。


「だ、大丈夫よ、じい。さすがの私ももう絶対に勇者様を送り返したりはしないわ。ここで失敗したらご飯が食べられなくなりそうだもの」

「もし失敗したらあの魔王の軍勢と無手で渡り合うことになるのですが、何とか生き延びられるとお考えで?」


 そう言いながらもじいは、逃避行中に見せた姫の異常な生命力を思い起こし、意外と生き延びるかもしれない、などと考えていた。


「それよりじい、さすがに疲れたでしょうし、ご飯食べて少し休憩してきたら?万全の体勢で儀式に挑みましょう」

「そうですな。魔王軍が来るまで僅かながら時間もあります。ここで一度休ませていただきます。儀式は半刻後に始めるといたしましょう」


 姫の提案を受け、じいは疲れきった体をほぐしながら食事を取るべく部屋を出て行った。元々この部屋は町長の書斎であり、ここで食事を摂っていた姫が少しばかりアレなのである。出て行くじいを笑顔で見送り、独りきりになった姫は、椅子に座り込み何やら思索を始めた。

 初めこそ、行方知れずとなっている家族のことや、自分たちのために命を投げ出してくれた騎士たちに思いを馳せたり、改めて勇者召喚の儀式の手順を確認したりしていた。しかしそのうち、体を揺すってみたり髪をいじってみたりと、そわそわとした様子を見せ始めた。


 つまるところ手持ち無沙汰で暇を持て余していたのである。書斎の棚に並ぶ本も興味を引かれるような題目はなく、それ以外に何かできるものといえば……そう考えて目に付いたのが、勇者召喚の魔法陣であった。


「そうだ、魔法陣のアレンジでもしよっかな」


 そうぽつりと呟いて、悪巧みをする子どものような笑みを浮かべ、静かに魔法陣へと近づく。


 魔法陣のアレンジ。

 基本となる魔法陣に対し、模様を新たに付け加えたり入れ替えることで、異なる効果を発動するようにしたり、必要魔力の節約や威力を向上させる、一種の改良技法である。少し手を加えるだけの簡単なものから、もはや別物と見まごうばかりの複雑なものもあり、その奥深さにアレンジの研究者が多数存在するほどである。もちろん姫も基礎的な技術は教わっており、比較的得意な方であると自負していた。


「じいに見つかったら怒られちゃうかもだけど……魔力節約くらいはやっちゃってもいいよね。過去にやったこともあるって文献で見たし」


 そう独りごちて、魔法陣作成用の羽ペンを取り出し、鼻歌交じりにアレンジを施していく。その技術は確かであり、淀みなくペンが走り、数分も経たないうちに魔力節約のアレンジは完成した。


「ふふ~ん、で~きた。我ながら良い出来だわ!」


 満足げに完成した魔法陣を見つめて頷く姫。しばしの間は達成感に包まれていた彼女であったが、徐々に退屈という感情が再び頭をもたげてくる。

 そんな彼女に、内なる悪魔が囁く。

 --じいも帰ってこないし、もう少しだけやってもいいんじゃないか。

 そして姫は、数秒ほど考え、


「そうよね、もうちょっと……こことか、気に入らなかったのよね……」


 あっけなく悪魔の囁きに負けた。

 元々アレンジの才能を持ち合わせていた姫である。魔力効率や効果だけでなく、魔法陣としての美しさまで求めて、彼女はアレンジを推し進めた。


「こことここは入れ替えた方が魔力のロスがなくなるし、模様としても綺麗になるわ。あとこの部分、向こうと連結すれば火の属性値が上がって発動の安定率が上がるし……」


 ぶつぶつと呟きながら迷いなくペンを滑らせる。しばしの間呟きとペンを走らせる音だけが部屋に響き、ついに安定度と効率が大幅に向上した魔法陣が完成した。姫は立ち上がって魔法陣の全体を見渡し、満足したように笑みを浮かべる。


「良い感じね!」


 そう、ここまでであれば問題はなかった。彼女の身に潜む、二人目の悪魔の声に耳を傾ける、その前まであれば。


「……もう少しオリジナリティが欲しいわね」


 オリジナリティ。それこそが二人目の悪魔が囁いた禁断のワード。アレンジャーが陥る最大にして最凶の罠。独自性を発揮することを最優先し、それ以外の一切合財を切り捨て、ひたすらにオンリーワンという頂を目指す果て無き苦難の道。

 とはいえ、さすがの姫も最初は控えめであった。


「例えば、召喚時の演出をもっと派手にするとか。この辺いじればなんとかなりそうね。光だけじゃなんだし、音も出るように、っと」


 最初は比較的害のない改変を加えていた姫であったが、魔法陣を眺めているうちに、何かに気付きハッとした表情となった。


「これ、もしかして呼び出す勇者をある程度絞れるんじゃ?」


 そこからの姫は鬼気迫る様相であった。

 魔王を打倒できる、強い力を持った(イケメンの)勇者を呼び出すために。この苦難に立ち向かう、挫けぬ心を持った(金持ちの)勇者を呼び出すために。今にも折れそうな民を鼓舞する、熱い魂を持った(私にだけ優しい)勇者を呼び出すために!

 心の声が漏れそうになるのを抑えながら、必死に魔法陣のアレンジを加える。


 魔法陣のアレンジが終わった頃には、姫は疲労困憊し座り込んでいたが、目はぎらつき、必ず勇者召喚を成し遂げるという熱い意思を宿していた。やがて、じいが休憩を終えて部屋に戻ってきた。


「姫、お待たせいたし……」

「じい!やるわよ!勇者召喚よ!」

「は、はいっ!」


 扉を開けて室内に入ってきたじいに姫は鋭い眼光をぶつける。その気迫にたじろぎながらも何とか返事をしてじいは魔法陣の方へ駆けていった。そして魔法陣のそばによると、大量のアレンジが加えられていることに気付き悲鳴を上げる。


「姫!このアレンジは何を!?」

「うるさいわね、静かにしていなさい!さぁ、今こそ現れよ!私の、私だけの勇者よ!」


 高笑いを上げながら姫は魔法陣を起動した。魔法陣に異常があるとはわかっていても、起動してしまった魔法陣はもはや止められない。じいは愕然とした面持ちで無事に召喚が為されることを神に祈ることしかできなかった。

 魔法陣から黄金色の光が迸り、空中に幾重にも折り重なった金色のリングが浮かび上がる。リングはゆっくりと回転を始めると、そこから小さな稲妻が生じる。どこからか荘厳なファンファーレが鳴り響き、まるで王都のパレードのようなきらびやかさである。


「姫、なんなんですこの光は!前回までと全く違いますぞ!?」

「ふっ。私の理想の勇者様(だんなさま)を呼び出すのだ。これくらいの歓迎は当然であろう?」

「いや、勇者様この光景見れてないですし。あとさっきからセリフが悪役みたいです」

「かまうものか!これで夢の新婚生活は私のものだ!」


 魔王が憑依したかと見まごうほどの見事な高笑いがあがる。ファンファーレが高らかに鳴り響き、金色のリングの回転が早まっていく。そしてリングの中央に光が凝縮されていき、人型を徐々に形どって行く。もう一呼吸もすれば、勇者が降臨する。そのようなタイミングでそれは起こった。


「ん?」

「……魔法陣から煙が出てるわね」


 魔法陣の外縁上で、ぷすぷすといった音がしたかと思うと、光が徐々に弱まり、代わりに煙がうっすらと噴出してきた。順調に回転していた光のリングも動きがぎこちなくなっていき、やがて止まって地面にごとりと落ちた。次の瞬間、ボフン!と大きな音を立てて魔法陣が爆発した。部屋が煙と埃に包まれる。


「ゲホッ、ゆ、勇者様は?」

「煙がひどくてわかりませぬが、何かがいる気配はしますな」


 二人は咳き込みながらも互いの無事を確認し、煙が晴れるのをしばし待つ。果たして、魔法陣の中央には召喚されたと思しき何かがいた。それは二人に向かって唸りを上げ、吼えた。


「ワン!」

「……犬ね」

「まごうことなき犬でございますな」


 小型犬であった。のんきに舌をたらし、しっぽを振りながら姫に近づいていく。


「こ、この子が勇者様?はっ!もしや変身技能を持ってたり満月になると人になるとかの!?」

「いえ、普通の犬ですな。勇者としての力を全く感じませぬ」

「……だよね」


 姫はがっくりと肩を落とした。犬は姫の臭いをかぎながらその周囲を周っている。首には飼い犬であることを示すかのように首輪がついている。


「どうやら飼い主がいらっしゃるようですし、送り返して差し上げるのがよろしいでしょう」

「そうねーはぁ……チェ~ンジ」


 明らかに落胆した声でそう唱えると、魔法陣と犬が少しだけ輝きを放ち、次の瞬間にはその姿が見えなくなった。


「あ~あ、今度こそイケメンでお金持ちで私にだけ優しい理想の勇者様が来てくれると思ったんだけどな~床の材質が悪かったのが敗因よね、魔石を練りこんだレンガだったら、それかせめて石造りの……」

「姫」


 ぶつくさと文句と反省を始めた姫の背後から、じいの声がかけられる。これから起こるであろう出来事を瞬時に察知し、姫はピシリと動きを止めた。油の切れた機械のようにギギギとじいの方に振り向くと、じいは満面の笑顔を浮かべた。


「覚悟はよろしいですな?」


 その日、町長の部屋からはじいの呪詛のような説教と姫のすすり泣く声が一日中響くこととなった。


 かくしてその翌日、町は占領された。

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