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王都奪還作戦編

 魔王軍により、王都陥落。

 衝撃的なニュースが王国中を駆け巡った。ある日突然現れた魔王は、魔物の軍勢を率いて人間の国へと侵攻を始めた。瞬く間にいくつかの国が滅ぼされ、今まさに人間は滅亡の危機に瀕しているのであった。


 ここは辛うじて魔王の軍勢を凌いでいるとある王国。その王都にほど近い要衝に建造された砦。堅牢な石壁の上に見張りの兵士が絶え間なく巡回し、等間隔で建てられた見張り櫓には煌々と篝火が焚かれ、魔王軍の襲来に備えた厳戒態勢がとられていることが見て取れる。


 その石造りの砦に設けられた会議室で、二人の男女が床に刻まれた怪しげな幾何学模様を前に何やら話しこんでいる。その二人とは誰あろう、先日勇者召喚を執り行った姫とじいである。魔王軍の襲撃を命からがら抜け出し、この砦までたどり着いたのであった。


 姫は決死の逃避行によってやや薄汚れてしまってはいるが、それでもなお高価であることが一目でわかる旅装を身につけている。砦での手入れの甲斐もあり、エナメルブロンドの美しい髪も健在である。もう一人のじいは、一張羅の黒ローブを羽織り、腰まで伸ばした白い髭を撫で付けている。疲れは見えるものの、今やるべき使命を果たさんという意気込みを感じとれる。


「姫、魔方陣の準備はできましてございます。今度こそ、魔王に対抗すべく勇者様を召喚いたしましょう」


 じいが魔法陣の最終確認を終え姫に向き直る。


「もちろんよ、じい。今度こそ、勇者召喚の儀式を成功させてみせるわ」


 姫は自信の両手を握り締め、祈るように目を瞑った。儀式自体は成功してたんですが、と突っ込まないだけの良心がじいにはまだ残されていた。


 勇者召喚の儀式。

 それは世界の危機において、異世界から強力な力を持つ勇者を降臨させるという、この国の王族に伝わる秘儀である。王都にて勇者召喚の儀式は成功したものの、悲しい事故によって勇者を送還することとなってしまった。騎士団は必死に抗戦したものの結果は惨敗、王都は魔王軍に占拠された。そのような状況を打破すべく、二人は召喚用の魔方陣を描き、今まさに救国の英雄を呼び出さんとしていた。


「異世界の勇者様。どのような方がいらっしゃるのでしょうか」

「……頼みますからもう勇者様を送り返すようなことはなさらないでくださいよ」

「わ、わかってるわよ、じい。私だってあの後すごい反省したんだからね」


じいのじっとりとした視線を受け、流石の姫もばつが悪そうに口を尖らせる。


「結婚なんてのは魔王との戦いが終わってから考えればいいのよね。まずは目の前の国難を乗り越えることに集中しましょう」

「ひ、姫。ようやく王族としての自覚を……」


じいは姫の思わぬ成長ぶりに涙腺が緩みかけた。が…


「そう。苦難を乗り越える中で育まれる絆、傷を負った勇者様を必死に看護する私、ふとした瞬間に触れ合う手と手、言葉も交わさずに見つめあい、次第に二人の距離は縮まっていき……キャー!いいじゃない!いいじゃない!」


 じいの顔から表情がすっと抜け落ちた。姫の脳内お花畑が絶賛満開中であることに激しい疲労感を覚える。


「姫、今回は何に影響されたのでございますか?」

「え?いやーこの城の侍女が落ち込んでる私を見かねて本を貸してくれたのよ。召喚された勇者とのラブロマンス集、みたいなやつでね、すっごく良かったのよ!王道のイケメン勇者とお姫様モノとか、ワイルド中年との美女と野獣モノとか!あと変わったところで女性勇者とお姫様が~みたいなのもあって禁断の恋っぽい感じが~」

「姫に本を貸し出した侍女の首に縄かけて連れてくるように!」


 じいは頭痛をこらえるようにうめきながら、部屋の外を警備している兵士にそう声をかけた。

 

 本。

 それは娯楽の少ないこの王国において、かなりポピュラーな趣味として親しまれている。特に姫が借り受けたような勇者との恋愛小説は貴婦人たちの間では非常に人気が高く、過去には人気作家が女王から謎の叙勲を受けたという逸話もあるほどである。傾向としては、若年層向けのものはかなりぼやかされた表現されるが、対象年齢が上に行くにつれて官能小説もかくやというレベルのハードな描写が増えていく。ちなみに今回姫が読んだのは比較的表現が刺激的なものであったようである。

 

「え、侍女ちゃんとお話させてくれるの?あの子とは趣味あいそうなんだよね~」

「そんなわけないでしょうが!お説教のあと反省室で24時間耐久正座の刑です」

「うわぁ、かわいそう…」


 同じ刑に処してやろうか、とじろりと目を向けると姫は明後日の方向に目線を逸らし、吹けもしない口笛をヒューヒュー鳴らし始めた。


「とにかく!一刻も早く勇者様を召喚しましょう!そして魔王を退治して平和な王国を取り戻すのよ」

「さようでございますな。さっ、姫様。魔法陣の方へ」


 気を取り直して意気込む姫に、じいは魔法陣への道を指し示した。


「……くれぐれもどのような方が現れても動揺なさいませぬよう」

「じいもしつこいわね、わかってるわよ」


 姫は改めて注意を促すじいを半ば振り切って、魔法陣の前に立ち、大きく深呼吸を一つ。


「さあ、今度こそおいでませ!私の白馬の王子様!できれば同年代くらいのイケメンを希望します!」


 じいが頭を抱えるような掛け声を持って、姫は魔方陣を起動する。魔方陣から青白い光が迸り、風が吹き荒れ始める。姫は今度こそは、という期待を込めた眼差しで魔法陣を眺める。じいはかなり呆れた視線を姫に向ける。光と旋風が強まっていく中、魔方陣の中に大きな光が現れ、徐々に人型をかたちどって行く。しばらくすると一際大きな閃光が生じ、それを契機に光と風が収まっていく。薄れ行く光の中、魔方陣の中心に人が立っていることがわかる。


「うむ、勇者召喚は成功のようですな」


 まだ輪郭程度しかわからないが、そのシルエットはかなり細身であり、身長もすらっと高い。姿勢だけでも凛とした佇まいを感じさせるその光景に、先日の王都で起きたような悲劇は起こるまい、とじいは安堵のため息をついた。


「ああ、お会いしとうございましたわ!勇者さ…」


 姫も半ば確信を持って、婿確保!とばかりに勇者に抱きつくべく、光の中へ飛び込んだ。たくましい腕に抱かれ、そのぬくもりを感じ取るべく。しかし…


「おっと。大丈夫かい、君?」


 姫の耳に届いたのは男性にしてはやや高い声の囁き。また、その体を支えるのはたくましいというよりは柔らかな腕であった。何より、姫の顔は丁度勇者の胸あたりで抱きとめられており、弾力あるふたつの膨らみが姫の頬を包み込んでいた。


 つまるところ召喚されたのは女性勇者であった。

 年の頃は10台後半。短く切りそろえられた黒髪、切れ長の目、女性にしてはややハスキーな声を持つその勇者は、同年代の女性方から「お姉さま」と呼ばれるような雰囲気を持つ美女であった。


「姫、無事に召喚できてようございましたな」


 勇者としての力も申し分ないことを見て取ったじいは、姫にそう声をかける。この外見であれば、頭お花畑な姫様でも文句はあるまいと思い、じいは心底ほっとしていた。


 しかし、安心したのも束の間。


(……姫の様子がおかしい。)


 長年の従者経験から、じいは確信めいた思いを抱く。姫が先ほどから勇者に飛び込んだ状態から微動だにしていなかったからである。

 召喚された勇者も状況が飲み込めていないのだろう、困った顔をじいに向けたりしていたのだが、突然姫が小刻みに震え始めた。ちらりと見えた顔は何故か真っ赤になっていた。


(まずい!)


姫を制止させるべく、じいが動き始めた時にはもう遅かった。


「ちぇ、チェンジ!」


 姫が顔を赤く染めたままそう叫ぶと、魔法陣が一瞬だけ輝くと、女性勇者はふっと消えていった。


 そう。姫は女性勇者に抱きとめられた瞬間、侍女から借り受けた本にあった「女性勇者と姫の禁断の恋」のエピソードを思い返していたのであった。

 そこに描かれていたのは女性同士の友情、そこに芽生えたほのかな恋心。魔王との決戦を経て、二人はついに互いの気持ちに気付く。しかし、その二人の行く手を阻むように持ち上がる姫の縁談。勇者は姫を自分のものとすべく、縁談相手と決闘。卑劣な罠にかかり満身創痍となった勇者だが、愛の力でそれを乗り越え、姫をさらって異国の地へと落ち延びる。そこで燃えるような暑い夜を……

 という所まで思い出して、姫はオーバーヒートしたのであった。


「何やってんですかこのアホ姫!」

「だって!さすがに女性同士はアブノーマルだわ!淑女としては殿方との健全なお付き合いを…」

「アブノーマルなのはあんたの精神構造だよ!」


勇者召喚の魔方陣は再び沈黙した。


かくして2日後、砦は攻め落とされた。

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