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勇者召喚編

 魔王、挙兵す!

 衝撃的なニュースが全世界を駆け巡った。ある日突然現れた魔王は、魔物の軍勢を率いて人間の国へと侵攻を始めた。瞬く間にいくつかの国が滅ぼされ、今まさに人間は滅亡の危機に瀕しているのであった。


 ここは辛うじて魔王の軍勢を凌いでいるとある王国の王都。高い城壁とレンガ造りの建物が建ち並び、その中でも一際大きく荘厳なる王宮の一室。その室内で二人の男女が床に刻まれた怪しげな幾何学模様を前に何やら話しこんでいる。

 一人は豪奢な服を優雅に着こなし、エナメルブロンドの髪をなびかせる妙齢の女性。もう一人は仕立てのいい黒いローブに身を包み、腰まで伸ばした白い髭が印象的な禿頭の老爺である。


「姫、心の準備はよろしいですかな?」


 老爺が女性に問う。


「もちろんよ、じい。この勇者召喚の儀式は必ず成功させてみせるわ」


 姫と呼ばれた女性は決意を秘めた眼差しでそう答える。じいと呼ばれた老人は覚悟を決めた姫の様子を確認すると、地面に描かれた複雑怪奇な図形-ー魔方陣に向き直った。

 勇者召喚の儀式。

 それは世界の危機において、異世界から強力な力を持つ勇者を降臨させるという、この国の王族に伝わる秘儀である。魔王を打倒しようと王国の騎士団が今も尚奮闘を続けているが、旗色は悪く、このままでは王国が滅びるのは時間の問題であった。そのような状況を打破すべく、二人は召喚用の魔方陣を描き、今まさに異界の救世主を呼び出さんとしていた。


「異世界の勇者様。どのような方がいらっしゃるのでしょうか」

「過去に執り行われた儀式では様々なようですな。屈強な戦士であることもあれば、年端も行かぬ少年、老人や女性だったこともあるとか」


 そう、この儀式は初めてではない。過去何度かに渡り世界の危機に際し、勇者召喚は行われてきた。


「ですが、勇者様方はどのような見た目であっても、必ず強大な力を持って現れ、世界を救ってきたといわれております」


 じいはそう補足する。姫はそれに対して首肯しつつも、


「初代勇者様のような方がいらしてくださればいいのですが」


 初代勇者。

 それは今となっては詳細な記録は残っておらず、各地の伝説としてその武勇が語られるのみであるが、過去召喚された勇者の中で随一の力を持っていると言われる。輝くような金色の髪と透き通るような碧眼を持った絶世の美男子であったとされ、勇者召喚の儀式を執り行った女性を娶り、この王国を作り上げた初代国王でもある。その人気は今尚高く、絵画のモデルや舞台の演目としても良く取り上げられる。


「そうですな。今代の魔王は非常に強力な力を持っているようです。それに対抗するには初代勇者様のような……」

「何といっても超絶イケメンらしいですからね!」

「ええ、イケメ……は?」


 じいは信じられないものを見るような視線を姫へと向けた。


「勇者様に魔王をとっちめてもらったら、勇者様と結婚して~イケメンな旦那様とあま~い生活を送って~子どもは3人くらいほしいかな~キャー!もうヤダはずかしい~!」


 もうヤダはこちらの台詞である、と喉元まで出かかった言葉をじいは必死に飲み込む。


「ねえじい、そんな感じになったらステキじゃない?私ももう結婚適齢期なのにお父様が過保護なせいでずっと独り身だし……そう考えるとこれはきっと運命なのよ!」


 結婚適齢期ではなく行き遅れの領域に差し掛かっており、独り身なのはその脳内お花畑っぷりが知れ渡っているからである、という突っ込みをこらえ切れたのはじいの類まれなる精神力の賜物であろう。


「そ、そうでございますな。きっと神の思し召しでございましょう。とはいえ、まずは勇者様を召喚し、魔王を討伐していただかねば」

「もう、じいったらわかってないわねー私が呼び出すんだから魔王なんてちょちょいよ!」


 姫は何故か自信満々に胸をはる。


「さあ、とにかくおいでませ!私の白馬の王子様!」


 正式な呪文からかけ離れた掛け声を持って、姫は魔方陣を起動する。魔方陣から青白い光が迸り、風が吹き荒れ始める。姫はわくわくとした様子で、じいはやや不安げにそれを注視する。光と旋風が強まっていく中、魔方陣の中に大きな光が現れ、徐々に人型をかたちどって行く。しばらくすると一際大きな閃光が生じ、それを契機に光と風が収まっていく。薄れ行く光の中、魔方陣の中心に人が立っていることがわかる。


「おお、勇者召喚は成功ですぞ!」


 じいが快哉の声を上げる。


「ああ、お会いしとうございましたわ!勇者さ…」

 

 光が薄らいでいく中、姫は召喚された勇者に向かって駆け出し、すぐに凍りついたように止まった。じいはその奇妙な姫の様子を見て、その固まった視線の先を追った。

 そこには、脂ぎった黒髪、死んだような目、不摂生を体現したかのような太った体を持ち、数m離れていても漂ってくる異臭を放つ男がいた。姫は先ほどまで思い浮かべていた絵画のモデルになるほどの美男子とのギャップに襲われ、精神の安定を保つために一時的に思考を停止しているようであった。


「姫、無事に召喚できてようございましたな」


 現れた男が、勇者としての能力を持っていることを感じ取り、じいは安心した様子で姫に声をかける。


「え、ええ……」


 姫は引きつりきった笑顔をじいに向け、目を瞑り大きく深呼吸する。腐っても王族。内心を隠すなど日常茶飯事である。いつも通りの微笑みを浮かべ勇者に向き直った。次の瞬間。

 勇者は笑みを浮かべた。

 うっすらと空けた口の端には糸が引き、ニチャリとした音がなる。呼気からはこの世ならざる腐敗臭が漂い、大型肉食獣のうめき声のような音が響いた。それが男の笑い声であることに誰も気づかぬほどの、尋常でない笑みであった。


 刹那、姫はこの男との結婚生活を思い浮かべた。思い浮かべてしまった。先ほどまで味わっていた薔薇色の妄想の余韻を味わっていたのがいけなかった。絶世の美男子との甘い生活が、目の前の獣のような男との地獄のような生活に置き換わる。悲鳴を上げずにすんだのが奇跡といえよう。


 姫がそのような衝撃的な空想に頭をやられたのは一瞬のことであった。次の瞬間には決意を秘めた目で勇者に向き直り、言葉を発した。


「チェンジ!」


 ふっと魔方陣が明滅したかと思うと、魔方陣の中に立っていた男は掻き消えた。


「……はっ!?何しとるんですか姫!」


 じいが今起きたあまりもの出来事に対応できず、泡を食って姫に掴みかかった。


「というか今の何ですか!勇者様はどこへ!?」

「だってあんな人と結婚なんてしたくないもん!送り返してやったわ!」

「結婚しろなんて誰も言ってないでしょうが!」

「うるさい!あんなのに救ってもらうくらいだったらこんな国滅んじまえ!」

「なんてこと言うのあんた!」


勇者召喚の魔方陣は完全に沈黙した。


かくして3日後、王都は滅んだ。

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