おらが農園から
何を思ってこれを書いたんだろう?
乙女ゲームとかやったことないのに。
数ヶ月前に書いたと思うんだけど、書いた当時の精神状態が知りたい。
そして続きを書ける気がしない。だからあらすじも投げやり。
消すのも勿体ないし、出来ている分だけ投稿します。
執筆中フォルダを圧迫して邪魔なので。
『おらが農園』というマイナーゲームがある。
タイトルからしてぱっとしないそのゲームの評価はフツー。
楽しくもないしつまらなくもない凡ゲー。
野菜を植えて収穫して売りさばく。時折やってくる商人に野菜を売り金銭を得る。
得た収益を使って建物を増やし廃村同然の村を立て直していく。
ただこれだけのゲームなのだが、ある一点に置いてこのゲームは抜きんでていた。
バグが多かったのだ。
面白いバグ画像をキャプチャーして集めるのが趣味だった俺は、そのゲームを中々楽しくプレイしていたのだが、四徹してうっかり寝落ち。
目が覚めるとゲームの主人公である中嶋田五作になってしまったことに気がついた。
説明書によると田五作の年齢は三十八才。童貞で髪はぼさぼさ。
着ているものはモンペに土にまみれた丸首白シャツ。
パッケージイラストでは麦わら帽子を被って、首に巻いたタオルで汗を拭いながら収穫したトマトを手に、白い歯が輝く大層素晴らしい笑顔浮かべている。
俺は泣いた。俺は少なくとも田五作よりもイケメンだった。モテるためにジムにも通っていたから腹筋は見事なシックスパックだったし、服選びだって入念に気を使っていた。
親の仕送りを当てにしながら遊びほうける大学生活から一転、何にもない田舎に転生させられたこともそうだが何より加齢が辛かった。花の二十代をすっ飛ばして一気に四十手前である。
なのに田五作の貯蓄はゼロだった。確かにゲーム開始時の所持金は0なのだが……あんまりだ。
俺は田五作になってしまった物は仕方がないと死にものぐるいで働いた。
初めての農作業で辛かったけれど挫けなかった。
ゲームで使っていた作物育成能力がそのまま使えたことも大きかった。
マップオブジェクト変換などのバグもそのまま使えることも判明。
ゲームの知識で肥料のバランスなどを覚えていたおかげで俺が作る野菜の品質は常に最高品質だった。
おかげで村の収益が上がり、村に多大な貢献をした俺は村長になった。
更にそこから作物目当てに村を襲ってくる魔物を倒したり、野菜の品種を改良したり村長として濃密な二年を過ごす。
――そして、時は流れて田五作が四十才になったその年のことだった。
そろそろ畜産にも手を出そうと、牛を仕入れてみようかと悩んでいるそんな折に王都から使いが来たのである。
使いの目的は俺の村で出来た野菜を取引したいとのことだった。
どうやら俺の働いた二年で俺の育てた野菜が王都でブランドにまでのし上がったらしい。
話を聞くにその使いの人は「ウィズダム学園」で働く経理職員とのことだった。
俺は「ウィズダム学園」と言う単語に聞き覚えがあった。
……俺は記憶と知識を総動員する。そして思い出す。
あ、その学園って妹が好きでやっていた乙女ゲーの舞台だったなと。
タイトルは確か「キスから始まるPARTY☆KNIGHT」だったかな。
芋づる式に思い出される数々の記憶。
そういや「おらが農園」と「キスパー(乙女ゲーの略称)」の開発メーカーは確か一緒だったんだよな。
恐らく遊び心だろうが、一時期妹が「キスパー」をプレイしながら「背景CGに変なおっさんがいる!」と叫んでいたことがあったことを思い出す。
その画面をこっそり覗き込んだ俺には変なおっさんの正体が田五作だとわかったんだけどな。
……いやいや、まさか世界観を共有しているとは思わなかったぜ。
だって田五作って明らかに日本人の名前じゃないか。
「キスパー」の攻略対象達は「アレクセイ」だとか「クリストフ」とか明かなキラキラファンタジーネームである。
交渉に来た使いの人を村長として俺は歓待した。村で取れた自慢の野菜料理を振る舞うと大いに満足してくれた。
その翌日、俺が野菜を育てているところを見たいというので俺が開発改良した畑に案内したわけだが、その時にちょっとした問題が起きた。
俺が野菜を育てているゲーム能力が「土魔法」だとその使いの人は言うのだ。
それも規格外のレベルだという。
確かにたった一人の人間が数十キロ四方に及ぶ畑を管理している光景は改めて考えると異常だ。
そして俺にその能力を活かして「ウィズダム学園」の土魔法科の教師になってくれと言うのである。俺は二つ返事で頷いた。
生きるために仕方なく働いていたとはいえ、俺には代わり映えのしない田舎暮らしが辛かったのだ。
こうして俺は使いの人と共にウィズダム学園に向かうこととなった。
村の人は行かないでくれと泣き叫んでいたが……「ざんねん、田五作の冒険はここで終わってしまった」とでも思って後は頑張ってくれ。
田五作の暮らす村には爺さんとばあさんしか居ない。
もう今後の人生を田五作としていきなければいけない覚悟は半ば決まったとはいえ、生涯独身を貫くには辛すぎる。
もう、オラこんな村いやだ。王都さいぐだ。
にわか「キスパー」知識だが、ウィズダム学園は王都の一角にあって文化水準も高い。
嫁探しをするにも村にいるよりもずっといい。
馬車に揺られること一週間。
襲ってきた盗賊や魔物をスコップで返り討ちにしながら比較的平和な道程が終わった。
俺は王都にやってきた。「キスパー」でみた中世ヨーロッパ風の町並みだ。
だが、俺は気づいてしまう。通りを歩く人々と田五作の顔面偏差値の差を。
何というか絵柄が違う。田五作は昭和な劇画調だが、町の人間は時代の最先端を行くハイクオリティCGだ。
「おらが農園」エリアから「キスパー」エリアに移動したからだろうか?
俺一人だけ浮いてしまっている気がする。
王都の町並みを進み、見覚えのある城のような建物が見えてくる。
ウィズダム学園だ。魔法を使うことの出来る王侯貴族が通う学舎である。それ以上は知らない。
俺は妹に半ば無理矢理勧められて三十分くらいプレイしただけだからな。
俺は使いの人間に連れ立って歩く。
カフェテラスで紅茶を飲みながら歓談する様子。エアコンの効いた室内。
改めて「おらが農園」と「キスパー」の格差を思い知る。
更にすれ違う美男美女が俺を見てヒソヒソと噂している様子を見て俺の殺意はMAXになった。
こいつら見た感じ元の俺と年齢がさほど変わらない。
俺が大学中退?させられて虫に食われながらあくせく農作業をしているというのに、きゃぴきゃぴといちゃつきやがって。人のこと馬鹿にしやがってと。
だが、俺は強制的におっさんにされたとは言え、もういい年の大人だ。
小さなことに腹を立てたりはしない。
俺の目標はこの学園で良い先生となることだ。
教師としてキスパーエリアに留まることが出来れば便利な都会暮らしを維持できるのだ。
「キスパー」知識だと王都の文化水準は日本にかなり近い。
ファンタジー世界なのに映画館はあるようだし、ファーストフード店なんかもあるっぽい。
カラオケやゲーセンが出てきたときにはもう何でもありだと俺は思った。
魔法世界の貴族文化は欲しい。でも貴族男子と日本の街でデートもしたい。
多分、おいしいとこ取りな考えでこんなちぐはぐな世界観が構築されたんだと思うが……メーカーさんよ、流石に欲張りすぎだろう。
乙女のファンタジーに対する夢を壊さないためか、建物の内装も清潔で日本に近いときている。
嫌なリアルを極限まで省いて、乙女が憧れる綺麗な世界観を目指しているんだろう。
攻略対象の家なんかはシステムキッチン完備で電気水道ガスのライフラインが全て揃っている。
ちょっとでいいからおらが農園エリアの人達に文明レベルをわけてやってくれ。
田五作の住んでいた藁葺きの家は隙間風がビュービューだったし、川の水を溜める水瓶どかしたらウジ湧いてるしで酷いもんだったぞ。
火打ち石で火を熾して、毎日一時間かけて沢まで水を汲みに行き、藁の布団で眠るおらが農園エリアの住人が可哀想じゃないか。
同じ世界だとは思えないぞ。
俺は立派な町並みをや学園施設を見て改めて心に誓う。
俺の目標は王都で暮らし続けること。
王都を知った今、「おらが農園」エリアへの帰省はバッドエンド以外の何ものでもない。
折角舞い込んできたウィズダム学園の教職の仕事。
この職を失ったら、また冴えない田舎暮らしに逆戻り。
肥だめをかき混ぜて肥料として畑に撒くあの辛い日々が待っている。
「よし、頑張ろう」
学園長に謁見すると、魔法の力を見せて欲しいと言われたので俺はおらが農園のゲーム能力を披露して見せた。するともの凄く驚かれた。やっぱり異常な程強力な魔法の力らしい。
俺から採用してと頼み込むまでもなく、向こうから教職員になってくれと頭を下げてきた。
なんでも学園の先生達は今魔王軍との戦いで駆り出されていて人手が足りないらしい。
魔王いるのかよと一瞬思ったが、そこはスルーすることにした。
「おらが農園」をプレイしている間、魔王なんて単語は一回も出てこなかったからだ。
それでもおらが農園の世界は五十年、百年と延々と平和な時を刻み続けた。
つまり、誰かが魔王をぶっ倒したことになる。
推測だと「キスパー」エリアの住人がどうにかしたんじゃないかと俺は思っている。
「キスパー」エリアに来てから初めて魔王という単語を聞いたということは「キスパー」エリアの人間がどうにかするイベントに違いないからだ。
「おらが農園」世界の田五作である俺にはきっと関係のない話だろう。
俺は教職員としての仕事内容について聞いた。
……結果。どう言うわけか俺はいきなり新入生のクラスを受け持つことになったようだ。
丁度入学式を一週間前に控えている時期だったらしい。
で、そこからの一週間は学園施設を覚えたり簡単な事務仕事をしながら過ごした。
そして入学式の日。
「今日がら、おんめぇらの担任になっだぁ、田五作だぁ。よろしくしてけろ」
……我ながら変な喋りだと思う。正直、恥ずかしい。
俺としては「今日から担任になった田五作だ。よろしくな」と言ったつもりなのだが、口から出るときに勝手に独特の訛り言葉に変換されてしまうのだ。田五作になっておよそ二年、何度も治そうとして治らなかったのだからこれはもう一種の呪いの類だろう。
巻き起こる失笑の嵐。
生徒の初顔合わせ。俺はその中に『キスパー』の主人公であるシェリアを発見した。
……そして同時に気づいたことがある。
確か、シェリアのクラスの担任って闇属性のちょっと危ない感じのイケメン教師『シュナイゼル』だったなぁと。
(……あれ、いきなりシナリオ変わっちゃったんじゃね?)
これは他ゲーから迷い込んだ田五作(俺)が知らず知らずのうちに乙女ゲーの世界観を蹂躙していく物語である。