目の前の美少女は空き巣です。
―――ねぇ助けて!お願い殺されちゃう!早く鍵を見つけて…私も世界も…壊れちゃう
内容は殆ど思い出せないが変な夢を見た気がする。一説によると変な夢を見た日は何か良いことがあるとかなんとか聞いたことがある。
「まだ五時半か…」
いつもより早く起きた俺は目覚まし時計が鳴るのを待っていた。そろそろ朝から鳥達のさえずりが煩くなる季節だった。
「助けて…って言ってたよな」
俺はさっきの不思議な夢について考えていた。一つだけ分からないことがあったからだ。それは、俺が一人ではなかったということだ。俺の周りには数人見知らぬ者がいた。一体に誰なのかぼんやりとした夢の記憶では真相には迫れなかった。
「あ〜疲れた。帰るか」
放課後、特に部活をしている訳でもないので俺は帰路についていた。朝からの眠気がまだ取れずにいて、よろよろ歩いていた。
「―――!?」
丁度国道沿いの広い道路に差し掛かった時後ろから車が凄まじいエンジン音を響かせていた。近い。
振り返ると歩道の人をなぎ倒し、暴走していた。そして今まさに俺に向かって迫ってきていた。運転手の顔は少し見ずらかったが、常人のそれでは無かったことはなんとなく分かった。それに圧倒され俺は身動きが出来なかった。
―――俺は死ぬのか。そう思って目を瞑った。硝子や鉄の砕ける音が当たり一体に広がった。
しかし、俺の身体は吹き飛ばされず何の衝撃もこなかった。
恐る恐る目を開くと、車はどう曲がったのかは知らないが、俺の目の前から逸れて、近くの電信柱に突っ込んでいた。
「あ…あああ?…」
驚きできちんとした言葉が出ない。辺りには野次馬達がわんさか湧いていた。
壊れた車の方を見やると、白い毛玉が颯爽と車からボロボロとでていく。しかし、それに気づく者は1人もいなかったようだ。みんな車の方に目を奪われていた。
俺は逃げるように現場を去った。
「ハァハァ。何なんだよ全く今日はとんだ厄日だな」
もう今日は一歩も出てやるかと家を目指して全力疾走した。どこか恐ろしさを感じて、振り返ることもしなかった。
しかし、全力で帰宅した俺を更なる試練が待ち受けていた。家の前に青いフリフリとした西洋風のドレスを着た女の子が玄関を眺めていた。嫌な気しかしていなかったが、俺は彼女に恐る恐る声をかけた。
「えと、俺の家に何か用かな?」
彼女は俺に話しかけられるなり、嬉しそうな顔をした。
「あ、あの私…空き巣です。この本からこの世界に来てしまって…それより私追われてるんです!どうかたすけていただけませんか?」
彼女は聖書のように分厚くて沢山の鍵でロックしてある本で顔を恥ずかしそうに隠した。しかし、彼女の言動を思い出す限り、一つだけ聞き捨てならない言葉がある。彼女は空き巣だ。
「なるほど、可愛い泥棒さん。話くらいは聞いてやろう」
俺は彼女を少し罵るような口調で話した。無論自分から空き巣なのだと名乗る奴にどう対応して良いかなど分かるわけもないのだ。取り敢え逃げ腰で話すのは悪手だとは勘が教えた。
彼女は泥棒という言葉に反応し、こちらに顔を向けた。
「ち、違うんです。別に盗むつもりじゃなくて…」
どこかバツが悪そうな顔をした彼女を見た感じそこまで悪く…ないのかもしれない。
「待て待て。そもそも何故俺の家を狙った」
金か…それとも親のアクセサリーの類か…
「それは……大きな家の人なら多少寛容な方かと」
満点!目的こそ無いが、この家を狙う同期としては百点満点!というかこの状況、何かおかしい様な気がしているのだが。
「あの…中には」
俺の長考に痺れをきかしたのか彼女は問いかけた。
「入れるか!!んな物騒な」
勢いに押され彼女は後退した。
「何故です?助けて下さい!」
「こっちの台詞だ。そもそも泥棒に家を明け渡す奴がどこにいる?」
「ちょっとです。ちょっとで良いんです」
「そのちょっとがこっちは怖くてたまらないんだろうが!!」
「えと…えっと…だから」
彼女は次の言葉を考える間もないくらい焦っている様子だった。キョロキョロと辺りを見回し、何かを探している様でもあった。
そして、俺に視線を向けた。
「その首の鍵を貸してください!」
彼女は俺が首から下げている錠前付きのネックレスをひったくった。そうとう彼女の力が強かったのか、嫌な音を鳴らしてネックレスは壊れた。
「何すんだ!?痛てぇな!」
彼女は俺の言葉なんて上の空でさっきの本を取り出した。
「早くこの世界から抜け出さないと…」
ぶつぶつと何かを言っている彼女に俺は煮えくり返った。
「だからさっきから何言ってるんだ?お前は只の空き巣だろ?」
「黙って下さい!今にわかります。…もう追手が」
彼女の視線の先には沢山の兎が猛進していた。数なんて数えていたらキリがないほどであるそれらは羽毛の壁という程のものを形成していた。
「く、来るぞ」
後退りしながら言ったが彼女は動かない。
「お前も呑み込まれるぞ。逃げないのか?」
「もう少し…開きました!こっちに来てください」
本の鍵を解除したのか、本は光を放ち、開かれるのを待っているという感じであった。
「さぁ行きますよ!」
彼女はワクワクした顔で本を見ていた。
そして、二人は本から出た光が呑み込んでいった。