第5回 奄美シマ唄巡礼
この放送では、皆様からの奄美情報をお待ちしております。
ご意見、ご感想、情報の齟齬などがありましたらどしどしお寄せください。
※物語はフィクションですが、事実に基づいたストーリーとなっております。
「うがみんしょーらん、南高の奄民部長のリコです」
「こんにちはー。同じく奄民のミドリです。今日も、エフエムハレかな!『みどりこのシマ唄きばらんばぁ』の時間がやってきてしまいました。どうぞ最後までよろしくお願いします。なお、この番組は『シマ唄の未来を考える、奄民』、奄美民謡研究部の提供でお送りします」
「今なんか『やってきてしまいました』っていわなかった?」
「いや、だってね。シマ唄を標榜しているくせに、毎回毎回シマ唄についてほぼ触れてへんやん?」
「わかってるんなら、ちょっとは話題にあげたら?」
「いや、あげなあかんなーとは思うんよ? せやけどなかなか、シマ唄いうても幅広いやん? なにから喋ればいいのやら、よくわからへんやん?」
「まあ、確かにな。歌詞だけでも千や二千じゃきかないもんな」
「それに、島人じゃない人にいきなりシマ唄の話してもわからへんことない?」
「いや、すでに奄美のマニアックなトークしてる時点でついてこれてる人少ないから……」
「それでも、奄美には興味ある人はいると思うけど、シマ唄ってねぇ……」
「シマ唄やってる人間の口からでるセリフじゃないね。そうしたら、こんなのはどうかな。シマ唄ゆかりの地を紹介するみたいな」
「おお、それはありかも!」
「シマ唄ってさ、地名が入っている唄が結構多いんだ。その場所を紹介してみたらどう?」
「リコちゃんが真面目なこといってるわ……」
「あたしはいつだって真面目だよ!」
「はいはい。それで? 地名が入っている唄ってどういうのがあるの?」
「まずはこの前、遠足でいった長雲峠の地名が入った『長雲節』だな」
「ああ、ナナちゃんが好きだといっていた唄ね」
「これは龍郷集落と秋名集落の間の峠道を越えて愛しい人に会いに行くときの気持ちを唄ったものだといわれているんだ」
「りこちゃんには当分、縁のなさそうな話やね」
「うるさいな! 放っておいてよ!」
「ちなみに、これって他の歌詞もあんの?」
「あるよ。有名なのはこういうやつ。
〽西久早走馬に 朱塗り鞍掛きてぃ
長雲ば 走らち 行きば龍郷
っていう歌詞で、これは円集落の西久という村に、すごく脚の早い馬がいて、長雲を越えて、恋人と一夜を明かした後に、その馬に朱塗りの鞍を掛けて長雲峠を疾走していけば、あっというまに龍郷に帰り着いた、っていう伝説を唄っているんだ」
「へぇ、円っていったら、陸上部のハルナちゃんが円やったんちゃう?」
「たしか、そうだな」
「円って足が速い生き物がうまれやすいんやろか?」
「いや、偶然。それ偶然だから! むしろ、ハルナのは努力の結果だから!」
「ところで、その乗って帰ってきた馬ってどうすんの? 乗り捨て?」
「えーと、他の地名の唄? 有名なのはなんといっても『嘉徳なべ加那節』だね」
「……いま思いっきり無視したよね? したよね?」
「ちなみになべは人の名前だけど、嘉徳が地名なんだよ。ついでに、歌手の元ちとせの出身集落だよ」
「へぇ、そうなんや? 行ったことないわ」
「大島南部の、それも太平洋側のしずかな集落らしいよ」
「らしいって、リコちゃんも行ったことないん?」
「いや、実は一度行こうとしたことはあるんだよ?」
「自転車で?」
「さすがに自転車では行けないから! すごく遠いから! お父さんの車で行ったんだけど、本当なら国道を通って住用を越えて、網野子のあたりで林道に入るルートが早いんだけど、ちょっと色気だしてマングローブから太平洋まわりで市っていう集落から林道に入ったんだよ」
「ごめん、全然わからへん」
「悪いな。要するに、細い山道を越えるルートで行ったのね。で、あともう数キロメートルで嘉徳に着くってところでさ、倒木があって通行止め。あの時のお父さんの絶望した顔が忘れられなかったよ」
「あはは、笑ったらアカンけど、目に浮かぶわ。その顔」
「とにかく、この『嘉徳なべ加那節』はシマ唄の難曲であると同時に、人気の曲でもあるんだよ」
「ふーん。あたしまだ唄ったことないねんけど?」
「ちょっと変わってるからな。三下がりといって、調弦も変えないといけないから」
「ふーん。歌詞は?」
「カサン節とヒギャ節とでかなり変わるんだけど、おおむねこんな感じ。
〽嘉徳なべ加那や 如何しゃる日に生れたかぃ
親に水汲まち 居座てぃ浴むぃろ
意味は、嘉徳のなべという女性は、どのような生まれをした人なのだろう。親に水を汲ませて、自分は座ったままで水浴びをするという。って感じの、まあいわば伝説や噂話の類だね」
「リコちゃん、聞いていい?」
「なんだ?」
「なべ加那さんってニート?」
「なんでだよ!」
「いや、座ったままで親に水浴びさせるってあたり。壁どんしたら、水浴びさせろよッ! いつもいってんだろ! って感じの人なんかなって」
「飛躍しすぎ! そうじゃなくて、まあ、諸説あるんだけど、一説にはこのなべ加那は神様のような神々しさがあって、親もそのことを自覚して、娘に対して神様のように敬っていたというのが有力だね」
「ほー、実際はどうやったんやろね。なべさん」
「なんか渡辺さんのあだ名みたいにいわないで……」
「そういえば、なべさんって田辺さんとか稲辺とかには使わへんよね。不思議」
「あはは、確かに。他にもいろいろと地名の入った唄はあるんだけど、カサン節でよく唄われるのに『芦花部一番節』というのがあるんだよ」
「あしけぶ! あたし、大雨で芦花部小中学校に避難してんよ!」
「その芦花部にばあ加那っていう女性がいて、その美しさにあちこちで噂がたつほどだったらしいよ」
「へえ、ばあさんが」
「絶対いうと思った! ちゃんと若い女の人だから! 超人気だったんだから!」
「まあ、いまでいうところの石原さとみ的な?」
「それはどうか分からないけど、とにかくそのばあ加那がすごい人気だったってのが伝説に残っていて、その唄が
〽芦花部一番や 上殿地ぬばあ加那ヨ
小早一番や 実久小早
という唄が有名だね」
「ごめん。最初の芦花部一番とばあ加那以外全部わからへん。
「これは、赤木名の代官所に上納品を届けに行った瀬戸内の若者たちが、帰りに赤木名の浜から小早つまり、舟で瀬戸内に戻るときに、実久集落の若者が、せっかくだから、噂に聞く芦花部のお屋敷に住むというばあ加那を一目見ようとして寄り道をしたらしいんだ。その実久の若者は、寄り道をしたにも関わらず、ばあ加那の不思議な力を得て、結局一番に瀬戸内の浜に帰り着いたという伝説だよ」
「へえー、芦花部ってめっちゃ山の中やったけど、そこまで寄り道しても一番にできるほど、ばあさんってすごかったんや?」
「ばあさんはやめろ! まあ、何にしてもこの唄も芦花部、秋名方面では人気のある唄だね。やっぱりお里自慢の唄っていうのはいいもんだよ」
「そうやね。ばあ加那がいたら、ぜひ会ってみたかったね」
「そうだな。どんな綺麗な人だったんだろうね」
「うん、というか、いっしょに住之江競艇に……」
「高校生はギャンブル駄目だから!」
「蛭子さんと地方ロケとかさせてみたり」
「それ絶対に競馬か競艇行く! ばあ加那の使い道間違ってるから!」
「何にせよ、昔の奄美には絶世の美女がようさんおったんやね」
「まあ、伝説になるっていうくらいだから、やっぱり美しかったんだろうね」
「アーマーミー48とか作れたり?」
「随分地方色強そうなグループだな、おい。それより、今日もそろそろ時間だけど、どうだった。ようやく本気でシマ唄話をしてみたんだけど」
「うーん、そうやね。なんていうか、やっぱり思うんは、あたしシマ唄の話題でラジオすんのまだ無理やわ」
「このラジオ番組のコンセプト全否定かよ!」
――この番組は『シマ唄の未来を考える、奄民』奄美民謡研究部の提供でお送りしました。