4-10 心の世界
驚きの表情を浮かべて固まっている拓海と胡桃の二人の間を歩いて大和の姫巫女、神代美琴は二人の正面に座布団を置いて正座をした。
「さて、アストレアの権力者からの紹介状だったかしら? 紹介状を見せてくれる?」
「あ、はい。これです」
美琴の声にハッと我に返った拓海は慌ててマジックバックから紹介状を取り出して美琴に差し出した。
「どれどれ……」
美琴は拓海から受け取った紹介状の封を開け、中にあった手紙に目を通し始めた。読み始めた美琴は時折驚いたような表情を浮かべていた。
(そういや、あの手紙になんて書かれてるのかな?)
しばらくして美琴は手紙を自分の隣の畳の上に置いて一呼吸置いて拓海を見据えて微笑んだ。
「まさかルミエールさんに書いてもらった紹介状だったとはね……。事情はわかったわ。ちょっと待っててね」
美琴はその場で立ち上がるといそいそと部屋を出ていった。
「ふぅ……。なぁ、さっきいつの間に後ろにいたんだあの人? 全然気付かなかったんだけど……」
「私もだよ。まあ美琴さんは冒険者の中でトップ五に入るくらいの実力らしいからね〜」
「なるほど……って冒険者!? 姫じゃないのか?」
「ふふっ、まあそうなんだけど昔から冒険者をやってるんだってさ。戦いでも最前戦で指揮したりするらしいよ〜」
(まじか……。只者ではないと思っていたけど凄いなあの人)
拓海と胡桃が雑談していると襖を開けて美琴が部屋に戻ってきた。その美琴の後ろにはさっきまでいなかった茶髪で長めの髪を左右で結んだ水色の瞳を持つ綺麗な顔立ちの女性がついてきていた。
「待たせたわね。あ、そういえば胡桃は事情を全て知っているんですよね?」
「まあ、完璧には把握してないけどある程度は知ってるつもりだよ」
胡桃の言葉に美琴は確認するかのように拓海の方に視線を送った。視線に気づいた拓海は胡桃なら大丈夫と一つ頷いて見せた。
「それじゃあ始めましょうか。胡桃は私の後ろにいるルナと手を繋いで。ちょっと拓海君は私の正面に座って目を瞑ってね」
(何するのかな? まあとりあえず言われた通りにするか)
拓海は言われた通りに美琴の正面に正座した。
「ルナやるわよ」
「了解。いきますよ!」
「「“イルミナル・リード”!」」
美琴は拓海のでこに指を置き魔法を詠唱した。目を瞑った拓海は美琴とその後ろに立っていた女性の声を最後に自分の意識が遠のいていくのを感じた。
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「うわっ!?」
美琴達が魔法を唱えると四人は眩い光に包まれた。あまりの光の量に思わず胡桃は目を瞑った。
「ーーーーここは……?」
胡桃が目を開けると不思議な空間に漂っていた。空間というより水の中のようだ。しかし不思議なことに水の中だというのに普通に呼吸をすることが出来る。
「ここは拓海君の心の世界よ」
声がした後ろを振り向くと、そこには美琴とルナがいた。
「心の世界?」
「心の世界っていうのは人が無意識のうちに作り出した一人に一つ存在する自分の様々な感情を受け止める器を具現化した空間だよ。さっきの私達の魔法は人の心の世界に入ることが出来るの」
「そしてここは拓海君の心の世界ってわけ。それにしても話には聞いていたけどここまで酷いことになっているとはね……」
水中は所々濁っており、いくつもの瓦礫のような物が浮いていた。そして、目を凝らすと三人の真下の深い場所に巨大な何かが沈んでいるのがわかった。
「胡桃、ルナは私の後について来て」
美琴は沈んでいる巨大な何かに向かって勢いよく移動し始めた。不思議なことにこの空間では自分が行きたいと思った方に何もしなくても移動することが出来るようだ。
やがて三人は一番下まで降り切ると目の前にある巨大な何かを見て絶句した。
「これは……龍?」
三人の目の前には傷まみれで意識を失ってぐったりとした真っ白な龍が横たわっていた。胡桃が呟いた隣で美琴はルナの方を見た。
「ルナ……。この龍が何かわかる?」
「うーん、拓海君って水属性の魔法も使えるんだよね? 多分だけど水の精霊じゃないかな? 私とは住んでた場所が全然違うから何とも言えないんだけどね」
「加えて龍ってことは大精霊かもしれないわね。とりあえず全力で治療するわ。多分この世界から弾き出されるだろうから覚悟しておいてね」
「え、覚悟って何ーーーー」
「“セイクリッド・ベネディクション”!」
美琴が魔法を詠唱すると濁った水が漂っている水中のありとあらゆる場所がキラキラと光輝き、それぞれの光が大きくなっていくと、やがて胡桃の視界はホワイトアウトした。




