4-8 重なる心
「ーーーーん……? うわっ!?」
拓海が目を覚ますと目の前には胡桃の寝顔があった。驚いた拓海は身体を起こして周りを見渡すと今の状況を理解した。
(あー……昨日俺達はあのまま寝ちゃったのか)
既に陽が出ており、陽の光が海面を照りつけキラキラと反射して輝いているのが見えた。
「朝も良い景色だな……っと、流石に胡桃を起こすか」
拓海は隣で気持ち良さそうに眠っている胡桃に呼びかけて肩を軽く突っついた。
「おーい朝だぞ胡桃。起きろー」
「すぅ……すぅ……」
胡桃の方に向いてしゃがんで声をかけても反応がなく、どうやら爆睡しているようだ。
「うーん、まいったな……」
困った拓海は仕方なく胡桃を背負って慎重に梯子を下りると昨晩夕飯を食べた畳の部屋に運びこんで、そっと背中から下ろして寝かせておいた。
「そういや、昨日風呂入ってないな俺達……」
自分のマジックバックに手をかけたところで拓海はそんなことをふと思った。
(風呂の場所は昨日胡桃に聞いてるし、シャワーだけ借りるか……)
拓海は自分のマジックバックを持って風呂場に向かった。
風呂場に着いた拓海は服を脱いでマジックバックに放り込んで隅の方に置くと、腰にタオルを巻いて風呂場に入った。
「すげぇなこれ……」
拓海の前には大浴場にあるような空間が広がっていた。一番奥には温泉まである。
(昨日からすげぇしか言ってないな。まあ、本当にすごいからな……)
拓海は昨日、今日と色々すごいと思うものを見てすごいとしか感想を言っていない自分の語彙力が低下に頭をかきながら苦笑した。
そして、全身洗い終えた拓海は風呂場を出ようかと思ったが視界の端に湯気が程よくでている温泉が映った。
「……。ちょっと浸からせてもらうかな」
久々に温泉を見てしまった拓海は入りたい衝動に駆られて、折りたたんだタオルを頭に乗せるとつま先からゆっくりと湯船に浸かった。
「は〜。やっぱり温泉って最高だなぁ……。それにしても家に温泉があるとか羨ましいなぁ」
しばらく湯船に浸かった拓海はそろそろ出ようかと立ち上がりかけた時だった。拓海の後ろの方に位置する風呂場の扉が横にガラガラと音を立てて開いて、誰かが入ってきたのだ。驚いた拓海は急いで湯船に浸かり直し、扉の方をこっそりと向いた。
「拓海どこ行ったのかな……? まあ、先に風呂だけ入ってから探せばいっか」
そこにはタオルを身体に巻いただけの胡桃の姿があった。
(ちょっ、おまっ……まじかよ!? 俺のマジックバックに気付かなかったのか? それよりこの後どうしよ……)
胡桃は鼻歌交じりに全身を洗うと温泉に向かって歩いてきた。そして隠れる場所もなく湯船に浸かりながらあたふたしていた拓海と目が合った。
「や、やあ……おはよう胡桃……」
「え、あ……」
目が合った胡桃の顔は徐々に赤くなっていくのがわかった。その様子を見た拓海は慌てて目を逸らしてタオルを腰に巻きながら立ち上がって急いで湯船から出た。
「す、すまん。先に上がるな!」
胡桃から逃げるように脱衣所に向かおうと歩き出した。
「え?」
振り返ると脱衣所に向かおうと歩き出した拓海の手を胡桃が顔を赤くしながら握っていた。
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「え?」
胡桃に手を握られて引き止められた拓海が困惑しながらこちらを見ていた。
(あ、あれ? な、何で私、拓海を引き止めたんだろ?)
胡桃は顔を赤くしながらとりあえず何か喋らないと、と思いあたふたと話し始めた。
「べ、別に一緒に入っても良いよ……」
拓海は胡桃の言葉に口をぽかんと開けて驚いていたが、結局拓海は湯船に浸かり直していた。二人は背中合わせになって湯船に浸かっていた。とりあえず入ったはいいが胡桃は胸がドキドキしていて声をかけられずにいた。
「ごめんな胡桃。胡桃が眠ってる間に入ろうかなって思ってさ」
「いや私も拓海が先に入ってるのに気付かず入っちゃったからさ……。あ、部屋まで私を運んでくれたの拓海だよね? ありがと」
「胡桃が気持ち良さそうに寝てたし無理矢理起こすのも悪いかなって思ってさ」
その拓海の言葉を最後にしばらく沈黙が流れていた。胡桃は自分の頰が火照り、心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。
(何だろ? 心臓の鼓動が早くなってる……。病気かな……? でも病気にしては何だか心地が良いな)
胡桃は拓海の背中にもたれかかった。拓海の身体が一瞬驚いたようにビクッと動いたが、そのまま拓海は沈黙していた。余計に心臓の鼓動が早くなり、何だか恥ずかしくなってきた胡桃はしばらくして立ち上がり、タオルを身体に巻きつけた。
「そ、そろそろ上がるね! 付き合わせちゃってごめんね拓海」
「あ、あぁ……先に上がってくれ。俺はしばらくしたら上がるからさ」
振り返らずに片手を上げて言葉を返した拓海の背中を一瞥すると胡桃は脱衣所に歩いていった。
(拓海の背中……大きくて暖かかったなぁ……)
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胡桃が脱衣所に繋がる扉を閉め終わる音を聞いて、拓海は息を大きく吐き出した。
(何かあのままずっと二人でいたらやばかったな)
拓海は風呂場の天井を見上げて自分の理性がよくもったなと自画自賛していた。
(そういや、胡桃に俺の心臓がばくばくしていたの気付かれたかな? だとしたら何か恥ずかしいな……)
そんなことを考えながら、しばらくしてから拓海も脱衣所に向かうのだった。
4章は日常回が多くなってますね。
次回はようやく拓海がルミエールに紹介された人が登場します!




