2-1 魔法
2章スタートです。
「傷の手当てだけじゃなくて服まで……本当に何から何までお世話になりました」
「いえいえ、私も他では聞けない貴重なお話を聞かせていただいたので」
エンデ村を発つ前に、事情を知る仁はこれから必要になるだろうと余っている衣類、所謂こちらの世界の服を拓海に何枚か譲っていた。こちらの世界の服と拓海の世界の服とでは服の素材が異なり、一部の人から見ると良くも悪くも目立つことになってしまうと胡桃と仁に言われた拓海は、仁から貰ったこちらの世界の服に着替えることにしたのだ。
そして現在、その他諸々の出発の準備を終えた二人が、仁と村の番人に見送られながら聖都に向けてエンデ村を出発するところだった。
「本当にありがとうございました!」
「お気をつけて。貴方の旅路が良きものになりますように」
そう微笑みながら軽く頭を下げる仁に改めて一礼した拓海は先に村の外で待っていた胡桃の方に走っていくのであった。
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村を出た瞬間、まるで異なる世界に踏み出したかのように心地の良い微風と陽の光が拓海を包み込んだ。
感じたことのない温かい何かを感じた拓海は、一瞬不思議な感覚を覚えながらも眼前の光景に言葉を失っていた。
見渡す限りの美しい緑の波。膝下くらいまでしかない鮮やかな緑色の草木が陽の光でキラキラと光を照り返しながら微風になびき、ゆらゆらと揺れている。
拓海はその見慣れない光景に思わず声を上げた。
「おぉ……。何か、こう、凄い景色だな……」
「え? 拓海の世界では珍しい光景なの?」
「まあ草原はあったりするけど、ここまで見渡す限り草原ってのは見たことなかったからさ」
目を細め、風に髪をなびかせながらそう答える拓海に、口元に小さく笑みを浮かべた胡桃は髪を耳にかけながら尋ねた。
「ねえねえ、拓海の世界のことも何か教えてよ!」
「そうだな……。えっと、まずはーー」
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拓海と胡桃がお互いの世界のことなど雑談しながら歩き出して数分たった頃、胡桃は話を止めて何も言わず隣を歩く拓海の前に片手を上げた。
一瞬驚いた拓海は思わず歩くのを止めて立ち止まった。
「どうした?」
「あれよ、あれ。ボアトロールがいる……。拓海見える?」
片手で口元に人差し指を立てて小声で囁く胡桃が指を指した方に拓海が目を向けると、少し離れたところに体長二メートルほどの猪に似たモンスターが鼻をひくつかせながらうろついていた。
(あの猪みたいなやつはボアトロールって名前なのか……。にしても、でかい牙だな。あれで獲物を突き刺して仕留めるのかな)
拓海がボアトロールを見ながら興味津々といった様子でそんなことを考えていると、軽く伸びをした胡桃が拓海の肩を叩いた。
「どうした胡桃? ボアトロールってモンスターは見えてるぞ」
「ちょっとここで待ってて」
「おーー」
拓海が何か言う前に、隣に立っていたはずの胡桃が視界から消えた。
「ッ!?」
驚いた拓海はボアトロールの方に目を向けると、既に胡桃はボアトロールに肉薄していた。
ボアトロールは懐まで胡桃に接近されて、ようやく気が付き突進しようと構えたがもう遅い。
「フッ」
脇差を抜き放つと同時にボアトロールの前足を撫でるように切り払い、鮮血が噴き出すと同時に呻き声を上げて体勢を崩した。噴き出した鮮血が胡桃に付くより速く、胡桃はボアトロールの横に流れるようにまわりこんで腰にセットされた短剣を抜き放ち左手で構えた。
「付与魔法“闇”」
胡桃がそう唱えると同時に短剣の刃から黒い靄が溢れ、瞬時に硬質な黒色に輝く刃となって短剣の刀身が伸びた。
そして、刀身が伸びるのを待つ間もなく動き始めていた胡桃は目にも止まらない速さのまま流れるように短剣で二、三回斬りつけると、ボアトロールは小さく呻き声を上げて絶命した。
その後、黒い刃が消え、黒い刃に付着した鮮血が地面に落ちると共に短剣と血を振り払って落とした脇差を納刀した胡桃は、ボアトロールの素材を数十秒で手早く剥ぎ取って何事もなかったかのようにこちらに戻ってきた。あまりの手際の良さに目を見開いて呆然としていた拓海は思わず拍手をしてしまった。
「すごいな……」
「ふふっ、ありがと!」
「ところで最後のあれはなんだ? 黒い靄が出たと思ったら短剣の刀身が少し伸びてた気がしたんだけど」
「あれは魔法よ。付与魔法っていう武器や防具とか色々な物を強化する魔法だよ」
「なるほど、今のも魔法なのか……」
「闇属性の付与魔法だね〜」
そう感嘆している拓海は、魔法について興味が湧いてきたところでふと一つの疑問が頭に浮かんで胡桃に尋ねた。
「あ、そういや俺も魔法とか使えるのかな?」
「そういえばさっき拓海の世界で魔法が使える人はいないって言ってたね……。うーん、どうなんだろ? 試しにやってみる?」
「まあ、物は試しだな! 胡桃は魔法をどうやって発動してるんだ? 何かアドバイスとかあったりする?」
拓海の言葉に胡桃は小さく唸った。
「う〜ん、そうだなぁ……。魔法を使う上で一番大切なのはその魔法が発動する感覚を覚えることだね。あと、その魔法を頭の中でイメージしてそれを放出するって感じかなぁ……。むぅ、人に説明するのって難しいね」
(なるほど、頭でイメージして形にするか……よし!)
思い立った拓海は小さく息を吐くと、集中して目を閉じた。
(イメージするのは……。いつもの自分。その手に握られているものは……)
幼い頃から剣道をしていた拓海は普段の稽古で使う竹刀を想像しながら構えながら手元に力を込める。
「わっ……!」
胡桃が小さく感嘆の声をあげると共に、驚くことに拓海の手元から青い光が溢れ、光は形を変えると共にパキパキと音をたてながら美しい水色の刃を持つ氷の長剣となった。
「うわっ……」
手に確かな感触を覚えて目を開けた拓海は、まさか本当に魔法が使えるとは思っていなくて、手にした微かに白く煙が溢れる氷の長剣をまじまじと眺めながら魔法が使えた自分に若干引いていた。
「は、ははっ……すごいなこれ」
胡桃はそんな拓海を見て、目を丸くして驚いていた。
「いきなりそのレベルの魔法が使えるってすごいよ拓海! それに拓海は氷属性かぁ。中々レアな属性だよそれ!」
「氷か……。でも、氷なのに俺自身は全然冷たく感じないんだけど」
「あっ、それはねーー」
それから、はしゃぐ胡桃に聞いた話では氷属性は水属性の派生属性というものらしい。そして氷属性が使える人は水属性の魔法が使える上に水属性より強力な攻撃魔法が多い氷魔法も使えるようだ。
ちなみに胡桃は闇属性の派属性の影属性を持っているようだ。
そう拓海が胡桃の話に一人関心していると、不思議そうな表情を浮かべた胡桃が拓海を見つめていた。
「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「いやいやそうじゃなくてさ。拓海が纏ってる透明? その銀色のオーラは何かな?」
「銀色のオーラ……?」
胡桃に言われて自分の身体を見る拓海は、自分の身体から薄らと溢れている銀色の光に気が付いた。
「何だろ? これも魔法かな?」
拓海は試しに放出するイメージで手を下に向けたが、特に何も起こらず、沈黙が流れた。
「何だろ、魔法じゃないのか?」
「うーん、肉体強化の無属性魔法に似てるけどそんな見た目じゃないんだよね。私もそんなの初めて見たからよくわからないなぁ」
やがて、あれこれ話してるうちに身体に纏っていたオーラが消えていた。何だったんだろうと不思議に思いつつ、二人はまた歩き出したのであった。
それから途中で何回かモンスターに遭遇したが、あまり危険ではないモンスターは試しに魔力で作られた氷の長剣で拓海が、拓海では荷が重そうなモンスターは胡桃が倒すといったように進んでいった。
「あれは……」
そう拓海が声をあげると、隣に立つ胡桃が軽く伸びをした。
「何とか真っ暗になる前に着けたね!」
丁度辺りが暗くなってきた頃、拓海達の前方にようやく立派な町の外壁、聖都アストレアの街が見えてきたのであった。