3-29 魔将4
「“ヘイルブラスト”!」
何度目かわからない拓海の魔法で再び拓海とロイの正面にいたモンスター達を吹き飛ばした。モンスター達が道を空けたのを見た拓海とロイの二人はそこに向かって走り込んだ。
「はぁ……はぁ……。ようやく抜けたか!」
二人は少し霧がかった草原に出て、ようやくモンスターの大群を抜けることが出来た。二人の身体にはいくつもの切り傷や痣が出来ていて、身体のあちこちで痛みを感じてはいたが何とか我慢してしばらく走り抜けた。
そしてしばらくしたところで、二人は何か不自然なことに気づいた。
「なあ、ロイ……」
「あぁ、おかしいな……。モンスター達が一匹も襲ってこない」
後ろを振り向くとモンスターの大群を抜けた拓海達にまるで気がついていないようにモンスターが一体もこちらを襲ってくるどころか見向きすらしてこない上、モンスターがいる場所といない場所とで綺麗に境界が出来ていた。
拓海とロイがその異様な様子を気味悪く思っていると、少し離れたところからモンスターが吹き飛ばされるのが見えた。
するとモンスターの大群を吹き飛ばした場所から返り血を浴びてところどころ身体が赤く染まっている胡桃とシルフィが苦悶の表情を浮かべながらモンスターがいる場所といない境界を乗り越えて転がりこんできた。
そしてモンスターから向けられている敵意が突然消え、自分達の存在に全く気付かないようなモンスターの様子に二人は困惑しながらも、膝に手をつき俯いて息を整えているとこちらに気付き小走りで駆け寄ってきた。
「二人とも無事だったんだね!」
「あぁ、俺達も今モンスターの大群からここに抜け出したばかりだ」
胡桃は拓海が無事だったことに安堵し、疲弊している中嬉しそうに笑みを浮かべて拓海の手を確かめるように掴んでいた。
近づいてきたシルフィは疲れてはいそうだが無事だったロイを一瞥し、一瞬頰が緩み口元に笑みを浮かべたが、目が合うとすぐに咳払いをして周りを見渡しながらロイに尋ねた。
「こほん、微妙に霧が出ているわね……。ロイ、リーダー格のモンスターは見つーーーーっ!!?」
シルフィがロイに問いかけようとした時だった。
禍々しい雰囲気を纏う黒い靄が空に浮かんでいた。
「何……あれ?」
シルフィ同様に気付いた胡桃もそれを見つめ、呆然とした様子でポツリと小さく呟いた。
四人はそれを見上げて、それからは不吉さを感じ見てはいけないものを見たという思いが込み上げてきながらも、何故かそれから目を背ける事が出来ないまま立ち尽くしていた。
そしてーー
拓海達から少し離れた場所にそれが一筋の黒い柱となり、それは音もなく地上に降り注ぐ。
一言。背筋が凍りつく。
その地上に落ちてきた場所から想像出来ないほどの圧倒的な魔力を肌に感じて四人は一歩も動く事が出来ずに思わず声を詰まらせてしまう。
そして黒い柱が消えて姿を現した者から感じるとてつもなく大きな力に圧倒され、四人は一歩も動く事が出来ずに言葉を失っていた。
魔力や気配にそこまで敏感でない拓海にも分かってしまった。
ーーーーこいつは今までのモンスターとは別次元の存在ということを
拓海以外の三人とも同じことを考えていたのか、全身が震えて頭の中では警報が鳴り響くが足が動かない。
そして霧がかった草原の向こうから、その圧倒的な存在は立ち上がると拓海達に向かって何も語ること無くゆっくりと歩み寄ってくる。
そいつは漆黒の鎧に身を包み騎士のような格好をしていた。体長は三メートル近くあり、鎧の隙間から禍々しいオーラが溢れる漆黒の身体を覗かせている。背負った巨大な漆黒の大剣からもまた一つの生命体の如く、圧倒的な存在感を感じられた。
その黒騎士と拓海達との距離が五十メートルにもなったとき、ようやく拓海達は思い出したかのように慌てて武器を構えて、四人ともそれぞれ自分の武器に付与魔法をかけた。
それから拓海達と距離が三十メートルになったところで黒騎士は歩くのをやめて立ち止まり、鎧から覗く不吉さを感じられる紅の瞳がこちらを品定めするかのように拓海達を一瞥する。
四人は黒騎士が視界に映るだけで動悸が高まり、息が荒くなって体力が削られていく中黒騎士がどんな攻撃をしてきても対応出来るように集中力を高めていた矢先、黒騎士が突然その場から煙のように消える。
そして気付いた時には四人に向かって拳を振り上げた黒騎士が目の前にいた。
黒騎士が振り下ろした拳を胡桃とシルフィを守るようにロイと拓海は反射的に前に立って、付与魔法“水”で強化された剣で防御姿勢をとり咄嗟に受け止めた。
「ぐっ!?」
「がはっ!?」
しかし水の付与魔法のお陰で衝撃は緩和されているのにもかかわらず、ロイと拓海は勢いよく十メートル程後方に吹き飛ばされていった。
「拓海!?」
胡桃は反射的に黒騎士から逃げるように吹き飛ばされた拓海とロイの方に駆け寄った。そしてそこにはただ一人、シルフィが取り残されてしまっていた。
「う、あ、あ……“セイントアーク”!!」
圧倒的な黒騎士の力を目の前にして頭の中が真っ白になり、恐怖で泣きそうな表情を浮かべているシルフィは反射的に黒騎士に向かって至近距離で魔法を使い、黒騎士の目の前にモンスターを消滅させる光輝く球体が現れた。
「“アビス・ラルグ”」
低く、威圧感がある声で魔法が詠唱される。
黒騎士は逃げるわけでもなく、闇を纏った片手でシルフィの魔法である光輝く球体を握り潰した。
「あ、あぁ……や、いや……」
その様子を目にして、恐怖で立っていられず尻餅をついてしまい動けないシルフィを黒騎士を一瞥すると容赦無く蹴り飛ばした。
抵抗する間もなく蹴りをくらったシルフィは悲鳴をあげる間も無く、ゴムボールのように地面に何度も身体を打ちつけながら拓海達の後ろまで吹き飛ばされてしまった。
「あ、あぁ……」
胡桃が恐る恐る後ろに飛ばされたシルフィの方を見ると、上半身の鎧は至近距離で爆発でも受けたかのように粉々に砕け散り、頭の鎧は外れて頭、口、蹴りを直接受けた腹部から大量に出血していてピクリとも動くこと無く気絶をしていた。
そしてシルフィを一瞬で瀕死の状態に追い込んだ黒騎士は、震える足で何とか立ち上がった拓海達三人に向かって地鳴りのように低い声で話し始めた。
「我が名は魔将マルコシアス。貴様らに死を与える者だ」
ーーーーアストレアの防衛戦、現在冒険者側がモンスターの数に押され劣勢。冒険者側の指揮官シルフィは瀕死の重症ーーーー




