9-28 向き合う心
「……はぁ」
授業間で慌ただしく移動するルーンの生徒、楽しそうに談笑しながら歩くルーンの生徒など、この世界の人々の様子をぼんやりと眺めながら拓海は一人ルーンの敷地に配置された屋外のベンチに座っていた。
「珍しいな。一人か?」
声をかけられた方に目を向けると、そこにはシンプルな私服姿の真が立っていた。
「あ、えっと……神道先生でしたか。今日は一人ですよ」
「真でいいぞ。今はただの同業者だ」
「あ、そう? どうしたんだ? 仕事以外ではあんまりルーンに来るイメージなかったんだけど」
「待ち合わせだ。早く来すぎてな。それはそうと今時間あるなら少し話さないか?」
「急だな……。いいよ、ここでいいか?」
「構わない」
一人分間を空けて拓海の隣に真が座り、しばらくの沈黙の後、真が口を開いた。
「最近、調子が良くないようだが」
未だ『空間掌握型』の魔力操作の感覚を掴むことが出来ず、真の最初の授業からはや一ヶ月。拓海は、この技術こそルミエールの手紙に記された今後の試練に挑むために必要な技術と考えていた。
分かってはいたが、相当に難易度が高い。ただ、この技術を使いこなすことができれば格段に強く、やれることも増えることが何となくではあるが、想像ができている。
「仕方ないだろ。そもそも『アーク』でこの技術が使えるのって五人だけなんだろ?」
「まあ、一応な」
この技術を使えるということは、使用可能な魔力量が常人より遥かに多く、魔力のコントロールに関しても超一流ということである。
拓海はこの一月で、真を含めた『アーク』所属のSSS冒険者五人がこの技術をマスターしていることから、ソーサリーが保有する戦力の高さを再認識していた。
どうしたものかといった様子の拓海を横目に真は一息つき、天を仰ぐ。
「拓海、お前も異世界から来たんだってな」
「ッ!」
思いもよらぬ単語が真の口から出たことに、拓海は目を丸くして真に目を向けた。
真は視線を正面に戻し、話を続けた。
「サブリーダーに聞いた。どこから得た情報かは知らんが、確かな情報ってのも聞いてる」
「サブリーダー? 真が所属しているパーティーのか?」
真は少々迷ってはいたが、少しの間の後に答えた。
「あぁ、俺が所属する『アーク』のサブリーダーだ。ルーンの学園長でもある」
正直その学園長についてもっと詳しく聞いてみたかったところではあるが、話が脱線していきそうだったので拓海は我慢した。
「そうか……真は異世界っていう存在をすぐに信じた? 普通、別の世界があるって急に言われても信じられないような気がするけど」
すると拓海の言葉に真は小さく笑って答えた。
「信じるの何も、俺もそうだからな」
「真もか!?」
「ま、俺のことは今はどうでもいい」
遠くを見つめるような眼差しでそう言う真の表情からは、複雑な感情を感じさせるが、拓海が何か言う前に真は言葉を続けた。
「元の世界に帰りたいか?」
真は拓海と顔を合わせず、そのまま正面を向いたまま尋ねた。
拓海はその言葉に短く息を吐き、答える。
「どう……なんだろうな。最初は帰るための方法を探して旅してたんだけど、今はそうでもないかな」
「……神崎か?」
短くそう尋ねた真の質問に、拓海は口元に少し笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。まあ、胡桃の存在だけではないかな。今まで出会った仲間達もだな。それに、今まで早く危険な世界から帰りたい、一人で元の世界に残された妹のためっていう理由はあったんだけど、今は妹もこっちの世界に来たし、この世界で問題なく冒険者として生きていける程の力を俺達は身につけたからな」
「そうか……そうだよな」
その言葉に真は一人呟くように答え、立ち上がった。
「すまないな、急にこんなこと聞いてしまって」
「いや、大丈夫だ。少し頭の中が整理された気がするよ」
「ふっ、そうか。それじゃあ、また今度の授業でな」
そう言い残して立ち去る真の後姿を見送り、拓海は息を吐き、背もたれに寄り掛かって空を見上げた。




