9-13 陰る心
「ここまで来たのは初めてだな……」
「そっか、この前は結局ソーサリーに行かずに引き返したもんね」
ミンスクを出発して数日。拓海と胡桃の二人は舗装されていない道を通りながらソーサリーに最短距離で向かっていた。
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ミンスクに着く更に何日か前。ルミエールの手紙を読んで、ソーサリーに行くことに決めた拓海は、同じ悩みを抱えている胡桃に事情を話して、一緒に行かないかと誘った。
美琴は現在、空いた時間を既に柑菜とエルの修行に費やしてくれているため、拓海と胡桃は更に負担をかけるのは申し訳ないと、結局美琴に魔力操作を教わることはなかった。
そんな時に、今回の魔力の扱いに長けた人達に魔力操作を教えてもらえる誘いである。胡桃は即答で返事をした。
また二人は柑菜にも話しはしたが、柑菜は大和に残ることを選んだ。エルのことを放っておけない上に、まだまだ美琴に教わることがあるらしい。
拓海は最後まで心配していたが、柑菜は大丈夫だからと苦笑しながら拓海と胡桃を見送っていた。
柑菜は精神的にもこの世界に来た時に比べて、拓海が思っている以上に強く成長していたのであった。
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二人は一日かけて大きな森を抜け、開けた草原を歩きながら改めてソーサリーの話をしていた。
「そういえば胡桃は『アーク』のメンバーと面識があるんだっけ?」
「ん〜……その内の一人かな。前にソーサリーに行った時、声をかけられてね。当時同じSランクの女の人だったよ」
「へー、何か用事でもあったのか?」
「いやぁ、その人子供達に魔力について教えている人でね。年不相応で質の高い魔力を持っているのが珍しかったみたい。それに見かけない顔だったから、勧誘してきたって感じかな」
「なるほどな。なら、もしかしたら会えるかもしれないな」
「うん、そうだね」
胡桃が過去にソーサリーに行った時のことを思い出していると、拓海が少し悩んでいる様子で胡桃に尋ねた。
「なあ、胡桃の中で理想としている戦闘スタイルってある?」
「私? ん〜……師匠みたいに速さと技で翻弄しながら、魔法を組み込んだ剣技で相手を圧倒するって感じかな、一応。拓海は?」
尋ねた胡桃は隣で何とも言えないような微妙な表情で、空を見上げる拓海を横目に小さく息をついた。
「難しいところだよね」
実際拓海は自分の中で理想とする戦闘スタイルを思い悩んでいた。
自分に実力がついてきたことを実感し、更にステラが加わったことで、より出来ることが増えた拓海はその選択肢の多さ故に、戦い中に迷いが出ていた。
そして、今までは桔梗の魔力増大による魔力を使った剣技や大技を連発して押し勝っていたが、アスタロトとの戦いを通して限界を感じ、拓海は自分自身の戦闘スタイルに思い悩み始めたのである。
「俺自身、ノアみたいな対人の天賦の才や仁さんのような全てを圧倒するような体術、美琴さんのように器用に魔法を使いこなす才能もない。今後、アスタロトくらいの強さを持つ敵と遭遇したら歯が立たないーー」
「やめてよ」
すると、そう思い悩みながら呟く拓海に俯く胡桃が強い口調で呟いた。
突然話を遮った胡桃に驚いた拓海は動揺しながら、立ち止まって俯いていて表情が見えない胡桃を見つめた。
「胡桃……?」
「実戦に出て数年でこれだけの実力があるのに、才能がないわけないじゃない。戦闘のセンスは、拓海以上に優れてる人なんていないよ。拓海が駄目なら私なんて……」
歯を食いしばり、急に自分自身が惨めに感じてきた胡桃は目を伏せると再び歩き始めて、拓海を追い抜いた。
「ごめん……行こ」
「そ、うだな……」
これまで特に胡桃と喧嘩をしたことがなかった拓海は、動揺しながら胡桃の後を追った。
先を行く胡桃は歩きながら、自分自身に苛立ちを覚えていた。
(何してるんだろ……私。ただ自分が力不足なだけなのに、八つ当たりしちゃった……)
それから二人はしばらく黙ったまま歩いていたが、突然胡桃が不安気な声で呟くように拓海に尋ねた。
「拓海……ずっと隣にいてくれる?」
そして、拓海は横目で胡桃の様子を見ながら、迷いなく答える。
「当たり前だ。絶対一人なんかさせない。約束したろ?」
拓海にとって胡桃の存在は既にかけがえのないものになっていた。例え自分の命が失われてでも守りたいほど大切な存在に。
そして二人でならどんな困難にも立ち向かえる。胡桃は拓海にとって唯一無二のパートナーであった。
そんな中、胡桃の中ではつい最近になって拓海との関係に不安を感じていた。
もちろん拓海は胡桃にとっても唯一無二のパートナーである。
しかし、最近自分を置いてどんどん成長していく拓海を見て、背中を預けれるほどの実力もないと見離されてしまうのではないかと、胡桃は心の中で密かに思っていた。
「私……頑張るね。頑張るから……」
拓海の言葉に少し安心しながらも、胡桃は小声でそう呟く。
そして俯く胡桃の瞳が一瞬濁ったことに本人を含め、誰一人気付いた人はいなかった。




