9-1 帰還
第9章の始まりです
「お、見えてきたなぁ」
馬型のモンスターであるデプラファンに繋がれた手綱を握りながら、拓海は久々のアストレアの街の風景に安堵したのか、緩んだ表情でそう呟く。
既にリンスィールと別れた拓海達がメーテスを出発して、約一週間ほどの時間が経過していた。
魁斗は未だに目を覚まさないが、安静な状態で時折アイリスが回復魔法をかけたりしていて怪我は完治している。
また栄養が摂取に関してはマジックアイテムを使って補えているためしばらくは問題ないが、やはりまだ目を覚まさないということを拓海達は心配していた。
そして、拓海の声に反応した荷車で魔法についての文献を読んでいたエルフの少女。アイリスが荷車から顔を出し、安堵した表情を浮かべた。
「そうですね……何と言いますか。久々に感じますよね」
「あぁ、そうだな」
拓海とアイリスは柑菜を助けるためラダトーム帝国に行き、ルークの依頼をこなすためメーテスに行った。
負けられない重圧の中、数々の死闘を乗り越えてきた拓海とアイリスは、ここ数週間の出来事を実際の時間よりかなり長い時間に感じていた。
だが同時に自分達の成長を感じる期間でもあり、二人は今回での様々な経験を今後に活かしていきたいと頭の中で考えているのであった。
アイリスの言葉に応えた拓海は、荷車の屋根の上に目を向けた。
「ノアー、もうすぐ着くぞー」
しばらくの間の後、荷車の上から気持ち良さそうに身体を伸ばす声が聞こえてきた。
「ん〜……あーそだね〜。見えるねーアストレア」
そう緊張感のない眠たそうな声で応えるのは、さらさらの白髪に獣耳が特徴的な志乃の姉、ノアであった。
そんな落ちついた様子に見えるノアであったが、拓海はノアのことを少し心配していた。
冒険者パーティー『解する者』に所属していたノアは、ルミエールからもらった魔剣クシアによって幼い頃の記憶を封印されて、妹の志乃が生きていたということも知らされずに冒険者として戦い続けていた。
勿論ノアは今まで通りルミエール達と接するという訳にはいかないだろう。
拓海が少しだけ荷車の屋根の前に足をかけて座るノアの方に目を向けると、どこか寂しそうにゆらゆらと獣耳を動かすノアは目を細めて遠くを見つめていた。
そんな中、詳しい事情を知らないアイリスはアストレアの街を見つめながら呟いた。
「皆さんもう大和に戻ってますかね? まだアストレアにいたら挨拶したいなと思ったのですが……」
「あー……どうだろうな。胡桃が目を覚まして落ち着くまでアストレアにいる予定って、一応聞いてたけど」
「そうですよね……ならもういないですかね」
「正直まだいたら胡桃の容態が余計に心配になるな。とりあえず、依頼の達成報告と師匠の容態をルミエールさんに診てもらいに行くから、その時に聞いてみるか」
「あ、あのさ。シノはいるかな?」
アイリスと拓海が二人で会話していると、突然会話に食い気味に割り込んできたノアに二人が目を向ける。
「胡桃がいたらいると思うけど」
「ふ、ふーん……そっかぁ」
案の定というか、そうぎこちなく答えるノアはやはり志乃と姉妹というべきか、内心かなり楽しみなのか獣耳がバタバタと荒ぶっていた。
そんなノアの様子に拓海とアイリスは顔を見合わせて、小さく笑った。
「ねー、何笑ってるの二人共?」
「い、いや何でもない」
「は、はぃ。か、可愛いから大丈夫ですよ」
「え? あ、ありがと」
そして自分で気付いていないのか、耳を荒ぶらせたままのノアに二人は応えながらも余計に笑ってしまうのだった。
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