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異世界に導かれし者  作者: NS
第8章 逢魔時の街メーテス
391/434

8-59 神雨の剣舞

 ーークソがぁあああああああぁぁ




 怒りと殺意に満ちた絶叫が逢魔時の街、メーテスに木霊する。


 直後、漆黒の塊が倒壊した建物の瓦礫を吹き飛ばして勢いよく宙に飛び上がると、巨大な一対の黒き翼が広げた。


 既に月も見えなくなり、一部点滅を繰り返す街灯だけが唯一の光源で、もはや常人の視力では何も見えないほどの暗闇の中、二つの紅き光が浮かび上がる。


 更に強大な力を宙に浮かび上がったアスタロトから感じとった拓海は、息をのんで短くソラとステラの二人に伝えた。



「ソラ、ステラ……勝つぞ」



 その声を合図に、拓海の側に佇む白狼の口が開く。


 そして、その巨大な口から超高速で金と銀が渦巻き、水色の氷属性を帯びた霊気のエネルギーを凝縮した光弾が放たれた。



(“アビス・ソウル”)



 白狼から殺気を感じて、直ぐに魔法を使ったアスタロトは超高速で放たれた光弾に被弾する前に、深淵属性の黒い霧になってその場で霧散した。


 そして、間を開けることなく拓海の背後に音も無く黒い霧が渦巻き、姿を現したアスタロトは自身の血液で造り出した大鎌で躊躇なく拓海の首を切断しようと薙ぎ払った。


 抵抗もなく跳ね飛ばされ、宙を舞う頭。


 頭が無くなり、糸の切れた人形のように前のめりに倒れ込む身体。


 感触は確かにあった上、拓海が霧状になっていない様子から一瞬であるが勝利を確信したが、宙に舞った頭が視界に入った瞬間、アスタロトは形相を変えた。



「ッッ!?」



 跳ね飛ばして落ちてきた拓海の頭の顔が、アスタロトの顔になっていたのである。


 直後、殺気を感じたアスタロトはその場から飛び退くが、いくつもの斬撃が身体をかすめて再び血が吹き出した。


 アスタロトは歯軋りしながら大鎌を片手に息を吐き、凄まじい圧力を感じた白狼の方に目を向けて舌打ちをした。



「幻覚か」



 白狼の黄金に輝く瞳は、気配を消して目にも留まらぬ速さで移動したはずのアスタロトの姿を逃すことなく捉えていたのである。


 そして、地面に転がっていた拓海の死体が煙のように消えると、新たに二本の刀を手にした拓海が三人現れて構えた。



「「「逆鱗の太刀“嵐”」」」



 三人が同時に魔法を詠唱しながらその場で剣舞をすると同時に、霊気を帯びた氷属性の魔力で形成された無数の刃がアスタロトに襲いかかる。


 だが避ける間も無く、最早捌き切れる許容量を遥かに超える刃に、アスタロトは冷静に対処していた。



(“アビス・バリエラ”)



 アスタロトから溢れ出した深淵属性の波動は無数の刃と、それに混ざった刃の幻影ごとかき消し、大鎌を高速で十字型に振った。



(“グランドクロス”)



「え」



 アスタロトの無詠唱による不可避の速攻に拓海は虚を突かれ、迫り来る始めて見る巨大な十字型の衝撃波に、死の気配を感じた。


 そして、死を覚悟した瞬間、拓海の間に何かが割り込んで衝撃波は拓海まで届く事はなかった。



「ソラ!? ステラ!?」



 目の前で、割って入ってきた白狼の右腕の白い毛が真っ赤に染まっていたのである。


 直後、右腕に力が入らないのか白狼は揺らめきながらその場で伏せてしまい、その輪郭がぼやけ始めた。


 やがて、白狼の輪郭が完全に壊れ、その場には魔力と霊気を使い過ぎて疲弊し切って意識を失ったソラと、右腕を庇いながら息を切らして座り込むステラが現れた。



「二人共、戻れ!」



 焦っているような拓海の声に反応したステラは、疲弊していたが返事を返す間も無くソラの手を握って、二人は光の粒子となって拓海の心の世界に戻っていった。


 そして拓海が危惧していた通り、二人が消えた直後にアスタロトはソラが倒れていた地面に向かって大鎌を振り下ろして地面を斬り裂いていた。




 静寂が流れる。




 残された二人。拓海とアスタロトはお互い殺気をぶつけ合いながら、それぞれ武器を構える。


 魔力も霊気も既に底を尽きかけながらも今までにないほど戦いに集中力を高め、二つの刀に霊気と魔力を纏いながらアスタロトを睨んでいる拓海。


 左腕を失って腹に大穴が開きながら血を垂れ流し、怒りや殺意といった感情のまま無理矢理身体を動かす、血走った不気味に紅く光る瞳で拓海を睨むアスタロト。


 


 そして静寂に終わりが訪れる。




 二人の姿がその場から消えた瞬間、辺りに何かが激しくぶつかり合う音と衝撃波が辺りに響き渡る。


 おそらくさっきまでの状態であれば、ある程度均衡するだろうが、危機に陥りながらも力が増大しているアスタロトが最終的には力で押し切るだろう。


 あくまで、拓海がただ霊気と霊装を纏って戦っていた場合はだが。


 そして、そんな超接近戦を繰り広げる中、冷静さを失っているアスタロトは気付かなかった。


 拓海の霊装であるマントに霊気と混ざり合った質の高い氷属性の魔力が宿り、拓海が無意識の内に『神威』を使っていたことに。


 更に拓海の集中力が桔梗の力もあり、超接近戦を繰り広げている内に、最大限まで引き上がった瞬間だった。



「ッ!?」



 今まで二刀で辛うじて受け流すだけだった拓海が、アスタロトの目の前で煙のように消えたのである。


 拓海が本能で戦うアスタロトの攻撃を初めて読み切った瞬間であった。


 アスタロトの大鎌の振り下ろしを、一瞬で殺意と気配を消しながら避けた拓海は、既にアスタロトの死角に回り込んでいた。


 そして『神威』で飛躍的に力が強まった拓海の霊装のマントが、アスタロトの右腕に絡みついて、一瞬の内に腕をへし折りながら右半身を凍らせて身動きを封じる。



「か……ぁ……」



 アスタロトは呻き声を上げながらもその場から逃げようと試みるが、霊気と混ざり合った氷属性の拘束力は非常に強力で、両腕を使えなくなったアスタロトは動きを完全に封じられていた。



 ーー拓海にとってアスタロトを討つ最大の好機が到来したのである。



 直後、拓海は最高の一撃を決める為、後ろに下がってアスタロトから距離を取り、まだアスタロトに見せていない魔法を詠唱する。



神雨じんうの剣舞“高霎たかおかみ”」



 魔法を詠唱した瞬間、拓海の瞳が蒼色に変わる。


 疲労が回復していくと共に、底を尽きかけていた拓海の魔力が以前より質が上がった水属性の魔力で一気に回復する。


 そして、その回復した分の魔力が桔梗と霊刀に収束していき、二刀を構えた拓海の頭の中で、見知らぬ女性の声が響く。




 ーー行きますよ




 聞いた事もないはずなのに、どこか懐かしさが込み上げ、拓海の心の中が温かくなるやのを感じた。


 直後、拓海は何かが乗り移ったかのように穏やかな表情のまま、思わず見とれてしまうような美しく流麗な剣舞を始めた。


 そして、拓海を中心に周りから渦巻くように絶え間無く無数の水属性の蒼龍が現れ、次々とアスタロトに襲いかかっていく。


 蒼龍の体内の圧力によってアスタロトの身体は、原型を留めることなく一瞬でひしゃげて潰され、声をあげる間も無く蒼龍に喰らいつくされていくのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 

(ーーさ……ん、拓海さん!)







 蒼龍がアスタロトを喰らい尽くした後も無心で剣舞を繰り広げていた拓海は、心の世界からのその声で、我に返って剣舞を止めた。



 やがて蒼龍が消え、静寂が訪れる。


 メーテスでの長時間にも及ぶ戦いが遂に終わりを迎えたのである。



 そして、いつの間にか体力と魔力を使い果たしていた拓海は、それを自覚した瞬間刀を力が抜けたのか二刀をその場に落とし、ぼやけていく視界の中ふらつき、体勢が崩す。


 しかし、拓海が地面に倒れることはなかった。




「お疲れ様、拓海さん」


「ありがとう……ございました」




 拓海の心の世界から出てきたソラとステラが、朦朧としたまま倒れる拓海を優しく支えたのである。



「……すぅ……すぅ」



 二人が顔を覗き込むと、拓海がそのまま力無く項垂れて寝息を立て始めていて、ソラとステラはお互い顔を見合わせて小さく笑い合う。


 

 そして、メーテスの外壁の向こうから久しく陽が顔を出し、陽の光が街を明るく照らす。


 長い夜が明け陽に照らされる、滅んでしまったメーテスの寂しげな大通りには、三つの人影だけが残っていた。

更新が遅れてしまい申し訳ないです。


忙しく、8月の上旬まではおそらく投稿出来ません。


次回が第八章の最終話となります。

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